第101話 カオリのおもてなし
「やっぱり、カオリちゃんは京都出身?」
「そやで、でも、大阪よりやし、おかぁーはんは、名古屋の方の出やから、色々な言葉がまじっとるなぁ~ アンナはんはどこなん?」
「私は三河ですに。でも、あっこの言葉は汚いだら、だもんでど嫌だで、私はやーへん」
「うわ、ほんまに三河弁や!」
えっと、アンナ様とカオリが喋っているのですが、私には何を言っているか、殆ど理解出来ません…
「私も久しぶりにつかいました」
そう言ってアンナ様が微笑む。
「ところで、カオリちゃん。今向かっているのは何かしら?」
「まぁ、見てのお楽しみや、アンナはん」
仲良く会話をするのは良いですが、皇后陛下に対するカオリの喋り方は、私がハラハラして気が気じゃないです…
そう言っているうちに、温泉館の入口へと到着する。
「あら? あらら? これって、もしかして温泉旅館!?」
アンナ様は温泉館に駆け寄って、その中に進んでいく。
「せやで、温泉旅館や!!どや!凄いやろ!」
「えぇ!! 凄いわ! こっちの世界で温泉旅館に来れるなんて思いもしなかったわ! これ、やっぱり靴脱いであがるのよね?」
アンナ様は憧れていた地に初めて訪れたような反応である。
「せや! やっぱりアンナはんは分かってるな~ どうぞ、上がって上がって~」
「では、お邪魔します… ミュー、ロロ、貴方達も靴を脱ぐのよ」
アンナ様はご自身が靴を脱いで、スリッパに履き替え、後ろに控える人狼メイド二人にそう告げる。
後ろの人狼メイド達は、人狼特有の鋭い目つきを変える事無く頷き、靴を履き替える。
「まぁ!まぁ!まぁ! 凄いわ! ここまで再現しているなんて!」
「アンナはん、分かってくれる? こっちの人は温泉旅館って言うても分からへんから、この凄さを分かってくれへんねん」
アンナ様があれだけ驚いて、喜んでいると言う事は、ここは凄い所なのだろうか? 確かに変わった作りの場所だとは思っていたが、私にはその凄さがよく分からない。
「カオリちゃん! カオリちゃん! 客室も見てもいいかしら?」
「どうぞ、どうぞ、是非とも見たって」
カオリがそう言うと、アンナ様は近くの引き戸を開け放つ。
「きゃぁー!! 畳! 畳よ! 畳なんて見るの何年ぶりかしら!!」
「ええやろ? 畳。 まぁ、畳って言うてもイグサやのうて、麦わらを使ってるから、ちょっと感触が違うけど」
カオリがアンナ様の後に続いて客室に入り、私とメイドが後に続く。中に入ってみるとアンナ様が床に寝そべっていた。
「ア、アンナ様! 直ぐに何か敷く物をお持ちいたします!」
「あっ、マールちゃん、いいのよ。畳だから。畳の上はこうやって寝そべるものよ」
これが、ここと転生者の世界との文化の違いなのか…
「ところで、マールちゃん!」
アンナ様は身を起こして私を呼ぶ。
「はい、なんでしょうか?アンナ様」
「私たちの滞在する部屋、ここでいいかしら?」
「はい?」
私は自分の耳を疑う。
「カオリちゃん、いいでしょ?」
アンナ様はカオリにも訊ねる。
「えぇで、というか、ここの良さが分かる人に是非とも泊まって欲しいわ」
「ほんと! 嬉しいわぁ~!!」
アンナ様は無邪気な少女の様に瞳を輝かせる。
「ほな、アンナはん、食事の準備をするから、先に温泉いかはる?」
「行く!行く!」
何だろう…もうカオリさん一人でいいんじゃないだろうか… こんなにアンナ様と打ち解けるなんて…
「きゃぁー!! 素敵ぃ!! ほら! マールちゃんもミューもロロも早く早く!!」
湯船に入るアンナ様は私達を手招きする。ちなみにカオリはすでに入っている。
「ほんと、夢の様だわ!! この世界で、ほんと、日本の温泉みたいなのに入れるなんて…」
私も招かれたので、湯船に浸かるが、正直、皇后さまと御一緒する事と、アンナ様のこのはしゃぎ様には、正直ついていけない。
「せやけど、アンナはん。皇后さまなんやろ? そんな立場やったら、和室も温泉もつくれるんちゃうの?」
カオリがアンナ様に訊ねる。
「あぁ、それね、私は皇后と言っても、一般人の嫁だから、そんな無茶できないのよ… 色々な人目もあるしね… 今日、ここに来ているのも公費ではなく、自分で稼いだお金で来ているのよ」
えぇ?そうなんですか? 驚きです。
「えぇ~ そうなんやぁ~ アンナはんも大変やなぁ~」
「でも、それは仕方ないわよ。好きな人に迷惑を掛けない為ですもの」
これは前にも仰っていた、皇帝と結婚したのではなく、好きな人が皇帝になっただけという話だ。このあたりが、アンナ様をアンナ様足らしめているのであろう。
「あっ、でも自分で稼いだお金で建てればいいのね…」
アンナ様はそう呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「みなさん、付き合わせてごめんなさぁい」
アンナ様はそう仰るが、済まなそうな顔どころか、あまりにもの嬉しさの為か完全に笑顔である。まぁ、私としては持て成す側なので、喜んでもらえるのはいいのだが。
私たちは今、温泉館の会食の場『宴会場』という場所にいる。この場にはアンナ様と私の他、おじい様、おばあ様、ラジル、セクレタさん、カオリ。アンナ様のお付きのミューさんとロロさん。他に各部署の担当者の転生者が連ねている。
私たちは皆、『畳』と呼ばれる床の上の『座布団』と呼ばれるクッションの上に座っているので、少々足が痛い。食事も『御膳』という形式で、一人一人、台の上に食事が置かれている。
「本当にこの様な形式でよろしかったのでしょうか?」
私は恐る恐るアンナ様に訊ねる。
「えぇ、これがいいのよ!」
しかし、アンナ様は満面の笑みで答える。
これが、私達と転生者達との文化、習慣の違いなのであろう…
『御膳』の上には、当家の特産としていく、若鶏の唐揚げ、焼き鳥があり、その他に、カオリたちが好きなお米のご飯、味噌汁、漬物、納豆、卵… この卵はゆで卵かな?、他にも私の知らない料理があった。
「では、挨拶ね。え~本日は突然の訪問に対して、ご対応頂きありがとうございました。また、素敵な料理をご用意頂き、重ねてありがとうございます。それでは、皆様のご健康とご多幸を祈りまして、乾杯したいと思います!」
そう言ってアンナ様は黒い液体が入ったグラスを持つ。
「それではかんぱーい!!」
「「「かんぱーい!!」」」
皆、アンナ様の掛け声に合わせて、グラスに口を付ける。
「きゃぁー!! これ!コーラよ!コーラ! こっちの世界でコーラが飲めるなんて、最高だわ!!」
「昨日完成したばかりの品やねん。なかなか、ええできやろ?」
カオリがアンナ様に訊ねる。
「炭酸自体驚いたのに、コーラが飲めるなんて最高だわ!」
確かに、この炭酸飲料は今までの物より、美味しい。研究自体は自由にさせていたが、色々と頑張っているようである。
「それにこの鶏肉もいいわ! カオリちゃんもこっち来た時は驚いたでしょ?」
「あぁ、そやそや、鶏肉がめっちゃ硬とうて、噛み切れへんかったわ」
「私もここに来て、元の世界のブロイラーのありがたさが分かったわぁ~」
ここの鶏肉も喜んでもらっている。さて次は…
「で、カオリちゃん… この卵って…もしかしてアレができるの?」
「アンナはん。その為の卵やで…」
アンナ様はカオリに言葉に卵をコンコンと叩いて、お米のご飯の上に生の中身を落とす。その様子を見て、おじい様とおばあ様はぎょっとする。私はカオリから話を聞いているので知っているが、この国では卵を生で食べる習慣はない。なので普通の一般人からすれば、生の卵はゲテモノ食いの類である。それをこの国の頂点である皇室の皇后が行っているのである。
「きゃぁー!! 玉子かけご飯食べたかったのよぉ~ 初めてこの世界に来た時に、小麦をちねって作ったのだけど、お腹壊したから、それからやってなかったのよ」
「あはは…」
カオリが珍しく、愛想笑いをする… それは、皇后陛下があの転生者達と同じ事をしているとは思いもしないであろう…
その後も、アンナ様の喜びの奇声が宴会場に鳴り響いた。
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