第99話 トーカのいない日々
「ふぅ~ とりあえず、ひと段落着きましたね」
私は処理し終わった書類を前に、伸びをして、凝り固まった身体を解す。
「マールちゃん。お疲れ。これで午前の仕事は終わりよ。午後からはどうするの?」
となりのセクレタさんが午後の予定を訊いてくる。
「館の敷地を回って、受け入れ体制の確認をして回ります」
「分かったわ、私は午後からもここで書類仕事をしているから」
「では、昼食後は別行動ですね」
そう言って、午前の仕事を終えた私とセクレタさんは執務室を後に、食堂へと向かう。
「あっマールはん!セクレタはん! マールはんらも今からお昼ご飯?」
「えぇ、そうですよ。カオリさんも御一緒しますか?」
「うん、するする!」
カオリと合流した私たちは、三人一緒に食事をとる。
「カオリさん、午後からの予定は?」
私は口の周りナプキンで拭いて、カオリに訊ねる。
「うーん、うちは色々な所の手伝いかなぁ~ マールはんは?」
カオリは空になったコップを置いて、私に向き直る。
「私は館の敷地を回って、皇后陛下の受け入れ体制が準備できているか確認して回ろうと思うのですが」
「なら、うちも付き合おうか? うちは元々、手が足りてへんとこ手伝ったり、あいつらがなんか変な事してへんか見て回ったりしてるから、マールはんと付き合っても問題あらへんし」
「それは助かります。では午後から御一緒しましょうか」
そうして、私とカオリの二人は昼食後、館の敷地内を見て回る事となった。
まず、二人で本館内を見て回り、客室の広さや装飾を確認して回る。一番良い部屋を皇后陛下の客室にするといっても、皇室の方をお泊めするにはやはり貧弱だ。しかし、今から設備や装飾を準備すると言っても間に合わない。だから、おもてなしで対応するしか他に方法がないのだが、頭の痛いところである。
次に一応、豆腐寮や転移魔法陣建屋、温泉館も確認する必要がある。なので、私たちは豆腐寮へ繋がる渡り廊下へと進む。
私が渡り廊下を歩いている時に、下の本館と豆腐寮の間の広間から人の声が聞こえるので見下ろして確認をする。
「転生者のお兄様方。今日はあの技を教えてもらえるって本当ですか!」
ラジルだ。今日は転生者の中で腕に覚えのある者たちが稽古を付けているのであろう。私たちは渡り廊下の上からその様子を窺っていた。
「本当だとも! 弟ラジルよ! さぁ、我が技を見て覚えるがいい!」
転生者がラジルにそう答えると、ポーズをとりながら、掛け声をあげはじめる。
「マッスルゥプロテインパワー!!! ビルドアップ!! 筋肉の力でお仕置きよ! ていや!!」
そう言って、的の岩を叩き割る。
「あの…カオリさん… 身体強化魔法の訓練と思うのですが…あれは止めた方が良いのでしょうか…止めない方が良いのでしょうか…」
「いや、あれは止めなあかんやろ」
私はカオリに言葉に、渡り廊下の手すりから身を乗り出す。
「ちょっと! 私のラジルに何を教えているんですか!! 変な事を教えないでください!!」
「あっ やべ! マールたんだ!」
私に気が付いた転生者は蜘蛛の子を散らすように、植木の繁みの中に隠れ、残されたラジルが無邪気に私に手を振っている。
「マールおねぇさまぁー!!」
素直な子供である。
「ラジルー! お稽古はいいですが、変な言動は覚えちゃ駄目ですよー!」
私はラジルに聞こえるよう、大声で叫ぶ。
「はぁーい! 分かりましたー!!」
ラジルは手を振って笑顔で答える。
「やれやれ…トーヤさんがいれば、こんな心配をしなくていいのに…」
「ほんまやなぁ~トーヤはんもトーカはんも、はよ戻ってきたらええのに…」
私とカオリはまだ館に戻ってきていない、トーヤとトーカに思いをはせた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私は連絡所で手紙を受け取った時を思い出す。
「では、今日は二人に会えないのですね…少し残念です」
私は、そういって渡された手紙に目を落とす。手紙を裏返し差出人の名前を見る。トーカさんだ。
「ちょっと、ペーパーナイフを貸してもらえますか?」
私はリソンからペーパーナイフを受け取り、中身を取り出して、内容を見る。
手紙の内容は、例の大暴落の影響で、家の問題に皆で取り組んでいる所なので、私の所に戻る事が難しいと綴ってあった。
なるほど、あの大暴落の影響はかなり大きい様ですね…生産者的な私の領地はまだ、マシな方であったようだが、帝都の投機的な貴族の方はその影響は看過できないようだ。
しかし、トーヤさんもトーカさんもうちの領地に馴染んできているので、戻ってこられない事がすごく寂しく思う。そう思う私は、すでに二人が当家に一員になっている事に気が付く。
「はぁ、では先方の事務所に顔だしの挨拶だけしておきましょうか…」
そうして、私は形式的な挨拶を済ませ、領地へと帰ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、マールはん。あれからトーカはんらから連絡あるの?」
「いえ、全然… 連絡魔法陣でも連絡しているんですが、返信がありませんね…」
私は目を伏せる。
「ほな、連絡が来るまで待つしかあらへんな…」
「そうですね…では、気を取り直して、確認して回りますか」
「せやな、回ろか」
そう言って私たちは豆腐寮に入っていく。豆腐寮の二階の広間は、男性だけの場所にしては綺麗に整理されており、今はくるみが清掃をしていた。
「くるみ、ご苦労様です」
「マールさまにゃん☆ ようこそだにゃん☆」
くるみは私たちの姿を見つけると、独特なポーズと言い回しで答える。そこで、セクレタさんの話を思い出す。帝都のとある場所では、くるみのような存在が大量生産されているのか…
「くるみ、豆腐寮の維持清掃管理をお願いしますね。では次にいきましょうか」
「はい☆ 分かりましたにゃん☆ くるみにおまかせにゃん☆」
くるみは二本指を立てて目の近くにやり、ウインクしながら答える。
「あれ、マールはん。豆腐寮の中は見て回らへんの?」
「…そのあたりは、何があるか見るのは恐ろしい気がするので…」
「それやったら確認にならへんけど…気持ちは分かるわ…」
カオリの言うように確認にはならないが、敢えて死地に踏み込まない事は同意してもらえる。
「では、次は転移魔法陣建屋に行きましょうか」
「せやな」
そう言って、豆腐寮の広間を通り抜け、温泉館に続く陸橋へとでる。先日言っていた屋根の取り付け工事も、転移魔法陣建屋との連結も済んでおり、楽に移動できる。
「転移魔法陣建屋も一応確認しておきましょうか」
「まぁ、せやな」
そう言って、私たちは建屋に入る。すると中がなんだか騒がしい。
「どうしました?」
私は二階の手すりから下を見下ろし、騒いでいる人達に声を掛ける。
「あぁ、マールたん。いや、予定外の転移連絡が来てるんで、確認と準備をしているんですが…」
「はて、誰がくるのであろう… もしかしてトーカさん?」
私は、転移魔法陣を見守った。
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