第97話 大人しくしているご褒美
「で、次の議題なんですが…」
私はそこまで言って、一度唾を飲み込む。
「お忍びという事ですが…アンナ皇后陛下がこちらの地に渡御されるそうです…」
私がそう述べると、今まで沈黙しながら様子を窺っていたおじい様が、目を見開き、驚きの声を上げる。
「皇室の…しかも、現皇后陛下が渡御されると!?」
ツール領の当主で伯爵位だったおじい様なら、今回の事の重大さがよくお分かりの様だ…
もちろん、おばあ様も目を丸くし、手を口に当てて驚かれている。
「帝国に籍を置く貴族で、皇室の方々の渡御の栄誉を授かれる事は、誠に誉れ高きことであるが… いくらお忍びとは言え皇后陛下とは…」
おじい様はそこで口をつむぐ。えぇ、分かってますよ。その言葉の続きを… でも、この地に逃れてきたおじい様では口にする事ができないのはよく分かる。なので、続きは私が言わなければならない。
「えぇ、現状では、お忍びとは言え、とても皇后陛下をお招きする事はかないません。当家は、人、物、全てが帝都や上位の貴族の足元にも及びません。しかしながら、皇后陛下自ら、渡御なさると仰っているので、断わるわけにはいけません…」
私の言葉を皆、押し黙って聞いている。
「なので、おばあ様。この家の者全てに作法を教えてもらえますか? 朝昼晩の食後に1時間なり2時間なり、出来る限りでお願いします」
私はそう言っておばあ様に頭を下げる。おばあ様は、少し狼狽えを見せたが、直ぐに気を取り直し、力強い顔で頷く。
「次におじい様。皇室の方をお迎えする為の情報を集めてもらえませんか?今の私では伝手や情報が少なすぎます。なので、おじい様だけが頼りです。何卒、よろしくお願いします」
私はそう言って、おじい様にも頭を下げる。おじい様は顔を高揚させながら、心強く頷いてくれる。
「私を拾ってくれた、可愛い孫娘の為、このシンゲル、持てる全てを使って協力するぞ!」
力強い頼もしい言葉だ。この二人は大丈夫だ。さて…問題は…
「えぇっと、転生者の皆さん… という訳で、大変やんごとなき方が、こちらの領地に滞在なされます… どれぐらいやんごとなき方かと言いますと、それはもう、何か粗相があれば、私の家がお取り潰しになるぐらいの方です…」
皆、反応が無く、無言で私の話を聞いている。
「なので、皇后陛下は若くてお美しい方ですが、撫でポやニコポ…壁ドンとかしちゃ駄目ですよ…」
私がそう告げると、何名かの転生者が目を反らす。あっこれ、駄目な奴だ…
「そもそも人妻ですよ?」
私が重ねてそう告げると、何名かの転生者がニヤリとする。これ…逆効果なんですか…
「ちゃんとしてくれる人には、私がお願い券を渡すわよ」
セクレタさんが助け舟を出してくれるが、反応はいまいちである。
私はその様子を見て、最後の切り札を出さないといけなく思わされた。本当は許可したくないが背に腹は代えられない…
「分かりました! 皆さんから要望があった、全員分のメイドゴーレムの作成を許可します!! それでいいですか!?」
私の言葉に、皆、顔をあげ、満面の笑みをする。
「「「はーい!頑張って協力します!」」」
転生者一同の嬉しそうな返事が返って来た…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁぁぁぁぁ~ これで、折角得られた帝都の利益が飛んでしまいますよ…」
私は執務室の机に突っ伏して、愚痴る。
「マールちゃん。お家存続の為よ、仕方ないわ…」
セクレタさんがそう述べる。
「でも、セクレタさん。なんで、二体づつ作れっていったんですか?」
セクレタさんはあの後、皆に二体づつメイドゴーレムを作れと言い放ったのである。お金に煩いセクレタさんがなぜあの様な事を言ったのか不思議であった。
「それね… たぶん、二体作った方が資金を回収できるからよ」
「資金の回収?」
私はもたげていた頭を上げて、セクレタさんに向き直る。
「恐らくね…彼らの作るメイドゴーレムは高値で売れると思うのよ…」
「えぇ!? ホントですか? あんなものに需要があるんですか?」
私は驚いて身体を起こしてセクレタさんに訊ねる。
「男の人ってね…向こうの世界でもこちらの世界でも…馬鹿と言うか…愚かなのよね…」
セクレタさんが遠い目をしていう。
「何かあったんですか?」
「いや、工房を訪ねていた時にね…同じような注文をしている人が一杯いたのよ…」
あぁ、これはまた、皆の注目に晒されて、セクレタさんが生き恥をかいたみたいですね…
「まぁ…この際、その方々の嗜好については忘れて、実際の所、工房の職人毎に収集性があるみたいで、欲しい方は一体だけに限らず、何体でも欲しがるようなのよ」
「えっ!? あのくるみみたいなのを何体もですか!?」
私はくるみが何体もいる所を想像して鳥肌が立ってくる。
「理解できないでしょ?」
「えぇ…そうですね… 転生者の方々だけかと思ったら、男の人って… どこの世界でも一緒なんですね…」
私は乾いた笑いをあげながら答える。
「まぁ、皆という訳ではないけど…そうかもね… それよりもアンナちゃんの事だけど…」
「あっはい、セクレタさん。なんでしょ?」
私は気持ちを切り替えて、セクレタさんに答える。
「アンナちゃんの対応については、私が責任者になるから安心して、彼女も私が相手ならそんなに事を大事にしないと思うから」
「そう言って頂けると助かります。ホント、今から気が重くて…」
私は胃を押さえる。実は既に少しだけ重い。
「ふふふ、マールちゃんは心配性ね。今から気を病んでいたら持たないわよ。だから、私に任せて気を和らげてくれたらいいわ」
私はセクレタさんの言葉にふぅっと息をはく。
「では、おまかせしますね」
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