第94話 とんでもないお客様

 私は今、ものすごーく気が重い。


 というか、こういう状況下で、こんな事を言うのは全く想定していなかったので、何をどの様に言うかよく分からない。でも、ここの責任者である以上、これをお客様方に言うのは私の責任である。


 はぁ~ ただでさえ、お偉い方々なのに、こんな状況の方々に言ったら、気分を害されるかも知れない。だから、気が進まないし、気が重い。


「えぇ~ 皆様方ぁ~」


私がお客様方に声をかけると、皆酔ってとろんとした目でこちらを見る。


「大変、お楽しみ中、申し訳ございませんが、ご用意しておりました、食材とお飲み物が、大いにご好評いただきましたので、全て底をついてしまいました」


私の言葉に、皆、不満げな表情をする。


「つきましては、大変、心苦しくはございますが、この辺りでお開きにさせて頂きたく存じます。なお、当家の商品をご好評頂けるのでしたら、ご注文の程よろしくお願いします」


私はそう言って恭しく頭を下げる。


「そうか…お開きか…食材が尽きたのなら仕方がないな…」

「美味かったしな」

「じゃあ、楽しんだ事だし帰るとするか」


そう言って男性は立ち上がろうとするが、なかなか立ち上がれない。


「は、腹が苦しくて立ち上がれん…」


 それはそうでしょう… おおよその入場者人数を聞いて、全員に行き渡るだけ用意した食材と飲み物を、貴方方十五・六人で食べ尽くせば動けなくもなるでしょう。


 私がそう考えていると、起き上がれない男性は、勢いをつけて起き上がろうとする。その時に『プッ』という音が鳴り響く。


「ふぅ、尻から空気が漏れたわ」


男性がそう言うのを、私は頭を下げたまま聞いている。


ただでさえ、頭を下げるこの体制を維持するのは苦しいのに、何言ってるんですか!


ちなみにこの男性、例の大領主の方である。


「はははっ 何が空気だよ。屁をこいてるんじゃないよ」


別のお客が声を上げて笑う。


「そうとも言うな」


 そうとしか言いませんよ!


私は頭の中で二人の会話に突っ込みを入れる。


「屁と言えば、ナクロンの奴が」


結局、自分でばらすのですか… ホント、腹筋が危ないのでやめて頂きたい…


「屁が出そうな時に、屁か、そうでないかでギャンブルをするらしい」


「あいつ、ギャンブル好きだからな… でもハイリスク、ノーリターンだぞ」


私は自分の肩が震えるのが分かる。


「で、三回に一回負けるそうだ」


 うぐぅっ! 


 私は吹き出そうとするのを無理やり堪えた為、鼻の奥に吹き出そうとしたものがつまる。

直ぐに鼻と口を手で覆い、失礼ではあるがお客様に背を向ける。


「ふっ勝ったな…」


例の大領主の方が呟く。


「おいおい、あまり女の子をいじめるなよ」


「はははっ、ちょっとした冗談だよ。それと嬢ちゃん。楽しかったよ、またな」


そう言って、お客様方は颯爽と立ち去って行った。


私はつーんとする鼻の為、涙目になりながらその背中を見送った。


「マールちゃん、お疲れ様。大変だったわね」


背中からセクレタさんの声がかかる


「あ、セクレタさん、セクレタさんもお疲れ様です。接客中は色々大変でしたが、終わってみれば、中々の結果でしたね」


「そうね、鶏肉の方は量産体制がまだ整っていないけど、炭酸飲料の方は…毎日でも出荷できそうね」


セクレタさんはほくほく顔である。


「後は…売り物も無くなりましたし、撤収準備をしましょうか。みんな、お願いできる?終わったら自由時間にしますよ」


私はメイド達に声をかける。


「マールちゃん、開催時間はまだあるのにいいの?」


「ええ、不要な物は片づけても、私はこの場所に残っていますから」


私はセクレタさんに答える。


「分かったわ。マールちゃん。私も資料を整理するから一緒に残るわね」


「助かります」


「では、メイド達がいる間に、私は馬車の御者に声をかけてくるわね」


「はい、お願いします」


私はセクレタさんとのやり取りを終えた後、メイド達に向き直る。


「撤収作業が終われば、少ないですがお小遣いも渡しますよ。会場内を回るのは自由ですが、外に出る時は必ず2人以上で行動してください」


「マールはん。ええの?お小遣いまでもらって?それに外行ってもええの?」


椅子を片付けていた、カオリが椅子を抱えたまま聞いてくる。


「はい、皆さんよく頑張って下さいましたから、注文も上々です。そのお礼ですよ。あっそれと、カオリさん外に行かれるのでしたら、外に行きたい者たちの引率をお願いできますか?」


「分かった。みんなに聞いて行って来るわ」


カオリは嬉しいのか、にっこり笑って椅子を抱えて、立ち去っていく。


「あの~ こちらのブースは片づけ始めているけど… もう終わったのかしら?」


背中から女性の声が掛かる。


「大変申し訳ございません。ご用意しておりました試供品がご好評により、全て無くなってしまいましたので…」


私は振り返り、女性に頭を下げて説明する。


「知り合いが褒めてたから、楽しみにしていたのに残念だわ」


「それでしたら、直接お客さまの所へ、試供品をお持ちいたしますので…」


そう言って、私は頭をあげ、お客様を確認しようとする。


「お名前と、ごじゅ、じゅ、じゅ…」


 最初は普通の御夫人の衣装なので分からなかったが、そのご尊顔を拝謁して、その方が誰であるかを認識する。


「ア、ア、アンナ皇…」


私がその名を呼ぼうとした時、口の前に指を立てて、発言を制止する。


「駄目よ全部言ったら、今日はお忍びで来ているのだから、普通に呼んでね」


「わ、分かりました。ア、アンナ…様…」


私は緊張のあまり狼狽えて、舌を噛みそうになりながら答える。


「うふふ、可愛いのねマールちゃん。それより、出し物は終わりの様だから、私はお暇するわね。でも、マールちゃんの所、色々面白そうだから、今度、直接お伺いするわ」


 私はアンナ皇后陛下のお言葉に、完全に固まる。ツール伯が最初に訪れた時でさえ、あんなに緊張して、ガチガチだったのに、それがこの国の皇后陛下が御台臨されるとは…私や私の領地では対応できない!


「あっ心配しなくてもいいわよ、お忍びで行くから、うふふ」


そう仰っては下さりますが、私にとってはあまり免罪符にはならない。


「じゃあ、セクレタちゃんによろしくね」


アンナ皇后陛下はそう言い残し、この場を立ち去って行かれた。

私は混乱して固まったまま、その姿を見送った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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