第93話 どうしてこうなった

「誰も来ませんねぇ~」


「そうね…もう30分程経つけど、上座の所に固まっていて、こちらまで誰一人として来ないわね…」


セクレタさんが人だかりのある上座を眺めながら言う。


「やはり、下座の展示品は価値無しと思われているのでしょうかね…」


 私は接客用のソファーに腰をかけ、頬付けを付きながら愚痴を漏らす。私も最初は立って来客を待っていたのだが、一向に来る気配がせず、少し不貞腐れて腰を掛けた。


「マールはん。 こうなったらあれやるしかないな」


カオリが声をかけてくる。


「効果…ありますかね?」


「せやけど、ここで不貞腐れとってもしゃーないやん」


「確かにそうですね… では、お願いできますか?」


私は気を取り直して立ち上がり、カオリに頼む。


「まかしときぃ!」


 カオリは自慢げに答えると、いそいそと鶏肉を焼き始める。最初は特に変化はないのだが、徐々にジジと小さく焼ける音が鳴り始め、カオリが焼いた鶏肉にたれをかけた瞬間、じゅわーと言う音と共に、たれの香ばしい香りが漂い始める。そして、カオリはそれだけではなく、団扇を使って香りを拡散し始める。


「あっいい匂いがし始めましたね」


「せやろ、じゃんじゃんいくで」


 こうして、会場内に鶏肉とたれの匂いを充満さえていくと、一人の小太りな男性がやって来る。


「ほほぅ~ いい匂いですな。こちらはどちらの出し物ですかな?」


「ようこそいらっしゃいました。こちらでは炭酸飲料というお飲み物と、特別な飼育方法で育てた鶏肉をお出ししております。どうぞお召し上がり下さい」


私は当家の場所と、私に名を自己紹介し、商品を説明する。


「あぁ、先程からの香ばしい香りは鶏肉ですか、では頂けますかな?」


 相手の男性は名乗りを挙げない。これがここのルールである。なんでもお互いが名乗った後で、商品を確認し、商談が成立しなかった場合、互いが気まずい思いせぬようにとの事であり、商談が成立して初めて名乗るのである。


「どうぞどうぞ、お召し上がりください」


 私がそういうと、リーレンが小皿に串を刺した鶏肉と、一口で飲み干せるグラスで炭酸飲料を運んでくる。


「ほほぅ~ 鶏肉は薄切りではなく、一口大の塊ですな… グラスの飲み物は小さな気泡が…」


小太りの男性はそう言うと、リーレンがお出しした小皿から鶏肉を持って口に運ぶ。


「ほぉ~ 薄切りでは味わえないたっぷりの肉汁と、この柔らかい歯ごたえ! 素晴らしい鶏肉ですな! このソースも良い! 次にこちらの飲み物は… ん… おぉ! 口の中で泡がはじけて何とも言えない感覚! 味も甘さと酸味が良い! 柑橘の香りも食欲をそそる!!」


小太りの男性は感嘆の声を挙げ、鶏肉と炭酸飲料を絶賛する。


「よろしければ、お代わりはいかがですか? お飲み物は酒精を加えたものにもできますが」


「是非とも! 頂けますか!」


これはかなりの好感触だ。これで食べて貰えれば評価してもらえると確信できる。


「フェン、お代わりをお持ちして、アメシャは鶏肉の手伝いを、くるみはトレイで試食を運んで、お客さまを連れてきて!」


私はメイド達それぞれに指示を与える。さぁ!ここからが私達の勝負の始まりです!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「がははっ! そうか! お前も大暴落に巻き込まれたくちか!!」

「おうよっ 誰があんな大暴落を予測できるかよ!! やってられねぇ!!」

「鉄材は値段戻して来てるが… 小麦は死んだままだな… なんとか立て直しているが…」

「おっちゃんも大変やったんやねぇ~ まぁ、飲んでぇ~や」

「ははっ ねーちゃん、ありがとうよ!」

「こっち、鶏肉と酒二つ!!」


「…どうしてこうなったんですか…」


私は自分のブースの様子を見てそう漏らす。


「にゃにゃーん!お客様一名様。ご案内にゃーん☆」


そこへ、くるみが男性と腕を組んでやって来る。


「おぅ! なんだ! お前も来たのか! そこ!詰めて席開けろ! カーヨムが座る」

「えっ、そっち空いてるじゃねぇか」

「そこは、ほら、ナクロンとノベイルの席だろ…って、あいつら帰ってきやがった」

「お前ら遅いぞ! 何やってたんだよ!」


男達が声をあげる先には、おぼつかない足取りの男性が二人で肩を組みながらやってくる。


「すまんすまん、こいつが用をたしてる時に、『あれ?出てこない?どこかに落としたかな?』とか言い出すもので」

「はははっ! そんなもん、落とすはずねーだろ!」

「だよな、俺もちゃんとついているはずだから、探せっていってやったんだ!」

「俺自身も、出てこないから、いつの間にか女になったかもと思ったぜ」


座席の皆ががははと声をあげて笑う。


 私は男達の会話に顔をしかめる。ほんとに何でこうなった… 最初は六人程の座席しかなかったはずなのに、いつの間にか、男性の客たちがどこから勝手に椅子を持ってきて、今では十数人がここで管を巻いている。


「もうこれって、品評会のブースと言うよりか、殆ど下町の飲み屋みたいになってますよね…」


私は散々たる有様を見て、そう口にする。


「みたいと言うよりか、そのものよ…」


セクレタさんが私の言葉に付け加える。


「ですよねぇ~」


私はそう言った後、顔を両手で覆う。


「じゃあ、なんですか! ここが下町の酒場なら、私はその酒場の主ですか… せっかくドレスまで着こんできたのに… 馬鹿みたいじゃないですか! この晴れの舞台に酒場のドレスを来た主って… もう恥ずかしくて…恥ずかしくて死んでしまいそうですよ…」


「まぁまぁ、マールちゃん…」


セクレタさんが気遣いの言葉をかけてくる。


「ただでさえ、悪目立ちしていたのに、更にこのありさまなんて…」


「でも、マールちゃん。これを見て!凄いわよ」


 そう言って、セクレタさんは紙束を私に向ける。私はセクレタさんの言葉が少し気になるので、顔を覆う手の指先を少し開いて、その紙束を見る。


「えっ!?」


私は手の覆いを外し、紙束を手に取る。


「これ、凄いじゃないですか! 定期購入もありますよ! それにこの注文主って大領主の…」


 私がそこまで言いかけると、しっと口を開くのを制止する。私は唾を飲み込んでから、小声で会話を続ける。


「これって、先程、用を足しに行って、あるとかないとか言っていた二人ですよね」


「そうよ。あとカオリのとなりで鶏肉食べている人も」


私はカオリに視線を移す。


「おっちゃん! ええ飲みっぷりやんか! かっこええなぁ~」


そう言って、バンバンと背中を叩いている。


 えぇぇぇ~! おじい様に続き、そんな方まで! なんて恐ろしい事を!


「ここはお忍びで来ている方もいるから、ある程度の粗相は許されるのだけれど… カオリのあれはちょっと、見ていてハラハラするわね…」


セクレタさんもそう漏らす。


そこへフェンが悲壮な顔をしてやって来る。


「マールさま!大変です!」


どうしたのあろう? 粗相がすぎて、どなたかが怒り出したのであろうか…


私は肝が冷え、背中に汗をかき始める… ちょっと、今日は背中の開いたドレスを着てきてるのに…


「どうしたの…フェン、なにがあったの?」


私は恐る恐る訊ねる。


「鶏肉も飲み物も全て無くなりました!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

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