第92話 コミケじゃなくて品評会に行きますよ

「マールはん、積み込みは終了したみたいやで」


私が玄関を出たところで、荷物の最終確認をしていたカオリが報告にくる。


「分かりました。では、私達も行きましょうか」


私はそう言って、カオリと共に馬車へと向かう。


 私たちは今、品評会に向かう所である。出品する商品や、準備や接客を行う人員は既に現場に向かっており、我々は最終便なのである。


 私とカオリが馬車に乗り込むと、既にセクレタさんとトーカの姿があった。


「マールちゃん、おつかれ。忘れ物はないようね」


「えぇ、大丈夫です」


 ある程度の物は前日に準備をしておいてので、問題はなかった。ただ、最後に今日着ていく服装を忘れかけていたので、夜にファルーと二人してドレス選びに苦労したのは内緒だ。


「おっちゃん、出してもらえる?」


 最後に乗り込んだカオリが御者に声をかけ、馬車が動き始める。そして、席に座った時に正面に座っていた私と目が合う。


「なんかマールはんのドレス姿、久しぶりやね。トーカはんをお迎えした時以来やったっけ? よう似合ってるで」


「ありがとうございます。カオリさんもメイド服姿似合ってますよ」


 カオリの今の姿はメイド服姿をしている。もちろんあのメイド服もどきではなく、普通のパーラーメイドの衣装だ。


「えへへ、ありがとう~」


カオリは少しはにかむ。


「私は本当に手伝わなくてもよかったの?」


横からトーカが声をかけてくる。


「えぇ、それよりもあの件をお願いします」


 最初の時と比べるとトーカは随分と協力的であり、今日の品評会の手伝いも申し出てくれた。メイドとして… さすがに、伯爵のご息女を子爵の私ごときが、メイドとして扱う訳にはいかないので、丁重にお断りをした。


 その代わりに別の件をお願いしている。そのお願いとは帝都に当家の連絡所を設置するためのものである。今後、取引相手と取引量が増えた場合、週一回、帝都に行商に行く程度では取引の機会を逃してしまう可能性がある。だからこその連絡所である。


 といっても、地価の高い帝都で、当家単独で連絡所を持つことは厳しい。なので、トーカの実家のディアン家に連絡所を併設させて貰えないかとトーカとトーヤの二人にお願いしたわけである。


「分かったわ、お兄様と二人でお願いしてみる。多分、大丈夫だと思うわ」


「ありがとうございます。トーカさん。で、実家に帰るのにその服装でいいんですか?」


 私はトーカの服装を眺める。トーカの服装は当家に来た時の審問官の制服ではなく、転生者達が渡したセーラー服をきている。


「えぇ、大丈夫よ。実家に帰るのだから審問官の制服は変だし、それに…なんだか、あの服、着たくないのよね…」


まぁ、動きづらい服ではあると思うが、その服もどうだろう?


 私たちは転移魔法陣で転移し、その後も、色々と品評会の段取り等を話しながら、帝都の会場へと向かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「品評会の会場はここですか…」


 途中で実家に戻るトーカと別れて、私達は商業会館に到着し、広い廊下を歩いて辿り着いたのが、この会場である。私はその広さに息を飲む。ここの会場の広さは、当家で食堂代わりに使っている会議室の何倍もの大きさがあった。当家の会議室も詰めれば200人程は座れるが、ここはどれほどの人が収納できるか想像もつかない。

 そんな広い会場の中は、それぞれ衝立により場所が区切られており、そこで人々が慌ただしく準備をしている。


「うわぁ~ こんな広いとこ、なんか、コミケ会場みたいやなぁ~」


となりのカオリが声をあげる。


「なんですか?そのコミケと言うのは?」


私がカオリに訊ねると、なんだかしまったという顔をして、あたふたする。


「いや、そ、そのぅ~ なんて言うか、コミケっていうのは… 本… そう、うちの世界の本の展示即売会やねん」


「本の展示即売会ですって?」


セクレタさんがカオリの言葉に反応する。


「この広さで本の展示即売会をするなんて、素晴らしいわ。カオリ詳しく教えてもらえるかしら?」


「えぇ!? 詳しくって… えぇぇ、なんて説明したらええやろ… セクレタはんの興味引く本ってない… いや、もしかして、セクレタはんもBLとか…いやいや…」


カオリは考え込みながら、独り言のように呟く。


「なんだか、説明するのが難しそうね… まぁ、いいわ。後でゆっくり聞きましょう。それより、私達の場所へ向かいましょうか」


そう言ってセクレタさんは話を切り替え、会場の中を進んでいく。


「到着した時に、案内から場所を教えてもらいましたけど、やはり下座の壁際ですね」


私は歩きながらそう口にする。


「そうね、シンゲルも場所は期待しないでくれと言っていたけど、仕方ないわね」


「なんで、壁際はあかんの?」


カオリが不思議そうな顔して聞いてくる。


「なんでも、おじい様の話では、皆さん、上座の中側の方から回っていって、予算が無くなった所で、帰っていかれるそうです。だから、下座の壁際は振りだそうです」


私はおじい様から聞いた話をカオリに説明する。


「そうなんかぁ~ うちの世界のコミケじゃ壁際は有名どころの場所なんやけどなぁ~ それに全部回らんと、予算が尽きたら帰るってもったいないなぁ~」


「そうね、カオリの言うコミケみたいに本を売っているなら、私ならお金に糸目は付けずに買い漁っていくかしら」


カオリの言葉にセクレタさんが感想を述べる。


「あかん…セクレタはんが腐女子やってる所、想像してしもた…」


「婦女子?婦女子って何の事かしら?」


「いや、なんでもない、なんでもないっ。それより、うちらの場所はまだ?」


「あそこですよ! あそこ! アメシャ達がいます」


私は二人にアメシャ達を指差す。


 近づいて見てみると、炭酸飲料を注いで渡す所と鶏肉を焼く所が準備されており、商談相手が落ち着いて腰をかけて頂くソファーとテーブルの準備を終えていて、アメシャ、フェン、リーレン、くるみに他のメイド達が私達が来るのを待ち構えていた。


「みなさん、ご苦労様です。問題等はありませんか?」


私はメイド達に声をかける。


「はい! 大丈夫ですにゃ!」


アメシャは元気よく答える。


「フェンもリーレンも大丈夫ですか?」


私はフェンとリーレンにも訊ねる。


「はい! 僕、頑張ります!」

「私も頑張ります!」


 フェンは笑顔で答え、リーレンは耳をぴくぴく動かしている。うんうん、二人の士気も高そうだ。そして、次は…


「くるみも大丈夫ですか?」


 私がくるみにそう訊ねると、待ってましたと言わんばかりにあざといポーズをとって答え始める。


「ご奉仕の事なら、このくるみにおまかせにゃん☆ ラブリーご奉仕で、お客様のハートをわしづかみにゃん☆」


 うわぁ~ やはり、館の外でもこのノリなのか…


 アメシャも何か思うところがあるのか、じっと黙ってくるみを見ている。さすがにこれからお客様を相手にするので、色々堪えているのであろう…


 周りの様子を見渡すと、他の所は普通のメイドばかりで、私の所のメイド達はかなり異色な人材で固められている。なんだか悪目立ちするような気がする。


 しかし、ここまで来てはもう後戻りは出来ない。前に進むしかないのだ。


「時間まであと少しです。みなさん頑張りましょう!!」



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