第91話 ご笑納下さい
「なるほど、当家での単独開催ではなく、週に一度の商業会館での開催で、一部場所を借りると言う事ですね」
私は執務室の自分の席で、おじい様の話をセクレタさんがまとめてくれた報告書に目を通して、そう口にする。
「これは確かに伝手が無いと、割り込めないわね」
セクレタさんがそう付け加える。
「会場には他にも、色々な物を持ってきている人がいるから…目立たないと駄目じゃないかしら?」
トーカも私の見終わった報告書を見て、そう述べる。
「今までのでトーカさんはどんなのが良いと思います?」
「えっ? あぁ、ごめんなさい。そう思ったから口にしただけで、私も品評会、行ったことが無いのよ」
トーカがすまなそうに答える。
「しかし、品評会って言うても、でっかいお祭りみたいなもんやろうか? こう~ 一杯で店みたいなのが並んでて… そう考えると、給仕するメイドやのうて、普通の手伝いやったら、お祭りを大人買いして回れるんかなぁ~ でも、メイド服も着たいしなぁ~」
カオリが悩みながら口にする。
「ふふ、お祭りですか。私も小さい頃、街で行う祭典に参加する母に付き添って行ったことがありますが、その屋台みたいな感じなら、やり方はあるかもしれませんね」
私はにっこり微笑んでカオリを見る。
「あ~ うちらが鶏舎の作業部屋で食べたみたいに、匂いでつるんか」
カオリは私の意図を察してそう答える。
「それと、炭酸飲料ですが、甘い物の他に、蒸留酒を割ったものをお出しするのがよいと、おじい様がおっしゃってました」
「蒸留酒と炭酸って、うちの世界で言うハイボールやんか~ 焼き鳥とお酒… くぅ~! うちが給仕する側じゃのうて、飲み食いする側に回りたいわぁ」
カオリは自分でメイド役を引き受けたものの、後悔したように言う。
「頑張ってメイド服を来て、商談を勝ち取ってくだされば、品評会が終わった後、一杯ご馳走しますよ」
「分かった! うち頑張るでぇ~!! メイド服だろうが何だろうが、ドンと来いや!!」
カオリは私の言葉に、やる気を奮い立たせる。
丁度、そこへ執務室の扉がノックされる。
「カオリ様、それと皆様に、転生者様から御用があるにゃん」
くるみの声だ。それと、カオリと私達に用とは一体なにであろう?
扉が開かれると、転生者達は白い布が被せられた物を担ぎながら入ってくる。
「えっほっ えっほっ えっほっ えっほっ」
転生者達はカオリの前に進み出て、担ぎ物をカオリの目の前に下ろして、カオリに対して膝まづく。
「えっ? ちょ、ちょっとっ あんたら何なん?」
カオリはいつもと違う転生者達の行動に、たじろぐ。
「ぼくたち」
「おれたちはぁ~」
「カオリンのためにぃ~」
「夜なべをしてぇ~」
「作りました」
「「作りました」」
「ほんま、何なん? あんたら。体育祭の宣誓式みたいな事して…」
カオリは怯みながら言う。
「カオリンにこちらを捧げます」
「ます!」
転生者達がそういうと、くるみが担ぎ物の白い布を取り去る。
そこにはカオリに似せた等身大の人形があり、くるみと同じ、あのメイド服のようでメイド服とは思えない服装をしていて、ご丁寧に、片足を上げて、腰をくねらし、胸の前で両手でハートを作るポーズをしている。
そして、白い布をとった後のくるみは、横に並んで同じポーズをとる。
「どうぞ、ご笑納下さい」
転生者達がカオリに頭を下げて言う。
「こんな笑えんもん貰って、うちはどうすればええの…」
カオリは自分の人形を見て、乾いた笑いを浮かべて言う。
「笑いながら着ればいいと思うよ」
転生者達は微笑みながら答える。
「あほ!! 笑えんって言うてるやろ!! そもそもなんやねん!!このポーズは!!」
「萌え萌えキュン☆のポーズですが、なにか?」
貯めていた怒りの怒声をあげるカオリに、転生者達はさらりと言う。
「そんなん聞いてないわっ!! なんでうちがこんなエロい服来て、あほみたいなポーズせなあかんねん!!」
カオリの怒りのその言葉に、転生者達は一度顔を見合わせて、カオリに向き直り、理解できないという顔する。
「そもそも、カオリンが着たいと仰ったのでは?」
「うちはメイド服って言うたけど、こんなエロいの着るって言うてへんで!!」
「えぇ~ カオリさまぁ~ くるみと一緒の服… 嫌なのかにゃん… くるみ、悲しいにゃん…」
くるみは瞳を潤ませながら、上目づかいでカオリを見る。
「ち、ちょっと、あんた何言うてんの… さぶイボ出てきた…さぶイボ…」
くるみの言葉に、カオリは両腕の肌の部分を抱きかかえるようにさする。
私はその様子を見ていて可笑しくて、ぷっと吹き出してしまう。
「…マールはん…何わろてんねん…」
カオリは冷めた目で私を見ながら言う。
「だって、皆さんのやり取りが可笑しくてっ」
私は口を押さえながら答える。
「…うちにとっては、全然笑える状況やないんやけど…」
カオリは冷めた口調で言う。
「だって、メイド服だろうが何だろうが、ドンと来いや!!って言った後に、直ぐこれですよっ もう、着るしかないですよね」
私は肩を震わす。
「…マールはん… そんな事言っとったら、自分自身も身を滅ぼすで…」
カオリはじっと睨んでくる。
「さすが、マールたん。我々の思いにご理解頂けたようで」
「そうかと思いまして、ちゃんとご用意いたしております」
転生者達はそう言うと、残っている白い布を取り除く。
そこにはメイド服を着て、変なポーズをとっているカオリの人形と同じように、私とトーカ、セクレタさんの人形があった。
「ひっ!」
私が小さな悲鳴を上げた瞬間、後ろの窓がバタンと開き、バッサバッサと翼のはためく音がする。直ぐに振り返るとセクレタさんの姿が無い。
「えっ? セクレタさんがいない!?」
私が窓のそばに近づくと、セクレタさんの姿は豆腐寮の屋根の上にあった。
「ちょっと! セクレタさん!一人だけ逃げるなんてずるいですよ!!」
セクレタさんは、私の言葉が聞こえない振りをして、クチバシで毛づくろいを始める。
「鳥みたいに毛づくろいなんかして、何、誤魔化しているんですか!」
私はセクレタさんに向かって叫ぶ。
「いや、セクレタはんは鳥やろ?」
カオリの声が掛かる。
「カオリさん、何をいっているんですか。セクレタさんはセクレタさんですよ」
「え? あ… 何? ん~ マールはんの中ではそないな区別になってるんや…」
カオリは戸惑いながら、そう口にする。
「そんな事より、カオリさん! セクレタさんを追いますよ!!」
私はカオリさんの手を引き、事情を理解していない転生者達を押し分けて、執務室を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ ここまでくれば安全ですね… これであの人達が消えるまで待ちましょう」
私とカオリは鶏舎の所まで逃げていた。
「あぁ、そう言う意味やったんやね… お疲れさん」
カオリは意図を理解してそういう。
「しかし、私達の分まで作っているとは思いませんでしたよ」
「まぁ… あの様子やと機会を窺っとたんやな」
「私の分まであるとは驚いたわよ」
物陰からセクレタさんの声がし、姿を現す。
「セクレタさん」
「マールちゃん、カオリもお疲れ。ただでさえ、今でもこのもこもこを着せられているのに、あんな服まで着せられたら、たまったものじゃないわ」
セクレタさんはふぅと溜息をつく。
「あはは、そうですね…」
私は愛想笑いをしながら答える。
「せやけど… なんか…忘れてへんか?」
「忘れてる?」
「そや、なんか忘れてるけど… まぁ、ええか。そのうち思い出すわ」
そう言って、私は執務室の転生者達が立ち去るまで隠れ続け、そして、立ち去るのを見計らってから執務室に戻った。
そこには、はにかんだ顔のメイド服姿のトーカがいた。
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