第90話 俺達が聞き逃すとでも?
事の発端は、昼食時での会話の何気ない一言から始まった。
「ほほぅ、炭酸飲料や柔らかい鶏肉の販売が伸び悩んでおるのだな?」
シンゲルおじい様が、私とセクレタさんの会話を聞いて、横からそう述べる。
「えぇ、持っていけば、自分様に買っているだけで、予約注文などはありませんね…」
私が口元を拭いて、そう答える。
「ふむ、わしが当主だった頃は、新しい特産品を作る度に、帝都で商館を通して、中央の貴族達を集め、販売促進の品評会をやれば、どんなものでもある程度売れるものだったのだがのう… やはり、大暴落のせいか…」
シンゲルおじい様は、細かい泡の立ち上るグラスを見てそう語る。
「品評会?」
私は聞きなれぬ行事に語尾をあげる。
「マールよ、もしかして品評会をやっておらぬのか?」
おじい様は目を丸くしてこちらを見る。
私はぐっと口を紡ぎ、空になったグラスに目を落とす。
「…えぇ…」
私は恥じ入る様に答える。
「あ、ん… まぁ… マールは今まで、学院におって、引継ぎなしで当主の座についたのだから、知らなくても当然か… ましてや、近場の街ではなく、中央の帝都での事。なおさらだ。ん、まぁ、知らなくても恥じる事はない」
おじい様はたどたどしい口調で、言葉を選ぶように話しかけてくれる。
私は、心の中でやっぱりそういう事が必要であったのかと呟く。この辺りは、既に帝都への交通手段と伝手を持ち、様々な商品開発を行っていた伯爵領と、穀物を売る事しかしていなかった私の領地との差であろう。地力が違うのだ。
「マールちゃん、ごめんなさい。私も気が付かなくて… いつも個人的な売買しかしていなかったから、気付かなかったわ」
セクレタさんが話を聞いて、詫びを入れてくる。
「いえいえ、セクレタさんのせいじゃありませんよ。ここの地力が低かった為ですよ」
私は、詫びは不要と示す為に、セクレタさんに手のひらを振りながら答える。
「ふむ、マールもセクレタ殿もやり方を知らぬようだな…ではわしとリリーナの出番となるな」
おじい様はグラスの中を飲み干し、タンとテーブルに置く。
「そうですね。シンゲル。拾って頂いた恩を、私達でかえしましょう」
おじい様のとなりのおばあ様が、おじい様の口ひげを拭いながら、そう付け加える。
私はその言葉にぱぁっと表情が開く。
「ありがとうございます! おじい様!おばあ様!」
流石は元伯爵領の当主様、闇夜に明かりが灯る様に心強い。
「いやいや、これぐらいの事、どうって事はない。商館の方への伝手は、わしではリーゲルの手が回っておるかも知れんが、リリーナの名であれば大丈夫であろう。その他の段取りはわしがやっておこう。商品の準備や、メイド等の人手の準備は、マール、其方に頼む」
おじい様はにんまりと微笑んで、そう述べる。
「分かりました。メイド等の人手はいか程必要でしょうか?」
「そうじゃのう… 向こうからも借りるとしても10人程は必要じゃのう… あと、あの鶏肉も出すのであれば、料理人も必要だ」
「10人程ですか…」
私は顎に手をやり考える。10人か… おばあ様がメイドの指導をして下さっているが、それでも、パーラーメイドの数が足りない… 招待側の私が手伝うといっても、主人が動き回るのも商談時間が割かれるのでよくないであろう。では、どうしよう…
「なぁなぁ、うちも手伝おか?」
思い悩んでいる私に、カオリの声が掛かる。
「10人っていうたら、多分、メイドさんの数、たりひんと思うから、うちで良ければ手伝うで」
あの気難しかったおじい様と一瞬で、『カオリン、シゲリン』と呼び合う程に打ち解けたカオリだ。海千山千の商人や貴族との商談なら期待できる。作法についてはおばあ様にお願いすれば、なんとかなるであろう… しかし、どうやって『カオリン、シゲリン』と呼び合う程に打ち解けたのであろう… 未だに詳しい話は聞けずにいる。
「カオリさんが手伝ってくれるのなら、頼もしいです」
呼び名の事は頭の隅に追いやって、そう答える。
「分かった。うち、頑張るわ。作法については、うちもリリリンに教えてもらうわ」
…リリリン? リリリンって…もしかして、リリーナおばあ様の事?
ちょっと、いつの間におばあ様まで、その様な呼び名を呼び合う程になったんですか!?
「マールお姉さま! 僕もお手伝いします」
おじい様やおばあ様、カオリが手を貸す発言を見て、ラジルも声を上げる。
「あ、あぁ…ラジルも私を手伝ってくれるのですね。ありがとう、ラジル」
私はカオリの魔の手がおばあ様まで伸びた事に、困惑しながらラジルに答える。
「いや~ うち、手伝うって言うてもな、実はメイド服をいっぺん着てみたいなぁ~ってのがあるねん」
カオリは笑いながら、後ろ頭をかきながら、そう述べる。
カタリ…
カオリの発言に、会場側の方で物音がしたのでちょこっと目をやると、転生者達の動きが、まるで時が停まったかのように固まっていた。
この時に私がもっと気をかけていれば、あの様な事は起きなかったであろう…
その時の私は、すぐに転生者達が食事を続けたので、気に留めなかった。よく見れば、転生者達が互いに目配せをしていたのだ。
「でも、うち、鶏舎や牧場行ったり、採掘場にも行ったりするし、それにうち、ガサツやから、すぐ汚してまうから、今まで遠慮しててん」
私はカオリの言葉に意識を向ける。カオリはいつもキュロットに袖をまくったボレロっぽい服を着ていて、裾の長い女の子らしい衣装をしている姿は見たことがない。だから、一度メイド服でも良いから着てみたいのであろう。
「遠慮なんてなさらずに、言ってくださればよかったのに」
私がそうカオリに答える。
「いや、実はな、最初にメイドの子がやめていった時に着ようとしたんやけど… 小さくて着られんかってん」
最初というと…サツキとメイの事か… というか、当家の接客を担当するパーラーメイドは小柄な人物が多い。先程のサツキやメイ、現在いるアメシャ、フェン?、リーレン… あとはくるみか…
接客するパーラーメイドの衣装は、可愛いくあしらえてある。接客しないその他のメイド服は作業性重視のあまり可愛くないものである。だから、カオリはパーラーメイドの服に憧れたのであろう。
「では、カオリさんに合うメイド服を準備するように…」
私がそう言いかけた時、会場側でガタンと物音が鳴り響く。
私は言葉を止め、カオリから会場側へ視線を移すと、転生者達が一斉に立ち上がっていた。
そして、転生者達は無言のまま、規則正しく食堂を退出していく。
私たちは、その少し異様な光景を無言で見守っていた。
「言っておきますので… って、さっきのあれ。何だったんでしょうね?」
私は言葉をつづけながら、先程の光景についてカオリに訊ねる。
「いや… ちょっと、うちにも分からん… あいつ等、たまに何考えてるんか分からん事しよるからなぁ~」
私たちは、多少の不安を抱えながらも、その場を終えた。
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