第89話 パジャマパーティーするっていいましたよね?
「暑い… 涼しいのに慣れたから、暑い部屋では眠れない…」
私は一度入ったベッドの上から起き上がる。人間、一度楽を覚えると、我慢出来なくなるのであろう。クーラーのある所が恋しくなる。
私は、ベッドから降りて、寝室を出て、こっそり廊下に続く扉を開け、顔だけ出して廊下の様子を窺う。
「よし、誰もいない」
私は寝間着姿のまま、枕を抱えて廊下を進む。クーラーのある執務室に向かう為である。朝早くに着替えに戻ればよい。そう思いながら、廊下を進んでいた。
「あれ?マールはん」
私は突然、背中からかかる声にびくりとする。
「なんだ、カオリさんじゃないですか」
振り返ると、私と同じ寝間着姿のカオリがいた。
「マールはんも、そんな姿でこんな時間にどないしたん? やっぱり、暑うて寝られへんの?」
「カオリさんもなんですか?」
「そや、だから、冷房効いてる食堂いったんやけど… みんな、考える事同じやなぁ~ 食堂にはぎょうさん人おったわ。で、さすがにうちは、男女入り乱れて雑魚寝するつもりはあらへんから、戻ってきてん。マールはんはどこいくの?」
なるほど、私の行動が遅かっただけで、この館の者は皆、寝間着姿でうろついているのか…
「私は執務室に行こうと思ったのですが… カオリさんも御一緒します?」
「ええの? めちゃ嬉しいわぁ~ ご一緒させてもらうわ」
こうして、カオリと二人、執務室へと進んでいくと、その目的地の執務室の扉の前に人影が見える。
その人影も寝間着姿をしており、執務室の扉を開けようと、把手を何度かガチャガチャと動かすが、一向に開かず、諦めて手を放し、溜息をつく。そして、立ち去ろうとして振り返り、私達と目が合う。
「マ、マール? それにカオリまで!?」
人影の主はトーカであった。恐らく、私達と同じくして、クーラーで涼みに来たのであろう。
「なんやぁ~ トーカはんもかいな」
「トーカさんも暑くて眠れないんですね、私達と一緒に執務室で休みますか?」
私はそう言って、執務室の鍵を取り出して、扉を開ける。その様子を見てトーカは『あっ』と小声をあげる。恐らく、鍵を閉めているとは考えていなかったのであろう。
「さぁ、どうぞ」
「あっ、ありがと…」
トーカは赤面しながら答える。この人のこういう所は憎めないというか可愛く思う。私も続いて中に入ると操作盤の所にいき、クーラーを作動させる。そして、三人でクーラーの風が当たるところに移動する。
「ふぅぅ 気持ちいぃ~」
「汗が引いていくわ…」
「やっぱ、クーラーは最高やなぁ~」
こうして、ひと時、クーラーを満喫する。そして、暫くしたのちトーカが口を開く。
「とりあえず、ここに来たけど… ここでどうやって寝るの? マール、貴方はどうしてたの?」
「あの結婚騒動で立て籠もっていた時の話ですか? あの時はソファーで寝ていましたね」
「なるほど」
トーカはソファーに視線を移し納得する。次にカオリが口を開く。
「しかし、嬉しいわぁ~ うち、みんなとパジャマパーティーするのが夢やってん」
「パジャマパーティー?」
私はカオリに言葉に問い返す。
「女の子同士、寝間着姿で集まって、寝るまでおしゃべりするねん。ここの人って、みんな個室で一人で寝るやろ? できひんなぁ~って諦めててん」
「いいわね! それ! やりましょう!」
なぜだか、トーカは乗り気だ。
「ほな、先に寝床の準備しよか」
そう言うと、三人がかりで二つあるソファーをクーラーの風の当たる所に運び、もう一人分は一人掛けの椅子を背もたれを外側に6つ並べてベッド代わりにする。それぞれの場所は両端にソファーの私とトーカで、真ん中に椅子のカオリが横たわる。
さて、寝床が整ったので、カオリに言うパジャマパーティーでも始めようかと思うと、早速、真ん中のカオリから寝息が聞こえる。私は真ん中のカオリの方に顔を向けるが、背もたれで、カオリの姿も、その向こうのトーカの姿も見えない。これは配置を失敗したかな?
「なんで、言い出しっぺのカオリさんが、一番で寝ているんですか…」
「ふふふ、カオリらしいわね」
私の言葉にトーカがふふふと笑う。
「まぁ、おしゃべりも良いけど、私も皆と一緒に眠りたかったの」
「また、どうしてですか?」
トーカの言葉に私は問い返す。
「…聞いても笑わない?」
「ん~ 可笑しな理由でなければ」
私はトーカの言葉に軽く返す。
「…ちょっとね… 怖い夢を見たの…」
「怖い夢ですか?」
怖い夢だけでは笑いはしない。しかし、その内容では笑うかも知れないな… 私はそう思いながら枕の位置を直して、上向き、視界には天井しか見えない。
「えぇ… とても現実的で生々しい怖い夢…」
「現実的で生々しいって…」
どんな夢であるか、興味を惹かれる。
「私が帝都にいて、男に追われて…」
私はトーカが帝都で転生者達に追われる姿を想像してしまう。
「そして、その男に刺されるの…」
トーカの言葉に私の想像は一気に消し飛ぶ。
「その男は何度も何度も私を刺すの… 痛くて怖くて… 泣いても叫んでも… 何度も刺すの…」
私は視線を天井からトーカに移す。しかし、間のカオリの寝床でトーカが見えない。
「その内、抵抗しようとする力も、声を上げる力も失って… 最後は目も見えなくなって… 私が死んじゃうの…」
私はトーカの事が心配になって、ソファーを頭の方へずり上がっていき、ソファーの端から頭を出して、トーカの方を見る。
「よかった。マールがいる」
トーカも私と同じようにソファーの端から頭を出して、こちらを見ていた。
「これで安心して眠れるわ…」
トーカはそう言うと、ソファーの収まりの良い体制をとっていき顔が見えなくなる。
「えぇ、それは悪い夢です。トーカさんは帝都ではなく、ここにいます。だから、安心して眠って下さい…」
私は姿を見る事ができないトーカに言葉をかける。
「…ありがとう…マール…」
小さく…ゆっくりとしたトーカの返事が聞こえた後、トーカの寝息が聞こえ始める。
トーカの寝息を確認した後、私もソファーの収まり良い体制に戻り、再び枕に頭を鎮める。
最初は心臓がトーカの話で脈打っていたが、次第に落ち着き眠りの底へ落ちていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「マールちゃん、マールちゃん」
セクレタさんの声が聞こえる。どうして、セクレタさんが私の寝室に?
私はそう思い、起き上がろうとするが、なんだか、頭がズキズキして身体も重い。中々起き上がれない。
「やっぱり、マールちゃんもなのね…」
目を開くとここは寝室ではなく、執務室だ。セクレタさんの呆れた顔が視界に入る。
そうだ、昨日の夜、暑くて眠れなくて、皆でクーラーを効かせながら執務室で眠ったのだ。
「…やっぱりとは…どういう事ですか…」
私は重い身体をなんとか起こし、セクレタさんに訊ねる。
「先程、食堂に行ったら、みんな、寝巻き姿で倒れていたのよ。だから、もしかしてと思って来てみたら…」
私は他の人はどうなっているのか見てみると、カオリは普通に気持ちよさそうに寝ており、その向こうのトーカは私と同様に苦しそうにしている。
「みんな、クーラーなんて慣れないものを使って寝たから、風邪を引いたのね…」
こうして、当家は今日一日、まともに動く事が出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
※
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