第87話 あり得たかもしれない悪夢

※今回、グロ要素があります。

苦手な方は◇◆◇◆◇◆◇◆◇の間を飛ばしてください。

後、別の物語を執筆中です。まとまったらアップします。



あれ? ここはどこだろう…

私は確か、辺境の田舎にいたはず… 

辺境の田舎? なんで、私がそんな所にいるのよ… 

そんな予定も理由もないわ…


そう、私がいるのは…

アシラロ帝国、帝都ナンタンの法務省審問部。

帝国の安寧と法の秩序を守る事が私の使命だ。

片田舎でつまらない書類仕事など、私の仕事ではない…はずだ…


私は困惑する頭を振り、意識を正す。


「トーカ審問官、新しい案件の書類が届いております」


私の正面に、部下の女官が、仕事の書類を差し出してくる。


 私は女官の書類を受け取り、その内容に目を通していき、これが私の本来の正しい仕事であると確認する。


「何これ… 学院内での事件? 何?婚約破棄による、痴情の縺れ? 刃傷沙汰? ホント…馬鹿馬鹿しいわ…」


 渡された書類を確認していくと、五束あり、どれも学院内でも事件で、男女の婚約破棄やそれに伴う、痴情の縺れだ。

 そのうちの一件は女性側が行方不明になっており、もう一件は女性が捨てられた事で精神を病み、人事不省になっている。もう一件は、お互いで殺し合い、残る二件で、女性が相手側の男性を傷つけたとある。

 この五つの事件は、一人の女性に、五人の男性が婚約者のいる身でありながら、うつつを抜かし、その結果、婚約破棄した事が発端となっている。


「高々、男の事で、神聖なる学び舎で、殺傷事件を起こすなんて… 本当に愚かね…」


 男も男で愚かで、女も女で、この様に愚かな男に未練を抱くなんて、更に愚かだ。事件の詳細を確認していくと、どの男女も御高名な貴族の御子息、御令嬢達である。そんな身分の方々でも、この体たらくとは…つくづく人間とは愚かに出来ているのであろう…


 情で動く人間は愚かだ。だからこそ、厳格な法を用い、理性を使って、愚かな人間たちの秩序を保たなければならない。


 私は自負と信念を持って、事件に取り組んでいく。


 まず、一件目は… すでに女性側は行方不明… では、すぐに捜査部に女性の捜索をと考えたが、女性側の家から捜索依頼が来ていない… もはや、家から捨てられたのであろう… では、まだ被害が出ていないので、男性側に報復の恐れがある事だけを伝えて、それで終わりだ。


 次に、二件目。女性側が婚約破棄された事で精神を病んでいるが、それは本人の精神力の問題であり、婚約破棄が法的に正式な手続きがされている以上、女性側の家族の相手側に対する訴えは、全く法的根拠のない話だ。


「下らない、この訴えは却下しておいて」


私は女官に書類を渡し、訴えを却下するように伝える。


 次の三件目の案件は、お互いが殺し合っている。状況的には婚約破棄された恨みにより、女性側が襲い掛かって、相打ちになったのであろう。しかし、状況証拠は状況証拠でしか過ぎない。立ち合いのいない決闘をして共倒れした場合も考えられる。捜査部からも特になにも証拠が上がってきていないので、この案件の両者の訴えを退け、それぞれの家がそれぞれの遺体を処理してもらうしかないであろう。


 残るは四件目と五件目だ。状況的には三件目と同じであり、婚約破棄の逆恨みであろう。ただ、三件目と異なるのが、被害者男性が生き残っており、証人もいることだ。そして、被害者男性側が加害者女性より、上位の貴族であり、学院で発生した事件であるので、帝国貴族法によれば、加害者女性の処遇は被害者男性側に一任される事となっている。ならば、この案件の処理は簡単だ。


 私はそれぞれの案件の処理の指示をして、書類を女官に渡す。


 法的にはどれも簡単な案件だ。どうしてこの案件が私に回されたのであろうか? それは恐らく、どれも上級貴族が関わっており、処分の如何様にとっては、その貴族からの恨みを買う事になる。


 しかし、私はもっと出世しなくてはならない。トーヤお兄様の様に立派で素晴らしい人間にならなくてはならない。だから、この程度の事で怖気づいてはいられない。私はもっともっと、偉くて立派になるのだ。私はそう思いながら、親指の爪を噛んでいた。



 次の日、早速、処分について不満のある貴族が、私の所に怒鳴り込んで来た。


「どうして、あの男に処分がくだらないのだ!! 私の娘が…私の娘が… あんなことになっていると言うのに… どうしてなんだ!!」


二件目の案件の女性の父親であろう貴族だ。悲痛な顔で私に訴えかけるが、お角違いもいい所である。


「そう仰りますが、婚約破棄は法的に正しく受理されておりますので、何ら問題がありません」


私は杓子定規で、無感情にそう伝える。ここで、情に忖度しても話がややこしくなるだけだ。


「しかし、娘が… 娘が… あんなに優しい思いやりのある娘が… お前には人の情が無いのか… それでも人間なのか!! 正義は存在せぬのか!!!」


私はその貴族の言葉にカチンと来る。

情に任せて叫ぶしか能の無い人間が、正義を口にするな!

正義とは法と理性をもって行うものだ!


「そもそも、婚約破棄程度で精神を病む本人の、精神の弱さに問題がありますし、そのように育てたご自身の愚かさを思い直せばいかがでしょうか?」


「なっ!? なんだと!!!」


私の言葉に、貴族の男は目を見開き、憤激で顔を赤く染める。


「お客様がお帰りよ」


私は、貴族が次の言動を起こす前に、部屋の警護の衛兵に伝える。


「…この冷徹で冷酷で…冷血な外道が!!! 私は…私はお前を…お前を絶対に許さない!!!」


男はそう叫びながら、衛兵たちに引きずられ、私の前から消えていく。


本当に愚かな男だ。私が婚約破棄して捨てたわけでもあるまいし… 

本当に感情で動く人間は愚かだ…


その後、四五件目の案件で、被害者側が、加害者の処刑を申し出て、即日、斬首による処刑が執り行われたとの報告があった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その数日後の夜。私は狭く暗いスラムの路地を走り回っていた。

仕事が遅くなり、馬車で帰路に付いていたはずが、馬車は実家ではなく、スラムに向かっており、いつの間にか不審な男達に囲まれて、私は思わず馬車から降りて逃げ出したのである。


 この服は走りにくい。法務局の制服であるが、裾が狭く、くるぶしまで長さがあるので、走りずらい。

いつもの膝が見える丈しかない、あのスカートならば、もっと早く走れるのに…

膝の見えるスカート? なんだそれは? 私はそんなものを履いていたことなどないはず…


 その時、腹部に猛烈な鈍痛が走り、痛みと圧力で呼吸と体の制御が出来なくなり、口から吐しゃ物を吐きながら倒れ込む。

 そして、すかさず肩から鋭い痛みが、全身を駆け抜ける。


「きぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


私は腹部の鈍痛と肩口の鋭い痛みで、無様に地面をのたうち回る事しかできない。


「何だよ… 冷血のくせに、血はちゃんと…暖かさがあるじゃないか… その暖かさを私の娘にも向けていてくれていたら… 娘は… 娘は… 冷たくならずに済んだものを…」


暗闇の中で、血の滴る鈍い刃の輝きと、ギラギラと血走った瞳だけが見える。

そして、その血走った瞳は私に覆いかぶさり、鈍い輝きの刃を、私に力強く振り下ろす。

私は咄嗟に腕で頭を守るが、ザクっとする感触と痛みと共に、切り飛ばされた指とその断面から白い骨が見え、直ぐに赤い血が溢れ出す。


「いやぁぁぁぁ!!!!!」


男は刃を両手に握り直し、何度も何度も私に振り下ろす。

その度に私の運動をしていない、柔らかい腕は安々と切り裂かれ、ズタズタに引き裂かれ肉片が飛び散っていく。


「痛い!痛い!痛い!痛い!痛いぃぃぃ!助けてぇ!!痛い!お兄様!!痛いぃぃぃ!助けてぇ!!」


 腕の防御をすり抜けた刃が、ついに私の身体や、顔に刺さり始める。そして、喉に刺さった時、声はひゅーと喉の穴から抜けて出なくたった。


もう、私は防御も何も出来ず、何度も何度も振り被る刃に刺されるがままになっていた。

その時には、もはや激痛に感覚が麻痺をして痛みすら感じない。

それでもリズムよく私の体に刃が刺さっていく。

視界が半分消えた。恐らく目が刺されたのであろう。

残る視界も消えた。恐らくもう片方も刺されたのであろう。


私の残された感覚は、真っ暗闇の中で、身体から血が抜けて冷たくなっていくだけだ。


なんでこうなったのであろう。どうしてこうなったのであろう。

私は自分の仕事を頑張っていただけ…いや、違う…

自分か有能な存在であって、そう認められようと

無理をして意地に…意固地になっていただけだ…

そんな不純な動機を持っていた事に対する罰がこれ?


そんな事なら…あの辺境の田舎で… 

どうでもいい書類仕事をしている方が良かったのかな?


楽しくて面白い男の人が一杯いて…

間違ったらちゃんと叱ってくれる人がいて…

愉快に励ましてくれる友達がいて…

優しく包み込んでくれる友人がいて…

そして、お兄様がいつも側にいてくれる…


楽しくて、意地を張らなくてよくて…

そんな幸せな生き方… できたらいいな…



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「トーカ!! トーカ!!!」


大きな声で私を呼ぶ声がする…トーヤお兄様の声だ

ぼやけた視界が、段々鮮明になっていく…お兄様の顔だ。

今までにない、真剣で蒼ざめた顔で私に声を掛けてくる。


そこで、私は明確に意識を取り戻す。

ちゃんと目が見える。刺されてない。

ちゃんと指がある、腕がある。切り裂かれていない。


「お、お兄様…」


ちゃんと声がでる。喉から空気がもれていない。

私は真っ青な顔をして、両肩を掴んでいるお兄様に飛びつく。


「お兄様!!!」


 先程までの夢の、現実的な生々しさで、恐怖で身体が震え、心臓はドラムロールのように激しく打ち据える。


「凄い…怖い夢を見ました…」


「それは、夢だ!」


お兄様はきっぱりと言い切ってくれる。


「現実的で生々しくて…怖くて怖くて…」


「それは、夢だ!!夢でしかない!!!」


一段と強く言ってくれる。


「何度も何度も刺されて、痛くて痛くて!!」


「だから、それは夢だ! もう、起きない!!」


お兄様はやさしく背中に腕を回して、抱き締めてくれる。


「それはもう起こらない事だ…だから、安心しておやすみ…トーカ…」


「…はい…お兄様…」


私はトーヤお兄様の腕の中で眠りについた。




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