第85話 暑い日にはお風呂がいいですね

「最近、暑くなってきましたね…ちょっと、例年より暑いんじゃないでしょうか?」


 私はペンを置いて、椅子にもたれ、手でパタパタと首筋を仰ぐ。


「やはり、みんなそう思っていたのね、ここではこの暑さが普通だと思っていたわ…」


 トーカも暑さに我慢していたのか、私が仰ぐのを見て、自分も少し首元を開いて、身近にあった、紙束で仰ぎ始める。


「二人はまだ、マシな方よ。私はこれ着ているから、暑くて暑くて堪らないわ…」


 抱卵の為、もこもこスーツを着ているセクレタさんは流石に暑そうである。私は敬意を示す為、頭を下げる。


「丁度、切りが良いですし、今日は早めに切り上げて、皆でお風呂にでも行きますか?」


私はあまりにもの暑さに、皆にお風呂にいく事を提案してみる。


「そうね、それがいいかも、汗を流してさっぱりしたいわ」


トーカも私の提案に同意する。


「お風呂いいわね。私も参加させてもらうわ。それと、明日からは少し早めの時間に仕事を始めて、終わりは今日ぐらいの時間にしましょうか」


「いいですね、セクレタさん。明日からは朝の涼しいうちに仕事はじめて、暑くなったら終わりましょう」


 セクレタさんも参加なので、執務室の三人でお風呂だ。


「とりあえず、私、着替えをとってくるわ」


「トーカさん、私も取ってきますので、本館の渡り廊下前で落ち合いましょうか」


 こうして私達は解散して、執務室を後にし、着替えを持ってから、再び渡り廊下前で合流した。ちなみに、私が最後だった。



「みなさん、お待たせしました」


私は二人に詫びを入れる。


「いいえ、私も今来た所だから。さぁ行きましょう」


トーカがそう答えて、三人で渡り廊下を進んでいく。


「そういえば、セクレタさん。お風呂入る時、それはどうするんですか?」


私はセクレタさんのもこもこスーツを見る。


「流石に脱ぐわよ」


「えっと、こう言うのもなんですが、脱いでも大丈夫なんですか?」


私はもこもこスーツで温めている卵が心配で聞いてみる。


「えぇ、大丈夫よ。私も流石に三週間も着たままではいられないから、鶏舎にいる担当者に訊ねてみたの。そうしたら、冷めないようにすれば、一時間ぐらいなら大丈夫ですって」


「確かに三週間も着ていたら、身体がかゆくて仕方ありませんね」


「今の時期の暑さだと、一日でもキツイわ…」


そんな話をしながら、温泉館へ通り抜ける為、豆腐寮の広間に入る。


「ん?」

「あれ?」

「あら?」


 豆腐寮の広間に入ると、私達三人は広間の空気に違和感を感じる。なんだか、ひんやり涼しい感じがする。ここは風通しが良いのか、熱が籠らないようになっているのであろう。とりあえず、私たちは広間を抜けて、温泉館へ続く陸橋にでる。


 陸橋から下を見下ろすと、転移魔法陣の建屋の建築風景が見渡せる。


「順調に進んでますね。最終的にはここの陸橋に繋げるんでしたっけ?」


「そうね、その予定らしいわ。他にもこの陸橋に屋根もつけるみたいよ」


 転生者達は色々と自主的に取り組んでくれる。最初は勝手に始めて、色々苦労したのであるが、最近では予め予定や計画を相談してくれるし、材料なども使って良いかと聞いてくる。豆腐寮を建てた頃と比べれば、大きな進歩である。


「建材も今は余り気味ですし、ちゃんと使用量を報告してくれるので、楽になりましたねぇ~ 最初は森林を…」


「そういえば、昨日、大量の杉の苗木が届いていたけど…」


トーカが私に訊ねてくる。


「トーカさんが来る前の事なので、御存じないかと思いますが… 今向かっている温泉館の場所って、あの辺り一面、森林だったんですよ…」


「それって何時の事?」


ピンとこないトーカは続けて訊ねてくる。


「半年も経ってませんよ」


「えっ? そうなの?」


トーカは目を丸くする。


「彼らが来た時、当家のような辺境領主には、いきなり100人の受けれ入れ体制なんて、ありませんから、最初は雑魚寝してもらっていたのですが、それが耐えきれなかったそうで、いきなり森林を伐採して、建てたのが先程、通り抜けてきた豆腐寮です…」


「毎度の事ながら、あの人たち色々滅茶苦茶よね… だから、苗木を買って植林するのね」


トーカは口元に苦笑いを含みながら感想を述べる。


「はい、そうなんですが、ちょっと悩んでいるんですよね」


「悩んでいるって?」


「それはまぁ、お風呂に入った時に説明します」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「なるほど… この景色が見渡せなくなるのは、勿体ないわね」


 トーカは露天風呂から、少し身を乗り出して、眼前に広がる大自然を見渡して、感嘆の言葉を口にする。


「えぇ、最初、森林が消えた時はなんて事を仕出かしてくれたんだと思いましたが、こうしてお風呂に入りながら見渡せると、満更でもないですね… だから、元の位置に植林するかどうか悩んでいるんですよ」


私は湯船の淵に頬杖を付き、トーカと同じ景色を見ながら答える。


「植林は、また別の候補地でも探しましょうか。今の場所はそのままにするか、来年、麦でも植えてみたらどうかしら? 秋には辺り一面、黄金の麦畑が拝めるわよ」


セクレタさんはそう言って、水風呂からあがり、ブルブルと身体を震わせて水を切る。


「では、私は卵が心配だから、先に上がっているわね」


「あ、セクレタさん。すみませんね」


「いいのよ、私、もともと長風呂する方ではないから」


 そう言い残すと、セクレタさんは先に露天風呂を後にする。 私とトーカも一頻り、景色を楽しんだ後、露天風呂を出た。




「あっ! 今日はまだフルーツ牛乳が残っていますね。嬉しぃ!!」


 私は脱衣所を出た、広間の水桶の中に、中々飲む事の出来ないフルーツ牛乳を見つけて喜ぶ。


「ねぇねぇ! 私も、もらえるかしら?」


めったに拝むことの出来ないフルーツ牛乳なので、トーカも少し興奮気味だ。


「はい、どうぞ。セクレタさんはどうしますか?」


「私はコーヒー牛乳を頂けるかしら?」


「コーヒー牛乳ですね。えっと…あったあった、はい、どうぞ」


私は水桶の中から、コーヒー牛乳を探し出し、セクレタさんに手渡す。


「ぷはぁ! やっぱりフルーツ牛乳は美味しいわ! もっと増やしてくれたいいのに」


トーカはそう言って、フルーツ牛乳がめったに飲めない事に不満をもらす。


「私もカオリさんに増やしてもらえるよう、お願いしているんですが、『めったに飲めへんからええんや、毎回飲めたら、ありがたみがなくなる』って言うんですよ」


「うふふ、カオリらしいわね」


セクレタさんはコーヒー牛乳を飲みながら微笑む。




 牛乳を楽しんだ後の私達は、夕食を食べる為、温泉館を後にして、豆腐寮へ続く陸橋を渡っていた。そして、豆腐寮の二階の広間の扉を開ける。


「ん? やっぱり…」

「そうね…」

「勘違いではないわね…」


 私達が広間の空気の違和感を感じていると、私達の姿を見つけた転生者達が声を掛けてくる。


「マールたん、トーカ嬢、セクレタ様。お風呂上り?」


 なんだかモヤモヤする敬称の付け方に違和感を感じつつも、ここの広間の空気の違和感について訊ねる。


「ちょっと、ここの空気、ヒンヤリしていると言うか、涼しいんですけど…」


私がそう訊ねると、転生者は得意げな表情を浮かべる。


「ふふふ、それはクーラーを設置したからね」


「クーラー?」


私は、転生者に訊ねかえした。



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