第82話 新たな生き方
「はいはい、みなさーん。静かにしてくださーい!」
私は、会議室の前の壇上で、騒めく転生者たちに声を飛ばす。私の声によって、転生者の騒めきは徐々に静かになっていき、静まり帰って、報告を出来る状態になった。
「それでは、皆さんにご報告する事があります。今日、私に新しく家族が増えました。先日よりお話しておりました。ラジル・レ・アープです。 ラジル、立って皆に挨拶してもらえる?」
ラジルは私に促されて、少し強張りながら立ち上がる。
「ラジル・レ・アープです! よろしくお願いします!!」
子供らしい、勢いある声で挨拶する。
「よくできましたね。ラジル。 みなさん、ラジルは私の弟となりました。分からない事も多いと思いますので、皆さんよろしくお願いいたしますね」
ラジルはぺこりと頭をさげる。
「思ったより、良さそうな子供だな」
「素直そうでいい子じゃないか」
「まぁ、将を射んと欲すれば先ず馬を射よとあるから、ラジル君とは仲良くした方がよさそうだな」
「馬だけでもよくね?」
「お前、そっちもいけんの?」
「お前こそ、いけないのか?」
色々、こそこそ話が聞こえるが、転生者のラジルに対する感触は概ね良好のようである。みな、暖かな眼差しをしている。
「次に、私のおじい様とおばあ様になられた、シンゲル・レ・アープ様とリリーナ・レ・アープ様です」
私の言葉に、会場の転生者がざわつく。
「はいはい、みなさん。落ち着いて下さい。ラジルが弟になったのであれば、その祖父祖母も私の祖父祖母になるのは当然ですよね。では、おじい様、おばあ様。自己紹介お願いできますか?」
私の言葉に、シンゲルおじい様とリリーナおばあ様は少し、狼狽えながら立ち上がる。
「シゲリン! 頑張って!」
その様子を見て、カオリが励ましの声をかける… だから、なんでシゲリンなんですか?
おじい様もカオリの声援にぐっと親指を立てて応え、転生者に向き直る… だがら、なんでおじい様もそんなフランクな乗りなんですか…
「わしがシンゲル・レ・アープだ。そして、こちらが妻のリリーナ・レ・アープだ。我々は、マールの寛大なる好意によって、当主の祖父祖母という過分なる立場を頂き、ここに置いてもらえる事となった。孫のラジル、妻のリリーナ共々、よろしく頼む」
そういって、おじい様とおばあ様は、転生者に向かって深々と頭をさげる。私はその光景に少し驚いていた。あの傲慢不遜であった、ツール伯が謙った言葉を述べて、頭をさげているのである。
この辺りは、思いっきりがよいのか、頭の切り替えが早いのか、それとも、当主という権威を保たなければならない呪縛から解放された為か、兎に角、早くここに馴染みそうなので一安心した。
「シゲリン! よかったで!」
カオリが、誉め言葉を送る。
「だろ? カオリン」
そうって、おじい様は、ぐっと親指を立ててにやりと笑う。そんな二人のやり取りに転生者達の反応は…
「肥え太ったり、欲にまみれたりはしてなさそうだな…」
「でも、マールたんの言う通り、頭髪は不自由だな」
「で、なんでシゲリン、カオリンなんだよ」
やっぱり、シゲリン、カオリン…気になりますよね…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いや… 様々な部署で見かけるから、仕事がある度に、動き回っているものと思っていたが、全て別人だったとは…」
「私も、同じ顔がならんでいるので、少し驚きましたわ…」
執務室のソファーでおじい様とおばあ様がお茶を口にしながら、転生者達の感想をそう述べる。なるほど、私が見栄を張る為に有能な人員を使いまわしていると思われていたのか…
「しかし、あれだけ有能が人材が沢山いるのは羨ましいな… おっと、今は羨む側ではなかったな」
「まぁ、有能である事には変わりないのですが、ちょっと…いやかなり癖のある人達ですので…」
私はくすりと笑いながら答える。
「有能で使いやすい人材なら誰でも結果を出せる。使いにくい人材を使って結果を出すことに、当主としての真価が問われる。そなたは結果を出し始めておるのだから、立派な事だ」
「お褒め頂き、光栄です」
私は褒められて、ちょっと照れる。しかし、彼らがここにいて協力してくれている事は降って湧いた幸運である。慢心してはいけない。だから、当主として大先輩であるおじい様に様々な事を学ばなければならい。
「ですが、彼らがここにいるのは幸運に恵まれただけの事ですから、なので、おじい様から地に足付けた経営をご教授頂きたいのですが、よろしいですか?」
「地に足を付けるといっても、恥ずかしながら、わしも大暴落で資産を溶かした身、あまり偉そうに大した事は言えぬ。しかしながら、可愛い孫娘の頼みを無下にする事はしたくはない。このような老いぼれの知恵で良ければ、幾らでも力になろう」
おじい様も少し照れながらそう言ってくれた。そのやり取りを見て、おばあ様はふふっと微笑む。
「しかし、力を貸すと言っても、すこし時間が欲しい。ここの事をまだ何も知らぬのに、いい加減は事は言えぬ。だから、暫くの間は辺りを回って、様子を窺って見ようと思うがいいか?」
普通の人であれば、すぐさま自分の実力を見せようとするが、落ち着いてちゃんと情報を取集してから判断する所は、さすが、元伯爵領の当主様である。大暴落で資産を溶かした件についても、セクレタさんですら溶かしたぐらいの、予想すら出来なかったものであろう。だから、私はその辺りはあまりマイナスとは捉えていない。
「はい、では心行くまでご覧ください。その間、ラジルの事は私の方で見ておりますので」
私はラジルを見て微笑む。
そこへ、セクレタさんが言葉を付け加える。
「私も協力するわ。今回は私の言う通りにさせてもらうわよ」
セクレタさんの言葉におじい様はぐっと何かを堪える様な顔をして、セクレタさんに頭を下げる。そして、おばあ様も物悲し気な顔をする。
「あの時の事はすまなんだ… わしが間違えていた」
「今更、私に謝っても仕方ないわよ… 一番下の子供だから、可愛いのは分かるけど、人間は犬猫の様なペットじゃないのだから、甘やかすだけでは駄目。親の自分たちが死んだあとも、その子が生きて行けるように教育して、生きる力を付けなければ駄目なの。まぁ、あの子の場合は、親よりも先に亡くなったけど… だから、謝るなら亡くなった子供、残された孫に対してね」
セクレタさんの口調は穏やかではあるが、その内容は中々にキツイ物がある。おじい様とおばあ様はそのキツイ言葉を、拳を握り締めて聞いていた。私自身もその言葉が心に刺さるように感じた。
もし、セクレタさんの言葉がなければ、ラジルの身の上に同情して、甘やかせていたであろう。
私達の様子を眺めていたセクレタさんは、ラジルに向き直る。
「ラジル。いい? これから私はあなたにキツイ指導をするけど、それは貴方が憎いからでも嫌いだからでもない、貴方の事を心配する人々を安心させる為にすることよ。だから、しっかり学んで、その力で強く生きて頂戴。私も鬼じゃないから、貴方がくじけるような事はしないわ。でも、甘くはないわよ… それでいい?」
「はい! みなさんの側にいられる様に、一緒にいられる様に、守れる様になりたいです! だから、お願いします!」
そう言って、ラジルは精一杯頭を下げる。
「ふふっ 素直でいい子ね… ちょっと、甘やかしてしまいそうだわ」
そう言って、セクレタさんは目じりを下げる。
こうして、ラジル、おじい様、おばあ様のここでの身の振り方が決まったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます