第三部 第71話 不肖な娘

「なぁなぁ、トーカはん」


「なに? カオリ」


「マールはんとセクレタはん、帝都から帰ってきてから、ずっと真っ白に燃え尽きた様な感じやけど…なにがあったん? なんか聞いてる?」


「いいえ、私も帝都に戻った時は、実家に行っていたから、何も知らないのよ。カオリこそ、マール達についていったのじゃないの?」


「うちは、商談の話、全然分からんから、他の人らと観光しとってん」


「では、私達、二人とも事情が分からないのね… 話も出来ない状態だから、全くどういう事か分からないわ… カオリ、なんとかならないの?」


「えっ!? うちが? うーん… そやなぁ… あれ、使うしかないかなぁ~ えっと、どこやったやろ? 上着の外ポケットにもないし… 内ポケットにもないなぁ… えぇっと… あったあった! 財布の中にあったわ!」


「それ、お願い券じゃない? それでどうするの?」


「今、マールはんら、人事不省状態やから、このお願い券であいつらに、マールはんらをあやしてもうたり…」




「ちょっと! 待ってください!」


 ここで、私は意識を取り戻した。もう少し、意識を取り戻すのが遅ければ、今度は私の方が、赤ちゃんプレイなるものを受ける所であった。


「あっ! マールはん、気が付いた!」


「マール、大丈夫なの?」


 二人に声を掛けられるが、まだハッキリしていない意識を取り戻すように、頭を振る。そして、徐々に意識が明確になっていき、私は今、執務室の事務机を前にして座っている事に気が付く。


「少し…取り乱していた様ですね…」


私は、二人にちゃんと意識を取り戻した事を伝える為に答える。


「取り乱しとったというか、マールはんもセクレタはんも、固まっとっただけやけどな」


「えっ? セクレタさんも?」


 私は、カオリにそう言われて辺りを見渡してみると、全く気配を感じなかったが、私の隣の机にセクレタさんが、ピクリとも動かず、まるで彫像のようにいた。


「セクレタさん? 生きてますよね? はく製とか彫像じゃないですよね?」


「おそらく生きてると思うわ。先程まで、貴方もそんな感じだったのよ」


トーカが声を掛けてくる。


「それで、帝都で何があったのか、話してもらえるかしら?」


「やはり、それを聞いてきますか…」


私は少し、トーカから目を反らす。


「まぁ、お茶でものみながら、落ち着いて話そか?」


カオリがそう提案する。



 そうして、私は事務机の所から、お茶を飲むため、ソファーの所まで移動したわけだが、ちらりと後ろを振り返る。セクレタさんは先程のまま、ピクリとも動かず、まるで彫像のように佇んでいる。ほんと、生きてますよね? 私は心配になってくる。


「で、何がどうしたのよ?」


 トーカの言葉で、私はセクレタさんから、前のトーカとカオリに視線を移し、一息飲んでから、溜息をついて答える。


「大暴落を起こしていたんですよ…」


 私はぽつりと答える。うなだれた顔の前には、今日の当番のリーレンの入れてくれたお茶が湯気を立てている。


「大暴落って、何がなのよ?」


「全部です… ありとあらゆるもの全てが暴落していて、買い手がつかないんですよ…」


「穀物も鉄も、乳製品もみなあかんの?」


「えぇ、一般的に取り扱物は全てです…唯一、買い手があったのは炭酸飲料ぐらいですね…」


 こんな先行きの見えない状態では、一杯のお茶も無駄にすることは出来ない。私は、そう思って、リーレンの入れてくれたお茶を手に取る。ティーカップを通してじんわりと温かさが伝わってくる。


「なんで、そないな大暴落おこしてるんや?」


「なんでも、とある貴族が破産したとか、しかけたとかで、家にあるもの全て殆ど吐き出して現金化したそうです…」


 私はカオリの問いに答える。自分自身でそう答えるのであるが、まるで夢現の様で、現実感が湧かない。今の私に感じられる現実感は、手の中にあるティーカップのお茶の温かさだけだ。


「でも、一貴族が破産しかけただけで、帝都全体が大暴落を起こすなんて信じられないわ」


トーカが少し背を反らして言う。


「一貴族じゃないんですよ… なんでも大貴族が… 大貴族が4,5家同時にそうなったらしいので…」


「それ! 本当なの!?」


トーカが身を乗り出して聞いてくる。


「えぇ、商人の話では揃って不祥事を起こしたそうで、その罰金だか賠償で… 帝都に行く前にステープ家によりましたよね? そこの方もいなかったじゃないですか。おそらく、巻き込まれたんでしょうね。帝都の商人や貴族は皆、そんな感じだったそうですよ…」


 私がそう言うと、トーカの顔がどんどん青くなっていく。私は赤だけではなく青くもなるんだと、ぼんやり見ていた。


「私も、実家に帰った時、両親がいなかったのよ… もしかしたら…」


 トーカはキッとした顔つきで立ち上がり、暫しこの部屋にある連絡用魔法陣を見る。その後、思い直した様に頭を振り、扉へと駆け出す。


「ちょっと、連絡してくる!」


 おそらく、ここでは話をし難いので、客間にある連絡用魔法陣を使うのであろう。私とカオリは無言で見送った。


「トーカはんも大変そうやなぁ…」


その後、私とカオリの二人は前に向き直り、ただ、ティーカップを眺め、沈黙を守る。


「色々と大変みたいやけど… ここは農業もやっとるから食べるものには困らへんよなぁ?」


カオリが沈黙を破り、呟くように尋ねてくる。


「食べ物には困りませんが、食べる場所には困る事になるかもしれません…」


「そこまで、大変な状況なん!?」


カオリが身を乗り出す。


「すぐという事はありませんが、このまま経済が冷え込んだ状態が続けばです… 転移魔法陣で結構、お金を使いましたからね… 鉄材をあてにしてつぎ込んだのが悪かったのでしょうか… 外の支払いを先に済ませて、中の人間には…現物支給で許してもらえるでしょうかね…」


その時、扉の方からかちゃりと音がする。


「トーカはん? トーカはん、大丈夫やっ… あぁ~ これ、あかんやつや…」


 カオリが振り返り、そう言いかけた途中で、ふらりふらりと入ってくるトーカの姿が見えた。トーカは白い顔をして、無言のままでゆらりゆらりと歩き、ぺたりとソファーに座る。そこにカオリがトーカの目の前に手を振るが、トーカの反応は全く見られない。


「これはもしかしてじゃなくて、もしかせんでもの方やったみたいやね…」


「私もこんな感じだったんですね…」


トーカももはや、セクレタさんと同様に彫像のようになっている。


「せや、こんな感じや… で、これからどないする?」


「ほんと、どうしましょう…」


私は顔を手で覆う。


「安くても売ってお金つくらなあかんのとちゃうの?」


「赤字まで出して売るわけにはいけませんし、そもそも、一番あてにしていた鉄材が買取拒否されて… 唯一、売れたのは炭酸飲料ぐらいですよ…」


「それや! それでいこ!」


身を乗り出すカオリを、私は指の間からチラリと見る。


「そもそも、炭酸水は、ただの水にあいつらが魔法込めただけで作っとる。お酒飲む人やったら、その炭酸水だけでも売れるで!」


「私、お酒は殆ど飲まないので分かりませんが、本当ですか?」


私は顔を覆う手を徐々に下げていく。


「ほんまや! だから、これからは、タダの水を使って水商売で頑張っていこ!マールはん!」


「えっ!? ちょっと、水商売って言い方は…」


「ええやんええやん! 水商売はもうかるでぇ~!!」


天国のお母様、私、水商売を始める事になりそうです… 

どうぞ、不肖な娘をお許し下さい…

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