第二部最終回 第70話 再び帝都に向けて

「カオリさん、荷物の積み込み状況はどうなっていますか?」


私は、荷馬車に商品の積み込み作業の指揮を執るカオリに尋ねる。


「荷馬車には、普通の馬車の様なクッションないから、痛みそうなのには緩衝材敷いてるところや」


カオリはにこやかに答える。


 今は、舘の前で、これから帝都に商談に向かう為に、取り扱う商品を荷馬車に積み込み作業を行っている最中である。


 結局、第一陣で取り扱う品物として選ばれたのは、当家の期待の稼ぎ頭である鉄材、新規需要が見込まれる炭酸飲料、無難な穀物、もしかしたら需要がかなりあるかもしれない石灰岩の建材、領地内の需要分しか作っていなくてチーズやバター等の乳製品、転生者達が鍛冶の技術訓練で作った鉄製道具の数々、これから大量生産されるであろう味噌と醤油である。


 トーカが提案してくれた帝都で需要がありそうな品々は、転生者達なら作成可能であるが、領民ではまだまだ不可能であるので、今回は見送られることとなった。転生者が作成した分だけ試供すればとの声もあったが、転生者とこれから主に作成していく領民とでは、品質差が激しすぎるので、後々問題になると言う事で却下された。


「領民の方の品物が間に合わなかったのは残念ね」


提案をしたトーカが残念そうに言う。


「でも、これから定期的に飲料やバターを販売するなら、その容器も必要になりますし、木箱や樽、袋の作成を領民の方々にお願いしていくのも良いかもしれませんね」


 腕に自信のある領民には、新商品の作成に取り組んでもらっているが、それ以外の方には搬送容器の作成に取り組んでもらっている。このまま物量が増えていけば、新たに工房を作るのも悪くはないであろう。


「あとは鉄製道具ですが…売れますかね?」


 私は試作で作られた刃物類の中から、包丁を手に取り鞘を抜く。そこには『マール100』と書かれた刻印が打ってある。私自身は料理もしないし、剣術等の訓練もした事が無いので、その刃物の良し悪しは全く分からない。しかし、どういう訳か転生者達は刃物を作りたがる。


「知名度が全くない状態からの販売になるから、有象無象と同じ安い単価からの販売になるかもね… 受けが良くて、知名度が上がってくれば高くなるとは思うのだけど」


私の後ろにいたセクレタさんが説明してくれる。


「まぁ、気長にみるしかないですね」


私はそう言って、鞘に包丁を戻し、箱に収める。


「マールはん。お土産の品も積み込んだで」


「ありがとうございます、カオリさん」


「せやけど、こんなにお土産用意せんでもええんとちゃうの? 場所はちゃんとお金払って買い取ってるんやし」


カオリは積み込まれた贈答品の数々を見て、そう口にする。カオリの言うようにこの品々は場所を譲ってもらったステープ家に対する贈答品である。


「まぁ、魔法陣の試験の時に連絡用魔法陣をお借りしたお礼ですが、商品の宣伝もして頂ければという下心もありますね」


「それに貴族間の事だから、気を使っておく必要があるのよ。揚げ足をとられたりするから」


トーカが私が言いにくかった事を補足してくれる。


「それより、トーカさん。本当にその恰好でいいんですか?」


朝に出会った時にも尋ねたが、私はもう一度トーカに尋ねる。


「えぇ、これでいいのよ。審問官の服装をしていたら、相手を威圧させてしまうでしょ?」


 そう言って答えるトーカの姿は、以前、転生者が提出したセーラー服姿である。ご丁寧に黒の二―ソックスにヘアバンド、眼鏡まで付けている。


「確かにそうですが…でも、なんで眼鏡まで付けているんですか?」


「私、本当に目が悪いのよ。だから、いつも目をしかめていて睨んでいるように思われていたのよ…」


「えっ!? そうだったんですか?」


確かに眼鏡を掛けたトーカの顔つきは和らいでいるように見える。


「マールちゃん、そろそろ準備が整ったから、馬車に乗り込みましょう」


 セクレタさんにそう言われて、私達は馬車の所へ向かう。その馬車の御者の所には、御者の隣にトーヤの姿もある。私の家の馬車は四人乗りなので、私、セクレタさん、トーカにカオリで満員である。


「トーヤさん、すみません。そんな場所に座らせて…」


「もう一回いうけど、うちがそこでええんやで」


「ははは、女性を差しおいて、中に座るわけにはいかないよ」


 トーヤは、身分的にも立場的にもそんな場所に座るべき人間ではないが、不満な様子は一切なく、笑顔で答える。私はそのトーヤに申し訳ないと思いながら、馬車へ乗り込んでいく。その後にセクレタさん、トーカ、カオリが乗り込む。


そして、馬車は徐々に動き始め、豆腐寮の下を通り抜け魔法陣の上へと進む。


「ここも野ざらしではなく、ちゃんと建物を建てないと駄目ですね」


「そうね、今の時期は良いけど、雨風が厳しい時期や、冬場の降雪の事も考えないと駄目ね」


「やっぱり、ここ雪ふるん? いっぱい積もるの?」


セクレタさんが冬場の事を言うと、カオリが積雪について尋ねてくる。


「えぇ、身動き出来なくなるほどには」


「それまでに建屋を作りましょうね」


「そうですね、連絡用魔法陣が離れているのも不便ですし、その辺りも考えて建てましょう」


 セクレタさんとそうこう話しているうちに、馬車は魔法陣の中央で停まり、魔力供給源担当の転生者達が配置につく。


 私はごくりと唾を飲み、拳を握り締める。真正面のカオリは楽しそうにしているが、その隣のトーカは私と同じように、緊張しているようである。


「それでは始めますよ」


外の転生者が転移開始の合図の声を上げる。


「なぁなぁ、やっぱし、バビューンって感じに行くの?」


カオリがそう言った瞬間、辺りが暗くなる。


「着いたようね、で、そのバビューンってのは何かしら?」


 ただ単に暗くなっただけかと思えば、セクレタさんの言うように、既に転移は終わっており、私達の馬車は建物中にあった。


「えっ!? もう、着いたんですか?」


私は驚きの声を上げる。


「えぇ、そうよ。御者の方、後が詰まっているから移動してもらえるかしら?」


 御者も初めての事で、驚いている様で、狼狽えた返事をした後、静かに馬車を前進させる。それに伴って、前もって転移していた転生者が建物の扉を開け放つ。そこから漏れる外の日の光に馬車の中にいても、目が眩みそうになる。


そして、その目の眩みが治まって、辺りを見渡すと見覚えのない景色が広がっていた。


「本当に転移したんですね!」


窓を開けると、辺りの空気は私の領地と違って温かく、見た目も建物が多い。


「トーカはんも、もう着いたみたいやから、目瞑ってへんで、あたり見てみ」


「ほ、ほんとう?」


カオリに促されたトーカは薄っすらと瞳を開けていく。


「本当に景色が違うわ…信じられない…」


トーカもすっかり驚いている。


「では、さっさとステープ子爵に挨拶して、商談に行きましょう」


「セクレタさん、ステープ子爵の所までは、どれぐらいですか?」


「すぐそこよ、隣の屋敷よ」


セクレタさんは私の問いかけに、すぐ隣の舘を指し示す。


「えぇ!? ほんと、すぐ隣じゃないですか?」


「えぇ、本来の予定地は違う場所だったのだけど、ステープ家で舘の改築工事を行っていたから、そのお手伝いをしたのよ。そうしたら、この場所と取り壊した建材を頂いて、ここを建てたのよ」


なるほど、それで、資材調達が短縮されて、工期が短くなったのか。納得である。


 そうして話しているうちに、後ろの荷馬車も転移されてきたので、私達はステープ家の門へと向かう。


 さすが都会のステープ家は、私の所の様な、仕事を引退した老人ではなく、ちゃんとした壮年の門番が警備をしており、御者ときちんとした受け答えを行っている。


そして、私達は舘の玄関に辿り着き、舘の執事長に案内されて応接間に通された。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あら、ステープ子爵もその奥様もお留守なの?」


舘の執事長から説明されて、セクレタさんが答える。


「ご無礼のほど、大変申し訳ございません。当家の主とその奥方は、急な知らせがございまして、早朝より帝都に出たまま、戻ってきて降りません…」


執事長は深々と頭を下げている。


「それなら、仕方ないわね… ご挨拶に来た事と、贈呈品をお持ちしたことを子爵にお伝え願えるかしら?」


そういう訳で、私達のステープ家の滞在はあっという間に終わってしまった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「なんや、あっという間やったなぁ~」


「主が不在で、いつ帰ってくるか分からないのに、長々といても仕方ありませんからね」


カオリの言葉にそう答える。


 私達はステープ家を出て、帝都に向かう馬車の中にいた。ステープ子爵にお会いできなったのは残念ではあるが、その分、商談に使える時間が増えたと思えばよいだろう。


 そうこうしているうちに、帝都の入口である、ユーラ川大橋の検問所が見えてくる。前に来た時は一か月程前であろうか、またこんなに早く訪れるとは、あの時は思ってもみなかった。


「すみませんが通行手形をお願いします」


 衛兵が御者に声を掛ける。御者が手形を見せている間に別の衛兵が馬車の中を覗き込んできて、私達を確認する。これも一か月前と同じである。


「帝都への目的をお聞かせいただけますか?」


窓越しに衛兵が問いかけてくる。


「商談です」


私は胸を張って自慢げに答える。


「分かりました。それではお進みください。良い結果になる事をお祈りしております」


私達は、衛兵の励ましの言葉と共に見送られ、長い橋を渡っていく。


「ねぇ、マール」


トーカがふいに私に声を掛けてくる。


「なんですか?トーカさん」


「衛兵に自慢げに話していたけど、どうして?」


トーカはたまに鋭い所がある。よく私の態度を観察していたものだ。


「えぇっとですね…それは、自分自身の意志と皆さんの力で、ここに来れたからです」


私の言葉にトーカは少し首を傾げる。


「どういうこと? 帝都に来るのに意味があるとか?」


「そうですね、学生の様な庇護される立場ではなく、爵位継承のような成り行きでもなく、その他、観光やただ遊びに来たという訳ではなく、領主として…明確な意志と立場を持って、ここに再び来られた事が嬉しくて、誇らしく思えたんですよ」


 私の言葉に、トーカははっと何を思いつき、又、何を思い込み始め、顔を伏せる。そして、暫く考え込んだ後、懐をまさぐり始め、紙切れ取り出し、そのまま、私に差し出す。


「はい!これ! お願い券!」


「えっ!? なんで急にお願い券を出すんですか?」


私はトーカの唐突な行動に、目を丸くする。


「私、お願いがあるのよ」


「お願いとは?」


私は固唾を飲んで、真剣な顔つきのトーカの言葉を待つ。


「舘に私の部屋が欲しいの」


「今の応接間ではなくてですか?」


そこにセクレタさんが言葉を挟む。


「貴方、自分の言っている事を分かっているの? それで、本当にいいの?」


 私はセクレタさんの言葉で、トーカの真意が漸く分かった。そして、カオリもその意味が分かったようだった。


「マールはん! うちも!」


「カオリさん。カオリさんは結構ですよ。カオリさんは既に当家の一員ですから。そして、トーカさん。この件は領地に戻ってから、改めてお話させて頂きます。別に悪い意味ではないですよ。こんな馬車の中ではなくて、ちゃんとした場所で受け取りたいからです」


 私の言葉に、真剣だったトーカの顔つきが解れていき、そして、少し晴れやかな笑顔になる。


「ほら、帝都ナンタンの大門が見えてきましたよ! あそこを超えれば帝都ナンタンです!」


私達は期待と希望を胸に抱きながら、帝都に向けて進んでいった。



※とりあえず、第二部終了です。

プロット等を作ったら、また戻ってきます。

それまで、しばしお休みです。

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