第72話 そんなに上手くはいきませんよね

「無理」


製錬単の転生者は、即座ににべも無く言葉を返す。


「え~!? どうしてですか!? なんでですか!? お願いしますよ!!」


二つ返事で快諾してくれると思っていた私は、縋りつくように懇願する。


「いやぁ~ そんなに頼まれても…」


転生者は困り顔をして、頭をかく。


「リーレン!」


「はい!」


「貴方もお願いして!」


「はい! 私からもお願いします!」


私は直ぐ側にいたリーレンにも声を掛けて、二人で頭を下げてお願いする。


「えぇ~ 二人がかりでお願いされても、今の現状ではそんなに増産できないんだよ」


私は転生者の言葉に頭を上げる。


「現状を改善すれば出来るんですね!!!」


私か食ってかかる様に転生者に詰め寄る。


「いや、それはそうなんだけど…炭素ガスで加圧するから金属製タンクが必要なんだよ。鉄材とかは売り物だから駄目でしょ?」


転生者は苦笑いしながら答える。


「大丈夫です! 有り余っていますから!!」


「えぇ!? 売らないの? でも、作る場所もいるし、建物もいるよ?」


転生者は引き気味に答える。


「見て下さい! この緑と空しかない私の領地を!! 場所なんて見渡す限り余ってますよ! 建物を作る建材も山のように売れ残ってますよ!!!」


私の押しの言葉に、転生者は何か気付く。


「あぁ…なるほど、鉄材も建材も売れてなくてピンチなのか… 分かった… 作っていくよ。だから、鍛冶場の担当者を呼んできてくれるか?」


 転生者は根負けしたのか、事情を理解したのか、その両方かは分からないが、ようやく、炭酸水増産の体制の構築を了承してくれた。


「リーレン!」


私は後ろのリーレンに声を掛ける。


「はい! マール様! 鍛冶場ですね!?」


「お願い!」


リーレンはぴくぴくと耳を動かした後、銀色の髪をなびかせ、鍛冶場に駆けて行った。



 程なくして、リーレンが鍛冶場の担当者を連れてくる。私と製錬部の担当者は、製錬場の外の休憩所に座って待っていた。


「マールたん。急にどうしたの?」


 鍛冶場の担当者が、手拭いで汗を拭いながらやってくる。鍛冶場の担当者は私の前に座り、苦笑いする製錬部の担当者を見て、目を丸くする。


「なにかあったの?」


「まず、そこに座ってからお話ししましょう」


 私は鍛冶場担当者を製錬部担当の隣に案内する。少し奇妙な雰囲気を察した鍛冶場担当者は、おずおずと製錬部担当者の隣に座り口を開く。


「で、あらたまってどうしたの?」


「炭酸飲料部を設立します!」


私の言葉に、鍛冶場担当者はあっけにとられる。


「えっ!? どういう事? 炭酸飲料部を作るのになんで俺が呼ばれる…って、あれか? 設備を作れって事か?」


「そうです! 話が早いですね」


私は鼻息荒く答える。


「なるほど…で、炭酸飲料部を作るのに、なんで製錬部で、製錬部のお前だけがここにいんの?」


「いや… 元々、炭酸飲料は俺達が休憩時にお茶替わりとして、作っていたんだよ」


製錬部の担当者は頭を掻きながら答える。


「この前の祝賀会の時の炭酸飲料、お前らが作ってたのか? よく作ったな~ どうやって作ってんの?」


「最初は壺とか水瓶で作っていたんだが、炭素ガスを加圧すると割れるんで、今は木製の樽を使っている。でも、それでも蓋からガスが抜けていくから、時間がかかるんだよ」


「なるほど、それで俺に密閉できる金属製のタンクを作れって事か… でもさ、炭酸っていうぐらいだから酸だろ? 鉄じゃサビるんじゃね?」


なんだか、だんだん専門的な話になって来た。


「だよなぁ… やっぱ、サビるよなぁ~」


「だとすると…ステンレスか… ステンレスとかは作れんの?」


「ステンレスを作る微小材料が手に入るかも分からんし、それが確かにその物質かどうかも判断できん。そもそも、今の設備で特殊合金作るのは、流石に無理だよ。…でも、ちょっと待てよ… 黒皮なら出来るかな?」


「あぁ、黒皮か…それならいけるかも…試しにやってみっか」


 技術者同士で会話が盛り上がっていたが、一応ケリが付いた様で、こちらに裁断を求めるように、二人が私に顔を向ける。


「私には、技術的な事は分かりかねますので、二人で相談して最善と思われる物を作ってください。他に必要な人手がいる場合には、遠慮なく申し出てください。試作が出来たら改めて、規模や設備について相談しましょう」


 私がそう答えると、二人の顔は笑顔になり、がっちりと握手をする。最初は嫌がっていたようにも見えたが、やると決まれば、職人魂というものに火が付くのであろう。もはや、やる気満々である。


「そうと決まれば、先ずは圧延機を作らないとな」


「そうだな… 金床でやるには限界があるからな…」


「あの~ もしかして、まず道具作りから始めるんですか?」


二人の会話内容に、私は尋ねる。


「もちろん、そうだけど」


二人はきっぱりと答える。


という訳で、設備の完成には時間が掛かりそうである。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「はぁ~…」


 私は執務室の事務机の上で溜息をつく。確かに転生者達と雖も、道具も無しでなんでもかんでも、出来るはずがない。当たり前のことだ。


 私はそんな事も気づかずに、いつまでに幾つ出来るか、直ぐに答えが貰えるものと考えていた。だから、この後に、損益分岐点の計算をする予定であったが、その時間が丸々空いてしまった。そこに隣から声がする。


「マールちゃん、今日も温かいわね…空もいい天気よ」


隣の席のセクレタさんが、窓の外を眺めながら話す。


「そうですね、セクレタさん。外はいい天気ですよ」


私はセクレタさんに合わせて答える。


「ところで、マールちゃん。お昼ご飯はまだかしら?」


 セクレタさんは窓の外を眺めながら言う。私はゆっくり立ち上がり、セクレタさんの傍にいって肩を抱く。


「セクレタさん…お昼ご飯はさっき食べたでしょ?…」


「なんか… セクレタはん、介護老人みたいになってしもとるな…」


ソファーに座るカオリが、私とセクレタさんの様子を見て、そう口にする。


「えぇ…意識を取り戻したのはいいんですが… ずっとこの調子で…」


セクレタさんはずっと窓の外を眺めたままだ。


「しかし、なんで元に戻らんのやろ? 言っちゃ悪いけど、大暴落して大変やって言うても、マールはんの家が大変なだけやろ? セクレタはんの懐とは関係ないやん」


カオリが納得できない顔をして、首を傾げる。


私はセクレタさんの肩から手を放し、ゆっくりとカオリのいるソファーへ歩いていく。


「セクレタさんは今は私の所にいますが、普段は自由に各地を渡り歩いて暮らしているんです。どのようにして自由に生活しているかご存じですか?」


「んー それは不労所得があるってことやな…って!もしかして、セクレタはんも大暴落に巻き込まれたん!?」


カオリは思い至って声をあげる。


「えぇ、恐らくは… セクレタさんはこう見えても私の家より、資産家だったんですよ…」


「あぁ、もう過去形なんやね…」


 そう言って、カオリは先程の理解できない顔つきから、憐れむような顔つきで、セクレタさんの姿を見る。


「私もうかうかしていられませんよ… 先程、炭酸飲料増産の話をする為、製錬部にいっていたんですが… いつ設備が出来る事やら…」


そう言って、私は溜息をつきながら、カオリの前のソファーに腰を下ろす。


「そうか… まだ、増産の見通しがつかへんのやな? ん~ マールはん、うち、思うんやけど…」


カオリは頭を捻りながら口にする。


「なんですか? カオリさん」


「炭酸飲料だけやのうて、他の手立ても考えんとあかんのとちゃうか?」


確かにカオリの言う通りだが、他の手立てがあるだろうか?


「確かにそうですが…」


私はうなだれる。


「それでな、もしかしたら、いいアイデアがあるかもしれんのやけど…」


私はカオリの言葉に顔を上げた。


「転生者のおっちゃんがおもろい事言うとってん」

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