第60話 結婚するって本当ですか?

 私は今、食堂で夕食を採っていた。一緒に仕事をしていたトーカは夕礼を行うと言うので、別れていて、私は今一人である。


 普段であれば、食事に気が進まない事があっても、皆と一緒ならある程度進むのだが、一人きりだと、あまり進まない。私はテーブルに肩肘を付きながらフォークでソーセージを弄んでいた。


そんな、私にふいに声が掛かる。


「あっ、マールはん! 今日は一人?」


カオリが元気よくトレーを持ってやってくる。


「カオリさん、お疲れ様です」


私は、食事を弄ぶのを止めて、身体を起こし、カオリに向き直る。


「となり失礼するで、よっこいしょっと」


「カオリさんは今日はどちらにいらしたんですか?」


私は気持ちを切り替える為、カオリに話しかける。


「うち、今日は新しく開拓した畑行っててん。豆の作付け楽しかったわぁ~ あっ、そう言えば豆を植えるのって、やっぱりうちらのせいなん? 豆欲しいって言ってたから…」


「いえいえ、違いますよ。今の時期は小麦はもう駄目ですから、基本は豆なんですよ。だから、そんなに気になさらなくても大丈夫ですよ」


 確かに転生者達は米や豆を大量に欲しがってはいたが、別に彼らの為だけではない。穀物類や長期保存のできる作物を増やすのが基本である。


「しかし、皆さん、そんなに豆がお好きなんですか?」


「それは、味噌やろ醤油やろ、納豆に豆腐とかもできるしな」


カオリは指折り数えてそう述べる。


「そう言えば、寮の名前にもなっている豆腐と言うものは、まだ、実物を見ていませんね」


「そうなん?じゃあ、こんどうちが作ったげるわ! 今から腕がなるでぇ~!」


カオリの姿は本当に楽しそうである。私も豆腐と言うものを早く食べたくなってきた。


 私とカオリが豆腐の話をしていると、夕礼を終えたトーカが転生者達を引きつれて食堂へ入って来た。


「トーカはん! 先に頂いてるで!」


カオリがトーカに手を振ると、トーカは食事をトレーに載せて、私達の所にやってくる。


「トーカさん、お先に頂いております。夕礼の方はどうでしたか?」


私が声を掛けると、トーカは私の左隣に座る。


「今日の作業については特に何もなかった様ね」


トーヤの方はどうしたのだろうと、場内を見ると転生者達に混じっているようだ。


「あと、魔法陣を開発した人員から、また研究を始めたいってお願いされたわ」


トーカはパンを二つに割り、中にサラダやソーセージを挟んでいく。


「研究って何を研究したいのでしょうか?」


私もトーカのマネをして、パンを二つに割る。


「なんでも、けいたい?っていうのを作りたいみたいね」


「なんやて!携帯!」


トーカの言葉にカオリが驚きの声を上げる。


「カオリさん、急になんですか? そんなに携帯って凄いのですか?」


私はカオリに向き直る。


「前にあったやろ、なんやったっけなぁ~ そや、現代知識チートの時に、薄い板の…タブレットって奴あったやろ?」


「あぁ! あの絵や、音楽が流れたりする物ですか! あれを作れるのですか!?」


前回は作り方が全く分からないということで、流れてしまったが作れるのなら本当に凄い。


「いや…多分、そこまではでけへんと思うけど… あれの本来の用途はそれとちゃうねん。本来の使い方は離れた人と会話が出来る事やねん」


「離れた人と会話が出来る? 連絡魔法に使う魔法陣の様なものでしょうか?」


「マールはんが時々つかってる、あの執務室にある、こたつみたいな奴の事? 多分、そんな感じやで」


 カオリの言う、こたつという物は何か分からないが、連絡魔法の魔法陣が持ち運べるようになるなら、凄い便利だと思う。事前に作れていたら、現在、帝都に行っているセクレタさんに渡していた事であろう。


 まぁ、セクレタさんの事は間に合わなかったが、持ち運べる連絡魔法があれば、今後色々と有益である。却下する理屈はどこにもない。


「トーカさん、私からも言いますが、研究を始めるように伝えて置いてくれますか? 申請書や報告書も出してもらえるとありがたいと」


 私はトーカさんに向き直り、そう告げる。トーカは先程のパンをかじっており、飲み下してから答える。


「分かったわ、申請書に報告書ね。それより、貴方、どうするのよ?」


トーカがナプキンで口を拭う。


「何をですか?」


研究の許可に、他になにかあっただろうか?私は首を傾げる。


「何をって、貴方の結婚の話よ」


「えぇぇぇ!!! マールはん!! 結婚するんかぁ!!!」


トーカの言葉に、すぐさまカオリが私に突っかかって来る。


「マールはん!!! いつするんや!! 誰とするんや!! なんでするんやぁ!!!」


 なんで、カオリがここまで突っかかって来るか分からないが、私はカオリから後ろに身動ぎながら、カオリを押さえる。


「ちょ、ちょっと待ってください!! カオリさん! ま、まだ、話が来ているだけですからぁぁ!!」


 私はそう答えながら、なんでここでその話をするんのかと思い、顔をトーカに向け、恨めしそうに睨む。当の本人であるトーカはなんで睨まれるの?という感じに首を傾げる。その仕草が、あぁ、この人は場の空気を読むのが苦手な人であったと思い起こさせる。


「マールはん! どういう事か説明して! してくれへんかったら、うち、放さへんでぇ!!」


私はいつの間にかカオリに肩を掴まれ、揺さぶられる。


「あ、後で、後でゆっくり執務室で話しますから! 話しますからぁ!」


「いや!あかん! ここでや! ここで白状するんや!! 今すぐ白状するんや!!」


カオリの揺さぶりは激しさを増す。


「というか、なんでそこまで、ここで今すぐしないと駄目なんですか!?」


私は段々、目が回ってくる。


「マールはん…そう思うんやったら、会場の方、見てみい…」


カオリはそう言って、視線を会場側に向ける。私も恐る恐る、会場に目を向ける。


「ひぃ!!」


 そこには、拳を血が滲むほど握り締め、顔は親の仇でも見た様に、強く歯を食いしばり、頭からは湯気が出そうな程、怒気を含んだ鬼の様な形相の転生者達全員が立ち上がっていた。


 鬼の様な形相というか、鬼そのものであり、私もその怒気にあてられて、冷汗と脂汗がにじみ出る。いつもは転生者達に懐いているリーレンやフェンも身を寄せ合って怯えている。


「なぁ… マールはん… ちゃんと説明せいへんかったら、こいつら何仕出かすか分からへんでぇ…」


いつの間にか、私を羽交い締めにしたカオリが耳元で脅迫をしてくる。


 転生者達に対する恐怖と、カオリの揺さぶりによって目を回していて、久しぶりにカオリに羽交い締めされた私は、混乱しながらも必死に、この状況を打破しようと考える。


「え、えっと… 私の父方の親戚にあたるツール伯から、お見合いの話があっただけなんですよぉぉ!!!」


私はカオリに羽交い締めされながら、転生者達に向けてそう叫ぶ。


「なんや…そういう事やったんか…」


カオリの羽交い締めの力が少し、弱まる。転生者達の顔つきも少し穏やかになる。


「でも、ツール伯は気難しくて頑固で、押しが強いから、見合いイコール婚約イコール結婚って言っていなかった?」


和み始めた空気の中、トーカが言わなくてよい情報をぽつりと呟く。


 その途端、カオリの羽交い締めの力は更に強まり、転生者達の顔つきも更に恐ろしさを増し、部屋の空気は更に重々しくなった。


「なぁ…マールはん…うちらを謀ろうとしたん?…」


カオリがどすの効いた声で耳元でささやく。


 なんで?なんでだろう? 私、領主なのに、私、この家の主なのに、誰も助けてくれず、友人だと思っていたカオリに羽交い締めされて脅されている…


「ち、違うんです!! 違うんですってばぁ!!」


私は必死に叫ぶ。


「えっ? 先程、話したばかりだから違わないと思うけど…」


またしても、トーカがそう呟く。私は頭にきて、トーカをキッと睨む。


「な、なんで、私、睨まれているの?」


ほんと、この人は空気を読めない人だ…腹が立ってくる。


「私も領主ですから! 跡継ぎですから! ツール伯が、学院を辞めて、領主になったんなら、早く結婚して、跡継ぎを作れって言って来たんですよぉ!!!」


ポンコツのトーカと、誰も助けに来ない状況に、私は開き直るようにそう叫んだ。


そこにパンパンと手を叩く音が、場内に鳴り響く。


「みんな、静粛に!」


手を叩く音と、声はトーヤのものであった。場内の皆がトーヤに注視する。


「マール嬢が領主であり、結婚して跡継ぎを作らなければならない事情も、押しの強いツール伯がいるという事もわかった」


皆、押し黙って、トーヤの言葉を聞いている。


「だから、一度ここは引き下がって、後で対策会議を開催しよう! 風呂に入った後、ここに集合だ!」


トーヤがそう言うと、皆はうんうんと頷き、ぞろぞろとここを去っていった。


私はただ一人、この場に残されていた。


なんで、この家の主である私がこの扱いで、皆、トーヤの言う事を聞いているのだろう…


私は理不尽さを覚えながら佇んでいた。





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