第59話 これって、おめでたいのでしょうか?

 その知らせが私のもとに届いたのは、私が執務室で書類仕事をしている時であった。


「トーカさん、私の仕事を手伝ってもらって、ありがとうございます。でも、本当に良かったのですか? あの人達の指導もあるんでしょ?」


私は隣の机で、書類をまとめているトーカに尋ねる。


「いいのよ、今日はあの人達の事は兄のトーヤに任せているから」


 兄のトーヤに任せていると言っているが、転生者達との朝礼は済ませてきたのであろう、トーカはいつものセーラー服姿である。


「前からも少しそうでしたけど、最近、トーヤさん、あの人達と絡むこと多いですよね」


 ここへ来た時のトーヤはトーカの後ろにべっとり張り付いていたが、最近では何かと転生者達と一緒にいる様子を見かける。


「そうなのよ…最初は少し絡む程度だったのだけど、最近ではかなり馴染んでしまって…お兄様があの人達に感化されないか心配だわ…」


 すでに十分感化されているトーカが言うのはどうかとは思うが、確かに見た目が異なるだけで、殆ど一緒に転生者達と行動を共にしているトーヤを見ていると、また真人間が減っていくのかと思うと、トーカとは少し異なるがトーヤが心配にはなってくる。


 現に最初はトーヤにメロメロであったカオリが少しづつトーカに幻滅し始めているというか、男性全体はみな同じと幻滅し始めている。私自身は、転生者達が来た当初は、転生者達はそういうものとして捉えていたので、転生者に対して幻滅も何もなかったが、トーヤまで染まっていく所を見ると、男性に対する認識を変えなければならないかもしれない。


 母が生前、『男は大人になっても大きな子供』と言っていたが、転生者達の様子を見ているとなんとなく分かる気がしてきた。直ぐに物事を脱線するし、いつの間にかバカ騒ぎを始めている。でも、私はそれを見て愚かであるとは思わない。逆に楽しんでいる様子を見ると羨ましく思う。


「でも、皆、楽しそうにしているのは、少し羨ましいですよね…」


私は頭で考えていたことをそのまま口にする。


「それは貴方が少し気負い過ぎになっているからじゃない? まぁ、当主の立場にあるのだから、仕方ない事だけど」


トーカは書類や報告書を仕分けしながら応える。


「私って、気負い過ぎなのでしょうか?」


 私はそう言って、トーカの方に向き直る。トーカは仕分けしている書類などの中から、一通の豪勢な封筒を手に取っていた。そして、暫くじっと見つめた後、私にその封筒を差し出す。


「はい、これ貴方によ」


手渡された封筒は、上質で厚手の紙に蝋で封印されている貴族からの手紙であった。


「連絡魔法があるのに、わざわざ手紙だなんて、一体なんでしょう?」


 私は封筒を裏返して、差出人を確認する。当家の上部貴族であるツール伯爵からであった。私は引き出しからペーパーナイフを取り出し、封を切り中身を取り出して、便箋を読み始めた。


 ツール伯爵は父方の親戚筋にあたる方で、言わばツール家が本家、私のアープ家は分家みたい立場である。老齢の気難しい方であるが、当家の上部貴族であるので、下手な対応は出来ない存在である。


 私はそのツール伯の、重々しい字体で、難解な言い回しの文章を読み進める。そして、あらかた読み終えた後、ずどんと圧し掛かるような重責に思わず、大きなため息をつく。


「…分かってはいるけど… 当主だから…跡継ぎだから…当然なんだけど…」


私は机の上に倒れ伏す。


「どうしたのよ、マール」


私の突然の行動にトーカが声を掛ける。


 私は言うべきか言わざるべきか、少し考えたが、直ぐに分かる事なので、伝える事にした。言葉にすれば一言で済むのだが、事態を少しでも送らせたいので、そのままツール伯の便箋をトーカに手渡した。


 トーカは私から手渡された便箋をまじまじと読み進める。途中何度か眉をぴくりと動かし、読み終えて便箋を静かに置く。


「えっと…おめでとう?」


トーカは疑問形で私に言葉を掛ける。


「通常ならそうかもしれませんが…現在の状況が状況ですから…なんとも…」


私は頭をもたげてトーカに応える。


「でも…貴方は当主だし、跡取りだからね… 遅かれ早かれちゃんとしないとね」


「それはそうなんですが、それが今と言うのは… トーカさんだって、私の一つ上なんでしょう? トーカさんはどうなんですか?」


 トーカに話をなすり着けても、どうしようもないのであるが、少しでも手紙の内容から逃れたくて、トーカに話をふる。


「うーん…私はお兄様がいるから…」


「えっ!? お兄様って!?」


私は驚いて声と身体をあげる。トーカは直ぐに顔を真っ赤にして、否定するように手を振る。


「ち、違うから! そういう意味とは違うからぁぁ!!」


「違うって…どう違うんですか?」


私は真っ赤になって慌てるトーカに尋ねる。


「私の場合、お兄様が自主的な審査を行っているらしいのよ」


トーカは少し落ち着きを取り戻し答える。


「自主的な審査っていうのが何か不穏ですね…」


「そうね、その自主的な審査の場に立ち会った事がないからなんとも言えないけど… とりあえず、お兄様に認められた人でないと無理かしら? まぁ、今までは一人もいなかったけど…」


トーカはそう答えたが、その表情はそれが良いとも悪いともとれない表情をしていた。


 そこで私はふと思い当たる。最近、トーヤさんは転生者達と仲が良い。もしかして、これって互いを認め合っているからではないだろうか…? いやいや、まさか…でも、仮に認めて有っているというなら…


「もしかしたら、トーカさんの方が私より先に、沢山いて選ぶのに困る事になりそうですね」


私は冗談交じりにトーカに言葉を投げかける。


「えっ? 何の事?」


 私の言葉にトーカは全く分からないという素振りで首を傾げる。そのトーカの素振りに、トーカが相手にしていないのか、それとも全く気が付いていないのか、私には判断が付かなかった。


「それより、これどうするのよ…」


 トーカの言葉に、私は私自身の現実の事態に引き戻され、再び気が重くなって、机にひれ伏す。


「どうしましょう…」


「どうしましょうって… そんな人事みたいに…」


私の心の奥底では、駄々っ子のようにぐずって先送りにしたい気分であった。


「これ、貴方のお見合いの話でしょ」


トーカが私が逃れたい言葉を言い放った。







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