第58話 セクレタさんのいない日々
「セクレタさん! 皆さん! いってらっしゃーい!!」
私は荷馬車に乗る、セクレタさんと転生者達に大きく手を振る。
「食べもんと生水には気をつけなあかんでぇ~!! あと、お土産も忘れんといてなぁ~」
私の隣のカオリも両手で大きく手を振っている。
「また、綿菓子頼むぜ~!!」
「みなさーん!いってらっしゃいませー!」
「いってくるにゃ!」
メイド達や留守番の転生者達も手を振る。セクレタさんは綿菓子という言葉にピクリと眉が動いていた。
そして、三台の荷馬車が門の外に消えるまで私達は見送っていた。
さて、何故、セクレタさん達を見送っているかというと、少し時間を遡る事になる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「しかし、この金額は…鉄鋼の交易が出来るようになっても、殆ど利益が出ませんよね…」
私はセクレタさんから手渡された報告書に目を通しながら呟く。
「そうね、うちの交易品だけの利益では賄えないわね、もっと他の商人が利用してくれないと無理だわ」
「もっと手軽に物流が出来るようになれば、経済も栄えると思うんですけどね…だから、なんでこんなに登録料を高く設定するか分からないですよ…」
報告書に記された金額は帝都のみならず、帝都から接続されている街の登録料も記載されているが、軒並み帝都と同様の金額が記されていた。
「その件に関してはなんとなく理由は分かるんだけど…」
セクレタさんが書類をまとめながら答える。
「…理由ってなんですか?」
私は書類からセクレタさんに視線を移し尋ねる。
「安い金額に設定すると物流が帝都に集中して、他の周辺都市が置いてけぼりになるからだと思うのだけど」
「なるほど…帝都直通にすれば、それ以外の都市が衰退するから、周辺都市にお金を落としながら来いという訳ですね… 確かに理にかなってますね…」
私も領主という立場なので、帝都側の意図はよく理解できる。しかしながら、その領主としては下っ端の方なので、納得は出来ない所もあった。
金額的に帝都周辺が難しいとすると…近くの大きな街はセクレタさんの行きつけの書店があるガビアになるだろうか。でも、ガビアは鉱山経営者サルモンさんと販路がぶつかるので出来るだけ避けたい。かと言って、別の街には伝手は無い…
「折角、転生者の皆さんが頑張ってくださったのに… なんとかならない物ですかね…」
私は実験が成功した時の転生者達のあの笑顔を思い出した。なんとかしてあの笑顔を無駄にはしたくない… 私は転生者の頑張りに、応える事が出来ない自分を情けなく思い、机の上にへたり込む。
「だから、ちょっとした抜け道を考えたんだけど」
「なんですか!」
私はむくりと顔だけ上げて、セクレタさんの見る。
「帝都の近くの場所に、土地なり、建物なりを購入して、そこに設置するのはどうかしら?」
そう言ってセクレタさんは別の報告書を私に手渡す。そこには帝都周辺の建物や土地の価格が記されていた。
「うわっ! 結構、高いですね。ここの十倍近くあるじゃないですか!」
「まぁ、帝都近辺だから…」
「それに帝都まで、どれも馬車で2時間以上ありますね。もっと近い場所やいっそのこと帝都内の場所はないんですか?」
私は報告書を持ちながら、机の上から身を起こす。
「一応、帝国法で、帝都内や帝都から2時間以内の場所には登録が必要なのよ。もちろん、同等の金額が掛かるわ」
「あー確かにそうしないと転移魔法の登録料を高くした意味もないですし、国防上、必要ですよね」
私はそう言いながら、報告書の価格一覧に目を通していく。同じ2時間圏外ぎりぎりの場所でも、大きな街道沿いとそれ以外の場所では、地価が大きく異なる。また、似たような場所でも、安かったり高かったり価格が大きく上下している。現地で確認しないと分からない何かの理由があるのだろう。
「これ、現地で確認をしないと何とも言えませんよね…」
「そうね…でも、マールちゃんは帝都周辺の土地勘はあるの?」
「いいえ、帝都内の学院周辺だけですね」
学院にいたころは学業に集中していたが、こんな事ならもっと出歩けば良かったと思う。しかし、当時の私がそんな視点を持っていたかと言うと、おそらく持っていなかったであろう。
では、帝都まで行って、じっくり見てきたら良いかというと、そうもいかない。新しい開墾地やら、製錬、鍛冶、採掘など、新しい事業を開始したばかりであるので、そんな重要な時期に領地を長期間離れるわけにはいかない。
では、落ち着くまで待つという手段はどうだろう? いつまでかかるか分からないので、それまで、生産した物を保管する倉庫を作らないといけなくなる。それもありかな?
でも、魔法陣の研究に費やした費用も、はやく交易をして回収しなければならない。実験用に作った、二つの魔法陣のうち、一つは売り払って資金を回収するつもりであったが、現状では売り払う事もできず、更に設置場所を購入しなければならない。
そんな風に考えていたところ、セクレタさんが声を掛けてきた。
「マールちゃん、お悩みの様ね。なんなら、私が見て来ましょうか?」
「いいんですか? いつもセクレタさんに頼りっぱなしで…」
セクレタさんにはありがたく思う反面、いつも頼り切りで申し訳なく思う。
「いいのよ。私もガビアの書店に行きにくくなったから、帝都の書店に行けるようにしたいのよ」
配慮であるか、本心なのかは分からないが、こう言ってもらえるとありがたい。
「では、セクレタさん。お願い致します」
そうして、翌日、セクレタさんは早朝に帝都に出発し、私はその間、帝都に設置する分の魔法陣を解体し、荷造りする指示を転生者に出した。
しかし、魔法陣の土台を解体するにあたり、その重量が馬車10台分以上になる事が判明した為、土台部分の解体は中止し、現地で資材を購入する事となり、その代わり、ある程度の建材と加工道具を運ぶ事となった。
そして、三日後の夕方、セクレタさんが上機嫌になって帰って来た。
「セクレタさん、お帰りなさい。お疲れ様でした。上機嫌ですが、良い物件は見つかりましたか?」
「そこそこかしら」
セクレタさんはそう言うと、地図と報告書を取り出す。セクレタさんが選んできたのは三つの物件であった。それ以外の物件は価格やら利便性やらで、問題があったらしい。
一つ目の場所は、帝都から離れた農村の一角で、ここが一番安いそうだ。ただし、帝都まで4時間もかかるのと、こちらから管理人を置かなくてはならないらしい。
二つ目の場所は、帝都から3時間程離れた場所で、街道沿いなので、小さな町のようになっている。ここの長所は帝都内まで行かなくても、ある程度の交易が可能であるが、一番価格が高い。また、町なので、現地の管理人を雇うことも出来る。
三つ目の場所は…
「あれ?ここ、貴族の私有地の一角なんですか?」
「そうよ、書店によった時に知り合いに出会って、話をしたら譲ってもらえるって」
なるほど、セクレタさんが上機嫌なのは書店に寄れた為であろう。
「へぇ~、距離も2時間程ですし、二番目の町にも近いですね。価格もそこまで高くありませんね」
「それに、貴族の舘の近くの私有地だから、治安も良いし、管理人を置かなくても大丈夫よ」
確かに、人手不足のこちらから管理人を送るのは大変であるし、現地で管理人を雇うのも面倒である。その点、セクレタさんの知り合いの貴族なら安心できる。
「では、ここにしましょうか。セクレタさんの知り合いの場所ですし」
こうして、場所の選定は驚く程早く、決定した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しかし、驚く程、中々決定しなかったのは、現地で施工する転生者達である。
本来であるならば、最初に魔法陣の研究を始めた者たち、つまり、前回、私と帝都まで一緒に言った転生者達であるが、最終的にはほぼ転生者全員が関わっていたので、全員が施工出来る事と、同じものが再び行くのは不公平だと言い出したのである。
「俺達が始めた事だ!俺達に行く権利がある!」
「お前らばかりずるいぞ!」
「そうだそうだ!今度は俺達の番だ!」
「くっそ!こんな時にお願い券が残っていたら…」
いつもの食堂にしている会場で転生者たちがいがみ合っている。
「お願い券が残っていないって… セクレタさん、何かお願いされたんですか?」
転生者達のいがみ合いを聞いていた私が、セクレタさんに尋ねる。その質問にセクレタさんは眉を顰める。
「ほんと… そろいもそろって馬鹿なお願いをされたわ…」
そう言って、セクレタさんは溜息をつく。
「しかし、これ…どうやって収拾しましょうか?…」
「さぁ?おそらく、中々決まらないと思うわよ。だから、私たちは夕食を済ませて、休みましょう」
私は、セクレタさんにそう言われて、夕食をとり、早めに床についた。
翌日、朝食を採りに会議室へ向かうと、目の下に隈を作った転生者達と、自慢げな顔をしているトーカがいた。
「おはようございます。みなさん…もしかして、徹夜したんですか?」
私は徹夜で疲労困憊そうな転生者達に尋ねるが、返答はトーカからきた。
「朝に来た時にまだ言い合っていたから、私が決めたのよ!」
トーカはふんと鼻息をならす。
「ど、どうやって決めたんですか?」
「私の人馬担当を抜ける事はまかりならないっていったの」
「えっ!?」
どうやら、トーカの人馬担当は順番が決まっていて、早くて20日、遅ければそれ以上かかるので、担当が終わった者から選出したらしい。
というか、帝都に行くよりもトーカの人馬担当を選ぶとは…
まぁ、トーカもかなり転生者達の扱いに慣れてきたようである。
そんな事もあって、ようやく帝都に向かう転生者が選出されて、冒頭の出発となったわけである。20日もセクレタさんのいない状況ではあるが、私は頑張っていこうと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます