第57話 トーカと転生者

「これで、実用に耐える転移魔法陣が出来ましたね」


マールは安堵の溜息をもらす。


「そうね… 設備の方は整ったわね。それで、マールちゃん、これからの方針で相談があるのだけど」


セクレタさんはそう言って、書類を取り出し、マールに手渡す。


「な、なんですか…この金額…」


マールは書類を手に取り、わなわなと震えている。


「かなりの金額でしょ?それが帝都に転移魔法陣を接続登録する金額なのよ…」


「しかもこれ、一回だけの金額ではなくて、毎月なんですよね? こんなの交易の利益なんてすぐに飛んじゃいますよ!」


「だから、提案と相談があるんだけど…詳しい事は執務室で話しましょうか?」


 そういって、二人は舘の中に入っていく。私は二人の背中が舘の中に消え去った事を確認すると、近くで後片付け作業を行っている男に近づき、声を掛ける。


「ちょっと…話いいかしら?」


男は私の声に気が付き、立ち上がる。


「おう、トーカ嬢じゃないか、どうした?」


「少し…聞きたい事があるのよ…」


「なにを?」


男は普通の態度を装っているが、私は自分自身の脈拍が増えるのを感じる。


「どうして、貴方達はここにいるの?」


私は思い切って尋ねるが、男の方は意味がよく分からないという感じで、首をかしげる。


「それは、どういう意味で?」


男の返答で、自分自身が緊張のあまり、言葉が足りなかった事を気が付き、言い直す。


「貴方達程の実力があって有能であれば、こんな所ではなくもっといい所で暮らしていけるでしょ?」


 私がそう言葉を掛けると、男は手を顎にあて、小さな唸り声をあげる。そして、暫く考え込んだ後に、顔を上げる。


「ちょっと、座って話そうか」


 男はそう言うと、豆腐寮の側に置いてあるベンチへ私を誘導する。男が腰を下ろすと、私も少し間を開けて腰を下ろす。


「魔力に関しては、かなり高いと思うが…それ以外の所も俺たち有能か?」


男は背もたれに身を預けながら尋ねる。


「じ、人格面は兎に角… 魔力量の多さも、その扱い方も凄いわ… 監視している時に見ているから… それに今回の魔法陣だって、もしかしたら帝都の物より高性能かも…」


私は男の様子を伺いながら答える。


「魔法の扱いに関しては、一人上手い使い方をする奴がいたら、全員、真似ていくからなぁ~ 魔法陣についても皆で色々、考えた結果だし…」


男が少し、身を起こす。


「それでも、今の実力があれば、帝都なら二倍…いやここの十倍の給金を出してでも雇ってもらえるわよ… なんなら、帝国に仕えない?」


私の言葉に男は、少し驚いた顔をする。


「俺達、引き抜きをされようとしてんの?」


「いや、そういう訳じゃないんだけど…こんな片田舎じゃ欲しいものも手に入らない、実力も発揮出来ないし、認められもしない… やはり、最初にここに拾われた事に恩義を感じているの?」


男にそう言うが、それは最初にここに来た時の自分自身の感想でもあった。


「ここに拾われた恩義って…俺達の出自の秘密…知ってんの?」


男は真面目な眼差しで私を見る。それに私は顔を反らせて答える。


「えぇ…少しは… 貴方達が『転生者』と呼ばれる存在で、異世界から来たと…」


私がそう答えると、男は背もたれに身体を預ける。


「そうか…やっぱり知ってんのか… じゃあ、俺達がここに来る前はどうだったかは知ってるか?」


男は私の顔を見ないように尋ねる。


「いいえ… 知らないわ… 私の知っているのは先程の話だけ…」


「そうか…まぁ、そうだわな… じゃあ、話すけど、俺達はここに来る前に死んでいるんだよ…」


「そ、そうなの? あっそうか、だから『転生者』なのか…」


「うん、そうそう。で、死ぬ前に何をしていたかと言うと…まぁ、目と口と耳だけの存在になっていたんだよ」


男は天を仰ぎ見ながら答える。


「目と口と耳だけって…どういうこと?」


「俺達の世界では、一歩も外に出ずに世界中の色々な事を、見たり聞いたり、口にしたりする事が出来たんだよ… だから、ずっと家や部屋に籠って、そんな事だけを続けてた」


実際、どういうものかは分からないが、凄い世界である事だけは理解できた。


「ずっと引き籠るって…働かなくてよかったの?それとも貴族だったの?」


私の言葉に男は自虐じみた笑みを浮かべる。


「貴族みたいなお偉い立場とかでもなかったから、働いてもいたんだよ… ただ、挫折したんだ…」


「挫折…?」


「あぁ、一生懸命、勉強して、いい大学に入って、色々資格もとって… 社会に出て働いたら活躍できるものと思っていた… でも、違った… 自分は優秀な人間だと思っていたが、社会にでたら凡人の一人だったし、活躍も出来ない… それに妬みや嫉み、いじめや足の引っ張り合いとか…強い物が好き勝手やったりするとかの汚い人間関係が容赦なく襲ってきた… だから、心がぽっきり折れちまった…」


 男はつらい事を思い出したのあろう、天を仰いだまま瞳を閉じた。そして、一呼吸おいてから、ゆっくり瞳を開き、話を続ける。


「だから、家に引き籠って、現実世界の人間とは関わらず、目と耳と口だけの存在になった。その世界では相手は男か女か、子供か老人かも分からない、貧乏人か金持ちか、弱者か強者かを問わない世界で、実際の利害関係の無い世界だから、相手を馬鹿にしても、実際に殴り返される事も無い。好きな事を言いたい放題、やりたい放題やっていたよ…今までの鬱憤を晴らすようにね」


 私は実際の現場を見ていないので、詳しい状況は理解できないが、この男が口汚い隠者の様な暮らしをしていたのは理解できた。でも、転生者達がここに残る理由は見えてこないので、話はまだ続きがあるようだ。


「そんな、暮らしをしている中、突然、死んだんだよ…俺の場合は階段から落ちてだったけど… で、気が付いたら、この身体でここにいた。前世ではぶよぶよでブサイクだったのに、イケメンで細マッチョのいい身体だ。その時、俺達は噂に聞いた異世界転生できたんだって思ったよ。ここでは俺達が主人公で、俺達に都合の良い世界だって… それで最初は浮かれて、好き勝手やったよ… でもさ…」


男は背もたれから身体を起こし、少し体をかがませて、膝の前で手を組む。


「分かったんだよ…ここの世界の人間は俺達が主人公の物語の脇役とかじゃなくて、それぞれが自分自身が主人公だと思っている、感情をもった人間だって事に… そして、俺達がやっている事は、前世で俺達を苦しめた、好き勝手やる強者って事に…」


男自身の話であるが、私は胸にチクチクと刺さる痛みを感じていた。


「そこで、俺達はある事を気が付いた。俺達は死んだはずなのにどうして、天国でもなく地獄でもなく、ここにいるんだと… こっちの世界でも天国と地獄の話はあるだろ?」


急に男が私に話を振ってきた。


「えぇ、あるわ…」


「じゃあ、煉獄は?」


「煉獄…?」


私は知らない言葉に首を傾げた。


「あぁ、煉獄は知らないいのか… 俺たちの世界には煉獄と言う言葉があって、そこは天国に行ける程の善行を積んでいないが、地獄に行く程の悪行を行っていない者が行く所だ。そこで、罪滅ぼしを行い、善行を積んで天国に行くための猶予期間みたいなものだ」


「ここが、その煉獄だと…?」


「あぁ、俺達はそう考えた…そして、煉獄で罪を重ねたら、次はどこまで落ちていくのだろうと… 恐ろしくなったよ…」


男はまるで教会で懺悔でもしている表情であった。


「貴方の世界の宗教観についてはよく分からないけど、善行を積んだり、罪滅ぼしをするなら帝都でも出来るじゃない? それなら、私も帝都に帰れるわ」


「ん~ ただ、善行や罪滅ぼしだけじゃ無いんだけど… それより、そんなにトーカ嬢は帝都に帰りたいの?」


「それは…」


私はすぐに『それはそうだ』という答えが言えなかった。


「俺はトーカ嬢と一緒に馬鹿やってるここの生活が気にっているぜ。トーカ嬢もそうじゃないのか?」


 男の言う通りだった。心のどこかで帝都の生活より、ここでの生活を望んでいる自分自身があった。私はそれに気が付くと自然と、顔が下がっていった。


「それにさ、ここでの仕事も充実してんだよね。仕事の事でネチネチ言ってくる人間もいないし」


「それは貴方が優秀だからでしょ…現に転移魔法陣のような成果を出しているじゃない」


私は膝の上の拳を握る。


「いやいや、俺達、結構失敗してるよ。この前も失明寸前までいってるし… 前の世界だったら、そりゃ心が折れるまでボロクソ言われてるよ。でも、ここではちゃんと反省すれば、マール嬢もセクレタさんも『次は頑張ってください』と言うだけで許してくれる」


 私が最初、帝都から来た時は甘い対応だと感じていたが、実際に失敗した者たちが、仕事に対して怖気つかず、すぐに前向きに対応している姿を見て感心したことを思い出す。


「前の世界では、何かを成し遂げる前に仕事を止めてしまったが、こちらの世界では漸く何かを成し遂げる事が出来たんだ。こんなに嬉しい事はないよ」


そう語る男の顔は本当に嬉しそうであった。


「それにさ、ここにいる俺達の仲間は大なり小なり、同じ境遇を経てきた者たちで、お互いが共感できる気の合う仲間なんだよ。そんなのが100人いて、毎日がお祭りのように楽しくて、バカやっても優しく静かに見守ってくれる人がいる…」


男が視線を前で作業する男達の方へ向ける。


「だから、ここが良くて、ここで良い… それが俺達がここにいる理由なんだが…これじゃ駄目か?」


男は優しい笑顔で私に答える。


 私はその男の言葉と表情に、心の中の何かが溶けて消えていくような気がした。そして、私は静かにゆっくりと返事をする。


「ううん…駄目じゃない…」


「そうか!良かったぁ~! トーカ嬢もそうなるといいな! 俺たち仲間だし!」


男はそう言ってはははと笑う。


「…うん…」


私は男に聞こえないような小さな声で答えた。


「じゃあ、俺はそろそろ作業に戻るから!」


男はそういって、手を振りながら、作業をしている人だかりの中へ入っていった。


私は男が去った後も、ベンチの上に座り、瞳を閉じて天を仰ぎ見ていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「さぁ、作業も終わったし、風呂でもはいるかぁ~ ふんふふんふ~ふん~♪ っておっと! すまんすまんっ! ってトーヤかぁ、お前どうしたんだよ? 頭なんか下げて」


転生者の前には、頭を下げたトーヤがいた。そして、一言つぶやく。


「ありがとう」











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