第56話 いしのなかには入りませんよ

「しかし、よくここまで辿り着きましたね」


「そうね、失明しかかったり、また、あの書店に行かなくてはならなかったりしたけど…」


 私とセクレタさんは今、転生者達が転移魔法陣の設置状況を眺めながら、言葉を交わしていた。魔法陣の設置場所は豆腐寮と門の間にあり、中央の道を挟むように二つ設置している。


 何故、二つも設置しているかというと、小型の転移魔法陣の実験は成功しており、馬車の移送ができる現物大の大きさの最終試験を行う為である。これが完成すれば、帝都への物流の経費は大幅に削減することができるであろう。


「本当にここまでやるとはね…」


トーカが後ろから、疑いとも驚きともとれる表情で、独り言のように呟く。


「えぇ…色々ありましたけど… もうすぐ完成ですね…」


 私はここしばらくの苦労を思い出した。そもそも私に色々な読みの甘さがあった。帝都の魔法陣の写しがあり、セクレタさんもいて、何かと問題は起こすが転生者達もいた。だから、何とかなるであろうと考えていたが、あの失明事件である。


 当家の図書室にも魔法陣に関する書籍はあったが、こう書けばこうなるといった作品集であって、どうしてそうなるかの教科書でも参考書でもなかった。だから、失明事件の後、セクレタさんが、例の因縁のある書店まで専門書を買いに行ってくれたのであったが、やはり、何か思うところがあるらしく暫く、機嫌が悪かった。


 その後、転生者達はその専門書を参考に紙の上に書いた魔法陣の実験を成功させたが、実物大となると、幾つもの問題が浮上した。紙の上に書いた物では耐久性がなく、使い捨て状態であるのだ。又、大きさの制限があり、その上、ただ拡大しただけでは、魔法陣に使用した素材が膨大な魔力に耐えきれず、焼き切れると言う事も発生した。


 その為、舘でなんどかボヤ騒ぎが発生し、結局、豆腐寮のとなりに工房を作る結果にもなった。


 そんな事もあったが、新設した鍛冶場との共同研究を行い、転生者達の頑張りもあって、魔法陣の素材の幾つかは自前で生産できるようにもなった。


 研究予算については、魔法陣の専門書を除けば、最初は小出し小出しの少額であった。しかし、徐々に大きな金額となっていき、気が付けば全部でかなりの金額になっていた。研究の進捗もあり、ここまでつぎ込んで後に引けなくなったので、胃に穴が開く思いで許可し続けてきた。


 そして、漸く今日である。結局、かなりの金額にはなったが、帝都側の技術者に依頼して作る事を考えれば、かなりお安くなっている。


「マールはーん! 準備できたで~!」


 向こう側の魔法陣の設置の手伝いをしていたカオリが、手を振りながらこちらにやってくる。魔法陣の上を見ると花の鉢植えが置かれている。向こう側が赤い花でこちら側が白い花だ。


「え? 人間じゃないの?」


トーカが転送物を見て、疑問の声をあげる。


「いや、最初から人間つこて失敗したら怖いやん」


「あぁ、確かに」


 カオリがトーカにそう答えているうちに、六人の転生者達が魔法陣に魔力を伝える為、魔法陣の周りに立つ。カオリはそれを見届けると、転生者達に合図を送る。


「ほな、始めて!」


 カオリが掛け声を掛けると、転生者達が魔力を込めはじめ、魔法陣が弱い赤色に光り始める。そして、魔法陣の中に記された記号が一つ、また一つ輝きを増していき、お互いに5つ輝いた所で、魔法陣全体が放つ光の色が赤から白に変わって、光が収まっていく。


 そして、魔法陣の上の鉢植えを確認すると互いの花の色が変わっていた。


「とりあえず、成功ですか?」


私はカオリに確認をとる。


「そや、成功やな」


カオリはとりあえず安心した顔で答える。


「花の色が変わっただけじゃないの?」


トーカが疑問を投げかける。


「まぁ、最初に使こたのが花やから、そう思ってもしゃーないな。転移魔法って言っても、片方から一方的に物を送るんとちごて、お互いの魔法陣の上のもんを交換するみたいなんや」


「面倒な仕組みね」


 確かに、単純に考えれば、トーカの言うように面倒に思うかもしれないが、よくよく考えると、転送先に何か別なものがあった場合、衝突や融合が起きてしまうかもしれない。つまり、魔法陣の上でお互いを交換する方法が安全な方法であるのだ。


 花での実験が成功した後、鉢植えは撤去され、次に籠に入れた鶏が用意される。向こうは白い雄鶏で、こちらは茶色の牝鶏である。おそらく、動物の実験と言う事で鶏舎からつれてきたのであろう。


「転移に失敗して、おかまの鶏がでてきたらおもろいかもな」


 準備の様子を眺めながら、カオリが冗談を飛ばす。この冗談は余裕だろうか?それとも緊張を解すためであろうか?


 先程の花の実験では、何も感じていなかったカオリでも、やはり動物となると緊張するのであろう。合図を送る手が開いたり閉じたりしている。


 鶏の準備も済み、魔力供給源の転生者達の配置も整う。カオリはその様子を確認すると合図を送る。


「はじめて!」


 カオリが掛け声を掛けると、先程と同様に魔法陣が光り、赤から白に色が変わって、光が落ち着いていく。


 両方の魔法陣の上を確認すると、ちゃんと鶏が入れ替わっており、色が入れ替わったりはしていない。


「成功や!」


 カオリはそう声を上げると、魔法陣に駆け寄っていって、籠に入っていた雄鶏を抱きかかえる。


「よかったなぁ~ あんた無事で~」


理由も分からず抱きかかえられた鶏は、少し驚いていたが雄叫びをあげる。


「うんうん、コケコッコー、コケコッコーやな」


「彼女、思った以上に動物愛護の精神が強いのね、アメシャもお気に入りだったし」


セクレタさんがカオリの様子を眺めながら言う。


 そして、いよいよ人間で実験を行う準備がされていく。向こう側の魔法陣には普通の転生者が、こちら側には赤ん坊の転生者がフェンによって運ばれてくる。


「あれ?赤ん坊の転生者を使うんですか?」


私が鶏を抱きかかえたカオリに尋ねる。


「あぁ、それな。普通のあいつら同士やったら見た目が似とるし、入れ替わったん分かりにくいやろ?」


 なるほど、そういうことか。しかし、そんな理由で連れてこられる赤ん坊は少々気の毒である。


そして、再び、転移の準備が整う。カオリの手は硬く握り締められており、私も固唾を飲む。


「はじめて!」


 カオリが手をあげて合図を送り、掛け声を掛ける。それを合図に魔法陣の周りの転生者達が魔力を込め始め、魔法陣が赤く光り始める。転移の進捗を表すであろう記号が一つ、また一つ輝いていく。私はその度に脈拍が上がっていく思いである。


 遂に五つ目の明かりがともった時に、魔法陣の光の色が赤から白に変色し、やがて落ち着いていく。そして、魔法陣の上には赤ん坊と入れ替わった転生者の姿があった。向こう側の魔法陣も確認すると赤ん坊の姿がある。


「成功ですね!!」


私は思わず声をあげる。


「よかったなぁ~!」


カオリも歓喜の声をあげる。


しかし、転移された転生者は特に何かの反応もなく、ゆらりゆらりとこちらへやってくる。


「えっ? あんたどないしなん?」


 カオリは不安に思い、転生者に声を掛ける。すると転生者はカオリの前に立ち止まり、口を開き始める。


「ワタシハ チョウジン、テンセイシャ コンゴトモ ヨロシク・・・」


転生者は無表情で意味不明な事を言い始める。


「あんた!大丈夫か!? 転移失敗したんか!」


カオリは転生者の両肩を掴んで揺さぶり、悲壮な表情で声を掛ける。


「なんだよ…カオリン、男神転生シリーズ知らないのかよ…」


カオリに揺さぶられた転生者はばつの悪そうな表情をして、普通に喋り始める。


「えっ!? なに? さっきの冗談やったん?」


カオリの顔が悲壮なものから唖然としたものへ変わっていく。


「いや、魔法陣の上での定番ネタだろ?」


転生者はカオリから少し顔を反らせて、頭を掻く。


「あんた!冗談も時と場所を選ばなあかんで!!」


カオリはそう言うと、思いっきり転生者の背中を叩いた。


「いてて! それより、さっきの鶏みたいに成功の抱擁は無しかよ…」


「あほ! 変な冗談飛ばすから無しや!!」


 カオリはそう言って、腕を組み、頬を膨らませて、転生者から顔を反らせる。しかし、徐々に肩が下がっていく様子を見ると、心配してきた緊張が安心して解けていくのが分かった。



 こうして、転移魔法陣が正常に機能することは立証された訳であるが、実験はまだまだ続けられた。


 次に行われた実験は、魔力供給者が魔法陣の中に入り、魔法陣の中から魔力供給を行う実験である。この実験は今まで魔力供給者と転移目的物とは別であったが、同一で行う為のものである。これが成功すれば、別に魔力供給者を用意しなくて済む。


 向こうの魔法陣では、アメシャ、フェン、リーレンの三人がせっせと赤ん坊を魔法陣の中に運び込んでいる。こちらの魔法陣は普通の転生者六名が魔法陣の中に入っていく。そして、実験を開始したが、この実験は難なく成功した。


 次の実験は人の背の高さの6倍以上はあると思われる、長い棒が用意された。片方の魔法陣には縦に設置され、もう片方の魔法陣には横に設置された。横に置かれた棒は人一人分程の長さが魔法陣からはみ出ていた。


 そして、実験を始め、魔力を込め始めると、魔法陣に設置された棒は、魔法陣内部に押し込まれているように力がかかり、少し湾曲する。また、魔法陣の中に記された記号の一部が、点滅を繰り返している。それでも、魔力を込め続けた結果、転移は実行され、はみ出た分の棒がカランと落ちる。


 転移された棒は、縦の分が高さ人の2.5人分、横が魔法陣の大きさと同じ5人分であった。それから、はみ出た分は切り落とされた様になっていた。


「凄いわね。ちゃんと警告がでるようになっているし、事故が起きにくくなっているわね」


セクレタさんが感心してそう述べる。


 そして、最後に行われた実験が、片側には誰もおらず、片方だけの操作で転移を行う実験である。先程の六名で魔力供給を行うのとは異なり、かなりの人数の転生者が集まってきている。転生者たちは魔法陣を取り囲むように円陣を組み、けっこう真剣な表情で魔力を注いでいる。すると、無人の魔法陣が反応し始める。


「凄いですね。無人なのに稼働し始めていますよ」


私は素直に驚いて、言葉を出す。


「なんでも、連絡魔法の作用を応用して、向こうに側に送ったものを魔力に還元して、作動させているらしいわ… よくもまぁ、そんな事を思いついて実行するわね」


セクレタさんもあまりにも突飛な発想に、驚きを通り越して呆れているようだった。


そして、そうこうしているうちに、普通に転移が実行される。


「これで、実用に耐える転移魔法陣が出来ましたね」


私は安堵の溜息をもらす。これで投資したお金が無駄にならなくなる。


「そうね… 設備の方は整ったわね。それで、マールちゃん、これからの方針で相談があるのだけど」


セクレタさんは、実験が成功した割にはあまり、嬉しそうな表情ではない様子ですあった。


 また、私はその時は気が付いていなかったが、トーカがずっと押し黙ったまま、私達や転生者の様子を眺めていた。






 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る