第44話 震えるトーカ

「応接間の準備は良いですか? お茶の準備は? 帝都の方なので、一番良い物をお願いします」


私は、リソンとファルーに確認と指示を飛ばす。


「あと、お迎えは出来るだけ、全員で行います」


 本来ならそこまではしなくていいのだが、陰でこそこそやっていると思われたくないので、手の放せない者を除き、出来るだけの者で迎えるようにする。


「しかし、隠し事をさせないつもりでしょうが、急すぎますよね」


「帝都での事を恨んでいるんじゃないかしら?」


準備の様子を伺いながら、私はセクレタさんと言葉を交わす。


「まぁ、これぐらいの嫌がらせならしょうがないですね… それより、あの人たちの方が心配です…」


私は壁で隔てて見えないが、豆腐寮の方へ視線を向けた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「なぁ~ なぁ~って、これ、ほんまにうちも被らなあかんの?」


「決まっているだろ。俺たち全員、似たような見た目をしているんだ。驚かせない為に必要な行為だ」


ぐずるカオリに転生者が強い意志で答える。


 カオリの目の前には、先日、帝都で買い漁った、綿菓子の袋を被った転生者達の姿があった。


「こんなん、被ったら逆に驚かせるんちゃうの? それに…なに?この絵は」


カオリが袋の絵を確かめる。そこにはもみあげが目立つおじさんの絵があった。


「お前が好きだと言ってた、執事のやつだろ?」


「あほ! ちゃうわ! うちの好きなんは黒い方で、アルプスの方ちゃうわ!」


「名前が同じだからいいだろ」


転生者のその言葉でカオリは諦める。


「あぁ~ うちがあんたらの萌えキャラの区別がつかんように、あんたらも、うちの好きそうなイケメンキャラを区別つかへんのやな」


「とりあえず、俺たちは人数多いから、審問官のお迎えは、ここの豆腐寮で行う。皆、配置につけ!」


 その掛け声に転生者達は、広間の窓辺に並んだり、寮の道から見た表側に並び始めた。その様子を見送っていたカオリは、暫く転生者と袋に視線を交互させた後、袋をポケットに突っ込んで、マールのもとに向かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 カオリが舘の玄関に向かうと、玄関の表では舘の人員一同とマールとセクレタが、そろそろ来るであろう、審問官の到着を待ち構えていた。




「あっ!? カオリさん! そろそろですよ! 列に並んでください」


 私はトボトボと歩いてきたカオリに声を掛ける。カオリは納得できないというような顔をしながら、私の後ろの列に加わる。


「何か難しい顔をなさってますけど、豆腐寮の転生者の方々に問題でも?」


私はカオリに尋ねる。


「いや、問題というか、納得できるような、でけへんような…」


 カオリはあいまいな返事を返していた。でも、まぁ、審問官と転生者達は直接挨拶はせず、前を通り過ぎるだけなので、今回は大丈夫だとは思うので、私は気にかけずに置いた。


 そうこうしているうちに、門番のタッツが門の所で手を振って、審問官の到達を告げてきた。その合図に私たちは気を引き締める。


「相手はまがりなりにも司法関係の人間よ、悪感情を持って顔を覚えられたら、後々大変だから、みんな、粗相をしないようね」


セクレタさんが皆に忠告する。


「そうかぁ~ あいつらが帝都でいらんことしとるから、うち、あいつらと似てるから危ないんやな…」


 カオリはそう言って、ポケットに手を突っ込みもぞもぞし始めたが、私は前を向き、審問官の到達に神経を集中する。


 すると、門の所から、私の家の馬車より少し高級そうな黒塗りの馬車が現れ、御者が門番のタッツと一言二言、言葉を交わした後、こちらに進んでくる。


 豆腐寮を潜る前に、窓から少し人の影がチラチラ見えたが、それ以外、特に何もなく、舘の前に辿り着く。


 その後すぐに、側使えが馬車の扉を開け、中から黒髪の青年将校らしき人物が出てくる。

そして、その青年が馬車に手を伸ばすと、その手を取って、かつて私に反逆の容疑を掛けた審問官のトーカの姿が現れる。


 私は帝都の事で思うところがあり、また、私の後ろで誰か舘の者であろう人物が出す物音が気になったが、そんな事は気にしないように、顔には出さず気持ちを引き締める。


 トーカは青年に付き添われ、私の前に進み出るのであるが、頭を上げ、私の顔を見た途端、先程まで済ましていた表情は、何かを堪えるように唇を噛みしめ、あの一件を思い出して怒りを押さえているのか、肩を小刻みに震わせる。


『まだ、そんなに怒っているの!? 確かに私の預かる人間が行った事であるが、私にそんなに敵意を向けなくていいのに!』


 頭ではそんな風に考えていたが、顔では冷静さを保って、恭しく一礼する。


「華々しい帝都より、ようこそおいでくださいました。帝国法務省審問官、トーカ・レル・ディアン・パカラナ様。私、マール・ラピラ・アープがお待ちしておりました」


 少し悔しい事であるが、相手は伯爵家の子女なのでレル、そして、有名所領持ちなので、その所領のパカラナを付け加える。


 礼法通りの挨拶を行い、頭を上げる。


 しかし、トーカの顔は相変わらず、厳しい表情をしており、それどころか付き添いの青年将校まで、唇を噛みしめ、怒りに耐えるような表情をしている。


「ゆ、優待ご苦労です、マール・ラピラ・アープ。わ、わたくし、帝国法務省審問官、トーカ・レル・ディアン・パカラナ、本日只今、査察に着任いたしました」


 トーカは怒りを堪えているようで、すこし噛みながら挨拶を返し、少し呼吸を整える。そして、後ろに控える青年将校を紹介する。


「こちらは、私の護衛を務めてくれる、兄のトーヤ・レル・ディアン・パカラナ。帝国法務省所属、憲兵2等准騎士です」


「トーヤです…」


 顔は怒りに耐えたまま、短く告げる。しかし、トーカの兄だったのか!? 道理で怒っているはずである。私は冷汗と脂汗がにじみ出てくるのを感じた。


 しかし、ここで狼狽えた姿を見せるわけにはいかない。私は自制心を総動員して、平静を装い、舘の中に二人を招き入れる。


「外の立ち話では失礼ですので、応接室にお茶をご用意しておりますので、まずは中にお入り頂けますか?」


そう言って、二人を応接室まで案内する。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 応接室では、私がソファーに座り、私の後ろにセクレタさんやリソン、カオリが立っている。私の前にはトーカとトーヤの二人が座り、ファルーがお茶を用意する。


 私はファルーが用意してくれたお茶を一口含み、二人に勧める。


「帝都より取り寄せた最高品質の茶葉でございます。どうぞ、お楽しみください」


 貴族的な言い回しであるが、分かりやすく言うと、


『最高の接待ですよ~お手柔らかに』だ。


 私は二人の出方を伺った。


 すると、トーカはお茶はまだ熱いにも関わらず、一気に飲み干し、受け皿に置く。


「わたくし、疲れているから、部屋を案内して下さるかしら」


 私はその言動に驚いた。一気にお茶を飲み干したトーカの言動の意味する所は、


『もう言う事は無い。貴方の言う通りにする』である。


 あんなに怒りを保ち続けていたはずなのに、大人しく引き下がったのである。


 私はファルーに目配せすると、ファルーも少し戸惑いながら、二人を滞在する部屋に案内する為、トーカとトーヤを引きつれながら、部屋を立ち去った。


 私はトーカの反応に戸惑いながら、二人が応接室を出て、扉が閉じられる様子を見守っていた。


 そして、扉が閉じられると同時に、セクレタさんがソファーに倒れ込んできた。


「セ、セクレタさん!?」


 突然のセクレタさんの行動に、私は驚いてセクレタさんの様子を見た。セクレタさんはソファーに顔を埋めたまま、小刻みに肩を震わせていた。


「ミ、ミズハラ…私になんの恨みがあるの…」


セクレタさんは震えた声で言う。


「えっ? うち、なんもしてへんで?」


「何もしてない事ないわよ! 私は堪えるのに大変だったのよ!」


 声を荒げる事が殆どないセクレタさんが、珍しく声を荒げる。私はその様子に驚き、セクレタさんとカオリの姿を交互に確かめる。


「うぐっ!!」


私は声を詰まらせる。というか、呼吸が乱れ、肩が震える。


「マールはん、何わろてんの?」


 そう言うカオリの姿は、頬に髪が張り付き、大きく立派なもみあげの様になっており、髪は全体が逆立ち、鳥が翼を広げたようになっていた。しかも、いつも額に垂らしている前髪が逆立って、鳥の頭の様になっている所が壺にはまる。


「カ、カオリさん! な、なんで、そんな姿になっているんですか!!」


「わ、私なんて、ミズハラが急に袋を被って、また急に脱ぎ出して、その途中で、顔が袋に張り付いて、引きつっている様子を見ているから、笑いを堪えるのに大変だったのよ! ミ、ミズハラ!なんでそんな事をするのよ!!」


 セクレタさんはずっと笑いを堪えていたのだ。私もカオリの姿を見て、吹き出した時に唾が鼻に入って痛いし、腹筋も可笑しくて痛い。


「えっ? なに? うちが可笑しいの? あれ? なに? 髪の毛が滅茶苦茶になっとる!!」


 カオリは跳ねあがった髪を整えようとするが、その都度、ピンと立ち上がる。その様子が更に私の腹筋を猛烈に刺激する。


「いや、うち、顔覚えられたらあかんと思て、袋被ったんやけど、馬車から、黒い方の執事によう似た男前が出てきたから、恥ずかしい恰好しとったらあかんと思て、脱いだんやけど… そないな恥ずかしい姿になっとたん? いやぁ~どないしよー あんな男前に恥ずかしい姿見られてしもたぁぁ!!!」


 その後、カオリには申し訳ないが、私とセクレタさんは涙目になりながら、腹筋が引きつるまで笑い転げていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「最初にガツン!と言ってやるつもりだったのに、してやられたわ!!」


トーカは拳をベッドを叩きつける。


「まさか、あの様な手段で来るとは… 予想外と言うか想定外と言うか…」


トーカの後ろで、兄のトーヤは口に手をやり、肩を震わせながら呟く。


 カオリの痴態の姿を、もろに直視していた二人は、ずっと笑いを堪えていた為、何もまともに言う事が出来ず、出来るだけ早く、あの場所から逃げ出して来たのだ。


「悔しい!! お陰で何も言えなかったわ!」


トーカは涙目になりながら、痛む腹筋に手を当てる。


「一筋縄では行かない、とんだ策士の様だ。これからが楽しみだよ!」


堪えていたトーヤは、我慢することなく、二人きりの部屋の中で、声をあげて笑った。

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