第43話 審問官トーカ、再び

 カタカタと子気味良い音を鳴らす馬車の中、一人の貴族の娘が不機嫌そうに窓の外の景色を眺めながら、その片足で貴族では似つかわしくない、貧乏ゆすりをしていた。そして、その不機嫌を紛らわせるために、口元に親指の爪を運ぼうとする。


「どうしたんだい?トーカ。 また、お花摘みをしたくなったのかい?」


 貴族の娘の前に座る、同じく貴族の男が声を掛ける。その声にまた爪を噛む癖をしそうになっていた貴族の娘、トーカははっと思い直し、手を膝の上に置く。


「そ、そんな事、ありませんわ。 トーヤお兄様」


審問官トーカは、目の前に座る、兄トーヤに耳を赤くしながら答える。


 トーカの兄トーヤは、目を通していた書類の束を置き、黒くしっとりとした髪を書き上げる。そして、凝り固まった首筋を左右に振って、凝りを解きほぐす。


「本当にお兄様には申し訳ございません。有望だったお兄様を、私に付き合ってこんな僻地に来させてしまって…」


トーカは少し悔恨を含んだ表情で告げる。


「そんな事は気にすることはないさ、大事な妹を守る護衛は兄の努めだよ」


トーヤは柔らかな表情で答える。


「しかし、お兄様は経歴を重ねる大事な時期なのに、私のつまらない任務に突き合わせて、大切な時期を無駄に使わせてしまって、申し訳ないと言うか…」


「つまらない任務という事はないよ、トーカ。 強大な力を持つ、不審人物…それが100人だよ? その監視がつまらない任務でもないし、その監視者の護衛が無駄な時間でもない」


トーヤは書類の束を、鞄に詰めてから、妹のトーカに真剣で、冷徹な瞳で向き直る。


「そして、もしもの事があった時には、その証人である監視者を100人の敵から、帝都まで連れ帰る任務だ。正直、私一人だけでは足りないぐらいの重要な任務だよ」


兄トーヤの言葉に、トーカは事の重大さを改めて思い知り、眉をひそめる。


「トーヤお兄様… 私…」


「大丈夫だよ、トーカ。お前の事は、私が必ず守るから、安心するといい」


トーヤはころりと柔らかな表情に変え、トーカを安心させる。


「ありがとうございます。お兄様がそう仰って下さるのなら、安心できます。何も怖くありません」


トーカは頬を赤くしながら、うなずく。トーヤもそれににこやかな笑顔で応える。


『100人もいるんだ…色々楽しめそうだな…』


トーヤが頭の中でそう考えながらする笑顔は、トーカが受け取るものとは別の意味のものであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いいですか! 皆さん! 壁ドンも撫でポも、ぜぇぇぇったい! 禁止ですよ!! いいですか! 禁止ですよ!」


いつもの会議室の檀上で、私は転生者達を前に大きな声で告げる。


「マールはん。その言い方やと、ニコぽはええんかいな?」


カオリが尋ねてくる。


「人は印象が大事ですから、笑顔のニコぽは… まぁ、そのいいんじゃないですか?」


「笑顔で接するのと、ニコぽで接するのは、かなりちゃうと思うけど… まぁ、マールはんがそう言うならええわ… しかし、マールはんも、なんやかんやで、あいつらに慣れてきたな…」


 今、私が何をしているのかと言うと、今朝、帝都から連絡があり、例の審問官のトーカが、私の領地へ、査察に来ると連絡を受けた為である。それも、一日二日の期間ではなく、転生者達や私に、帝国に害意や反意がないと分かるまで、館に駐留するとの事である。


 もちろん、私にそんなものは無いし、恐らく転生者達も同様であると思うのだが… いつものアレ… そう、若い女性を見かけると行う、撫でポや壁ドンをして、機嫌を損ねられては、なんと報告されるか分からない。


 だから、転生者達に審問官のトーカに対しての、物理的な接触である、撫でポや壁ドンの禁止を強く厳命している所なのである。


「これからやってくる審問官って、どんな娘? お前、帝都で見てきたんだろ?」

「あぁ、見てきた。なかなかの逸材だった」

「カオリンみたいな紛い物の委員長ではなく、本物の委員長キャラだった」


「ちょっと待ち! あんたら、うちに無理やり司会やら、まとめ役やらの委員長の役目させといて、紛い物扱いやめぇーや!」


転生者の話に、カオリが怒る。


「まぁまぁ、新しい委員長が来たからと言って、俺たちはカオリンを見捨てたりしないから」

「そそ、ズットモだよ」

「も、もしかして… これはカオリンの焼きもち!?」


「あ、あほ! ちゃ、ちゃうわ!」


「まぁ、カオリンの焼きもちは、後でじっくり楽しんで、その審問官は委員長以外にどんな感じの娘?」

「そうだな… おちょくっていじりがいのありそうな娘だったぞ」

「あぁ、そうだな。俺たちが色々してやったら、涙目になってたぞ」


転生者達はカオリの事をさらりと流し、審問官トーカに対して不穏な事を話し始める。


「みなさん! この前みたいな事は、絶対、ダメですよ! ほんとダメ!絶対!」


私は、あとから審問官にあった話を思い出し、転生者達に釘を差す。


「えぇ~ 楽しみにしてたのに~」

「お前ら、一体何したん?」

「特に変な事はしてないけどなぁ~ 眼鏡掛けさせたり、おでこ出させたり、そのおでこをてかてかにしたり、セーラ服を着せられなかったのは残念だ…」


「いやいや、十分変な事しとるやん」


カオリが突っ込みを入れる。


私もやはり、段々不安になってきて、となりのセクレタさんに顔を向ける。


「えぇっと、マールちゃん。そんな縋る様に私を見られても困るんだけど… 私やアンナも、その…立場と言うものがあるから、何度も手助けは出来ないわよ…」


私はセクレタさんの言葉に、愕然とする。


「そんな顔しないで、マールちゃん。ここに来るまでまだ時間があるから、それまでに彼らを指導していきましょう」


そんな時、アメシャが会議室に入ってくる。


「マールさにゃ!マールさにゃ!」


「どうしたのアメシャ?」


私はアメシャに尋ねる。


「街の者から、帝都の役人がこっちに向かっているって、連絡があったにゃ」


「えぇぇ!!!」


「時間の猶予を与えるつもりはないみたいね…」


突然の知らせに、私の館は騒然となった。




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