第45話 それぞれの予定
「本当に、こちらでよろしいのですか?」
私は、となりに座るトーカに声を掛ける。
「結構よ、別の場所で食事をしていたら、何の為の査察か分からないじゃない」
トーカはパンを千切りながら答える。
「でも、食事内容まで同じものになさらなくても、いいんじゃありません?滞在費にあった内容の物をご用意いたしますが?」
「それこそ、遠慮させて頂くわ。接待を受ける事になるじゃない」
トーカはパンをスープに浸し、一口含んだ後、スープに少し塩を振る。あぁ、やはり帝都の食事に慣れていると、ここの食事は薄味に感じるのだなと、トーカの塩を振る姿を見て思う。逆に私は帝都の食事が濃く感じられて、帝都にいた当時は苦労した事を思い出す。
「そちらのトーヤ様も、量が足りなければ、給仕の者に声を掛けて頂ければ、お持ちいたしますので」
トーカの向こう側に座る、トーヤに声を掛ける。
「いや、ここの者は自分で取りに行っているようなので、私もそれに習うよ」
「はぁ、そうでございますか」
トーヤは驕り高ぶったような事はなく、平然として食事を続けている。伯爵位のような立場なら、殆どの雑用は下々の者に行わせるのが普通であるが、軍属なので、爵位に拘らない生活を学んできたのであろう。
食事が少々口に合わない素振りをするトーカに比べ、トーヤはただ黙々とそれでいて、上品に食事を取っている。
そこへ、フェンがカートを押しながら、我々の前へやってくる。
「お茶や、パンなどのおかわりは如何でしょうか?」
フェンのメイド姿は馴染み切っていて、もはや説明されても男の子である事が信じられない程、完成されていた。食事の時も、100人もいるので各自、自分自身で給仕する事になっているのだが、フェンの善意から、お茶やパンのおかわりを運んで回っている。
「私にお茶を頂けるかしら?」
トーカがお茶のおかわりを申し出る。フェンはカップを受け取り、手慣れた仕草でお茶を給仕する。流石、毎日、おかわりを注いで回っているだけあって、貴族相手でも安心して見ていられる。
トーカがフェンからカップを受け取り、口に含む。そして、人心地ついたようにはぁっと息を吐く。その様子を窺っていたトーヤがフェンに声を掛ける。
「君の名は?」
「はい、フェン・ワァイノと申します」
貴族相手に気遅れる事無く、丁寧な自己紹介をする。短期間でここまで出来るようになるとは思いもしなかった。隣のセクレタさんの顔が少し自慢気である。確かに拾い物だ。
「じゃあ、フェン君。私にもお茶を貰えるかね?」
『うっ!』
私はお茶を吹き出しそうになった。
『フェン君!? フェン君ってもしかして、フェンが男の子なのばれてる!!』
私はちらとトーヤの見る。トーヤはふっと微笑むと何事も無かったかのように、フェンに入れてもらったお茶を飲む。
私の様子に気が付いたトーカは、私とフェンととトーヤに視線を移しながら、何があったのかを探ろうとするが、トーヤも何も言わないので、分からないようだ。
「さすが、帝都の騎士様ね…」
セクレタさんが私にだけに聞こえるような、小さな声で呟く。
「ところで、今日の予定はどうなっているのかしら?」
食事を終えた、トーカが私に尋ねてくる。
「そうですね…今日は幾つかに人手を分けて、新しい開墾地の測量と、鍛冶場設置の下見、舘前の採掘場の復旧と… あとは鉱石の取引に向かう事でしょうか」
私は指を折って数えながら、答える。
「貴方、それだけを全て、今日一日で回るの?」
トーカが怪訝な表情をしながら聞いてくる。
「いえ、私が行くのは鉱石の取引だけですね。後は担当の者に任せます」
「あの人達はどうするの?」
トーカが会場の食事を採る転生者達に目をやる。
「そうですね、技術や知見を持つ者たちは、ある程度の人数、測量や下見、取引に同伴させますが、今日はほとんど採掘場の復旧に宛てますね」
私の返答に、トーカは少し考え込む。
「鉱石の取引は貴方が行くのよね? 時間はどれぐらいかかるのかしら?」
トーカは顔を上げ、私に尋ねる。
「半日は掛かるとおもいますが?」
「では、後で取引先と取引内容の書類を提出してもらえるかしら?」
「はい、分かりました」
私は素直に答える。
「次に、開墾地の測量については?」
「それはセクレタが行きます。時間は…」
「往復2時間程で、現地で作業員にどれだけの行程が必要かを見るので… やはり半日はかかります」
セクレタさんが答える。
「鍛冶場の下見は?」
「それは執事長のリソンと、技術者数名で、屋敷の近辺を見るだけなので、そんなには掛からないかと」
「採掘場の復旧は?」
「それはミズハラ・カオリが担当します。復旧までどれだけ掛かるか分からないので、今日は一日中行いますね」
カオリがこくこくと頷く。
予定の詳細を聞いた後、トーカはもう一度考え込み、しばらくしてから顔を上げる。
「では、今日は先ず、鍛冶場の下見を査察した後、採掘場の復旧を査察します」
「分かりました」
「鉱石の取引内容と、開墾地については後日改めて、査察します。では、私は準備がありますので、先に失礼します」
トーカはそう告げると、トーヤを連れだって、会場を後にする。
私は二人の姿が出入口の向こうに消えるのを確かめると、ふぅっと肩の力を抜く。
「別に後ろめたい事は無いのですが、色々、面倒ですね」
「まぁ、気の済むまで、見てもらうしかないわね」
セクレタさんが相づちをする。
「問題なのは…あの人達が変な事をしなければいいのですが… カオリさん? 大丈夫ですか?」
私は身を起こして、カオリの方を見る。
「うちにまかしとき! うちの目の黒いうちは、余計な事させへんから!」
カオリは拳を突き上げ、力強く答える。確かに帝都に行っている間の留守中も、カオリが倒れる前までは何も無かったので、任せても安心であろう… がしかし…
「カオリさんがそこまで仰ってくれるなら、安心できますが…」
私は唾をのみ込む。
「カオリさん? なんで袋被ったままなんですか?」
私が尋ねると、カオリは拳を突き上げたまま固まり、暫くしてから、しゅんとして、小さくなってうなだれる。
「うち… うちはもう… この袋被ったまま生きていくねん…」
カオリが袋を被ったままなのは、最初から気付いていた… しかし、面倒な事になりそうなので、そのままにしておいたが、やはり、面倒な事になっていた。
「カオリ様、元気を出してください… お茶でも如何ですか?」
カオリを心配に思ったフェンがお茶のおかわりを尋ねる。
「おおきに、フェン君… もらうわ…」
カオリはおかわりのお茶を貰うと、お茶を飲み始める。私も食事中、直接見る事が出来なかったので、カオリがどうやって、飲食しているか気になっていた。今、お茶を飲んでいる所を見ると、袋に描かれた顔の口の部分に切れ込みがあり、そこから飲食をしていたようである。
傍から見ていると、絵のおじさんがお茶を飲んでいるようにしか見えない。
カオリは、お茶を飲んで一息ついた後、ゆっくりと語り始める。
「うちは…あの素敵なトーヤ様に恥ずかしい姿を見られてしもてん… だからもう…うちは合わせる顔がないねん…だから、一生袋被ったままで生きていくねん…」
「いや、袋かぶったままの方が…」
私がそう言いかけた時、セクレタさんの制止が入る。
「悪化させちゃだめよ」
セクレタさんが小声で言う。
「まぁ…気を落とさないでください…挽回の機会はありますよ…」
私はそう気休めの言葉を掛けるのだが、落ち込んでいるカオリに、にこやかなおじさんの絵が描かれた袋をの姿を見ていると、じわじわ来るものがあった。
「わ、私はそろそろ、鉱石の取引に行ってきますので…後は頼みましたよ。カオリさん!」
「わ、私も測量に行かなくちゃ、た、頼んだわよ…ミズハラ…」
限界が近づいていた、私はそそくさと立ち去ろうとする。どうもセクレタさんも同様であるらしい。
私たちの言葉に、袋のおじさんの絵はにこやかだが、落ち込んだ様子のカオリが、力無く手を振って見送っていた。
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