第36話 帝都観光と怪しい執事
「とりあえず、誤解は解けたという認識でよろしいのでしょうか?」
私は待合室で、目の前でお茶を楽しむセクレタさんに尋ねる。
「まぁ、そんなところね」
セクレタさんがさらりと答える。
「私の誤解はとけていないわよ」
テーブルの短辺側の一人掛けの椅子に座る、審問官のトーカが不機嫌な表情で口を挟む。
私はつい先程、あの独房から開放され、職員に訳も分からないまま、こちらの待合室まで連れてこられたのである。そこでは余裕の表情のセクレタさんと、その後ろにあの袋を被った転生者達。そして、私の取り調べの時とは同一人物に思えないほど、なにか悔しさの感情を現した審問官のトーカがいる。
「誤解というのは貴方の粗相のことかしら?」
「それなら誤解ではなく真実だよな」
「だな、俺たちの鼻は誤魔化されないぜ」
セクレタさんの言葉の後に転生者達が続ける。
「してないから!! 本当にしてないから!!」
トーカが立ち上がり、顔を真っ赤にしながら抗議する。
「えぇっと… こちらの方で何があったかは分かりませんが、反逆の罪の方はもういいんですよね?」
セクレタさん、転生者達、トーカの間で何かあったようだが、そんな事よりも、死刑になるかも知れない国家反逆罪の件の方が重要である。こちらの方をはっきり確かめたい。
「えぇ、そちらの件は上の方に誤解である事をご理解して頂いたから大丈夫よ」
「私は認めないわよ!権力者を使って罪から逃れるなんて!」
「貴方も組織人なら、上の判断は絶対でしょ? それとも上の判断に逆らうの? それこそ反逆じゃないしら?」
「ぐぬぬ…」
トーカの抗議をセクレタさんがさらりさらりと切り返していき、トーカは言い返せず、拳を握り締め押し黙る。
「なにこれ?」
「この生き物、可愛いな」
「滅茶苦茶いじりがいがありそう」
トーカの反応に転生者達は訳の分からない感想を述べる。
今までの会話の内容をまとめると、どうやらセクレタさんが上の立場の人に掛け合ってくれて、私にかけられた容疑を晴らしてくれたようだ。そして独断専行で対応していた審問官のトーカは引き下がるしかないようだ。
つまり、一人牢獄の中で悩んでいた私は何もできず、セクレタさん一人で解決してくれたのである。これはもうセクレタさんに足を向けて寝る事はできない。
「色々、ありがとうございます。セクレタさん」
私は深々と頭を下げる。
「いいのよ。マールちゃん。私はこんな時の為にいるようなものだから」
「いえいえ、私の命のみならず、領地の皆まで救って頂いたようなものですから」
「なら、爵位継承の式典は明後日だから、明日はここの書店に行きたいんだけど、いいかしら?」
「そんな事で良ければ喜んで!なんなら必要な書籍の代金は全て私が持ちますので」
私は頭を上げ、セクレタさんの方へ身を乗り出す。
「よかったわ、今まで使っていた書店が使えなくなったから困っていたの。それと…」
そう言って、セクレタさんは後ろの転生者達に視線を移す。
「今回は彼らも頑張ってくれたから、彼らにもご褒美はどうかしら?」
珍しく、セクレタさんが転生者の事で微笑んだ。
「えぇ!喜んで! 私の為に大事な袋に穴を開けてしまったようですから、その弁償もしたいです。なんなら言っていたように全種類買いましょうか?」
私の言葉に転生者達は飛び上がって喜んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いや、確かに全種類買うと言いましたけど…ここまでとは…」
私の目の前には、馬車1台分になりそうな綿菓子の山があった。
「全種類頼んだら100個もあるとは」
「しかも、店の親父が袋だけでは売らんと言うしな」
「でも、帰ったら全員で被れるな」
命を救ってもらった事を考えれば、金額的には大した事はないのだが、問題はこれをどうやって持ち運ぶかだ。
私はちらりとセクレタさんを見る。
「ちょっと、私の収納魔法でもこの量は無理よ。せめて三分の一にしてくれないかしら」
「では、残り66個をどうにかすれば良いんですね…とすると御者も合わせて一人7個ぐらいですね」
「まって、マールちゃん。私も数に入っているの!?」
その後、私は近くのベンチに腰を掛けていた。甘味の少ない地元からすれば、甘味をとれることは嬉しい事ではあるが、さすがに7個は堪えた。セクレタさんもなんだかんだ言って協力してくれて、今は胸と口を押さえながら書店に向かっている。転生者達は食べ終わった後の袋を大切そうにまとめている所だ。
『酸味がほしい』
私は口と喉にべたべたと残る甘味を、酸味で洗い流したくなって、キョロキョロと辺りを見回す。すると、少し離れた場所に果物を売る屋台を見つける。
果物屋なら酸味のある物も置いてあるし、果物を食べれば酸味も水分もとれて、喉の甘い乾きも癒せるだろう。
私は立ち上がり屋台に向かう。辿り着いてみると新鮮そうな果物が沢山並べられ、その中で柑橘系の果物を見つける。この品種は甘さが控え目で、程よい酸味と瑞々しさが人気の果物だ。転生者6人と、私とセクレタさん、御者の分を合わせて9個注文し、袋に入れてもらう。
「では、代金はこれでお願いします」
私は代金を支払い、皆のいる場所に戻ろうと振り返る。
「あっ!」
後ろを確認していなかった私は、振り返った時に通りすがりの人にぶつかり、その相手は荷物を一つ袋から落としてしまう。
「す、すみません!」
私はとっさに謝罪をし、頭を下げる。
「いえいえ、頭をお上げ下さい。貴方は貴族の方でいらっしゃいますよね?」
若い男性の声がする。私はその声に頭を上げると、銀髪の端麗な顔つきをした20歳前後の執事服の線の細い長身の男性がいた。
「私は、ロラ―ド侯爵家コロンお嬢様にお仕えする、デビドと申します。この度はご失礼を致しました。お詫び申し上げます」
そういって、執事は優雅で上品な作法で詫びの一礼をするが、私は彼の言葉に混乱する。
ロラード家と言えば大貴族である。私の家と比べれば、バラとたんぽぽ程の差がある。しかも、その家に使える執事と言えば、跡継ぎではない貴族の三男四男が努める場合が多い。だから下手をすると、この執事も私より地位の高い家の出身かもしれない。だから下手な対応は出来ない。
「こ、こちらこそ、すみません! 私はアープ子爵家マール・ラピア・アープです!」
私は名乗りながら頭を下げる。目下の人だからと言って粗雑な態度をとって、何も得をしない優越感を得て、人の不評を買うよりも、丁寧な態度で好感を得た方がよい。
「あぁ、あのマール様でございますか… お噂はかねがねお伺いしております」
『噂?もしかして愛人の事?』
そんな事が頭を過ったが、先ずは失態を繕わないと。私はそう思い、執事デビドが落としたものを拾い上げ、手渡す。
「これはありがとうございます。コロンお嬢様の大好きなアップルパイに使う材料ですので」
「アップルパイ? それガラムマサラですよね?」
「はい、そうです。これを一杯入れたものをお作りしようと思いまして。それがなにか?」
色々思うところはあるが、とりあえず上級貴族に係らない方が良いと考え、私は一礼して立ち去ろうとする。
「マール様」
立ち去ろうとする私の背に、デビドの声がかかる。
「貴方はこれから、様々な困難、そして大きな災いが降りかかる。しかし、数多くの強き運命をお持ちです。決して諦めぬように…」
デビドは奇妙な言葉を言い放ち、瞳に不気味な輝きを宿しながら、少し恐ろしい笑顔を浮かべ、立ち去っていった。
私はその姿に背中になにか薄ら寒いものを感じながら、皆のいる場所へ急いで戻った。
「マールたん。どこ行ってたの?」
私の姿を見つけた転生者が声を掛けてくる。私はいつもの転生者達の様子を見て、心が安堵する。
「いえ、ちょっと、喉が絡むので果物を買ってきました。皆さんの分もありますよ」
私はそう言って、果物が入った袋を差し出して、転生者達に見せた。
「おっ! グレープフルーツじゃん」
「いいね、俺も喉が綿菓子で絡む」
「マールたんの愛を感じる」
そう言って転生者達は次々と果物を手に取り、早速、皮をむいて食べ始める。
「え?今食べるんですか?」
「いや、喉がきついし」
そう言って、転生者達は瑞々しい果物を頬張り始める。私はその様子にゴクリと唾をのむ。
「私もちょっとお行儀が悪いけど、今食べてしまおうかな?」
私はベンチに腰を掛け、果物の皮を剥き、一房口に放り込む。
「マールちゃん。お行儀が悪いわよ」
突然の声に振り返ると、書店から戻ったセクレタさんがいた。
「といっても、私も喉が限界だわ。一つ頂けるかしら?」
そして、セクレタさんを含めたみんなで、果物の瑞々しさを楽しんだ。
その後、転生者達が見たがっていた転移門に行ったり、また帝都の名所の巡って案内をして回った。転生者達ももの珍しさで楽しそうだったが、私自身も久しぶりの帝都だったので、懐かしさを感じながら、一頻り帝都を楽しんだ。
途中、奇妙な執事の言葉を思い出して、セクレタさんに相談しようかと思ったが、皆と帝都を楽しむ内に忘れ去ってしまっていた。
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