第一部最終回 第37話 マール・ラピア・アープ子爵
「大丈夫ですか? 変な所ないですか? ちゃんと似合っていますか?」
私は式典用の豪華なドレスに着替え、ふんわり膨らんだスカートの裾を見回しながら、セクレタさんに尋ねる。
「えぇ、ちゃんと似合っているわよ。それに髪型も装飾品も大丈夫。ここの着付けメイドは上級貴族にも対応しているから、任せて於けば安心よ」
私はセクレタさんの言葉に、少し胸を撫でおろす。
私は今、爵位継承の式典を前に、控室で衣装の確認をしている。そして、正装を着たことのない私は、不安のあまり何度もセクレタさんに確認をお願いしていたのである。それでも、正式な式典に主賓として参加する私にとっては、まだまだ不安に思うところが多いのであるが、セクレタさんが言うには皇族や上級貴族でも無い限り、大人数が参列して行う事はなく、私程度の爵位だと、儀式をつかさどる祭主とそのお付き程度らしい。
式典には補佐役として、セクレタさんも参列してもらえるので、セクレタさんも今は装飾品等をつけて正装している。と言っても人間の様にドレスを着るわけにはいかないので、足にドレスの様な履物と、身体に爵位を表すサッシュを付けているだけある。ちなみに私は式典で正式なサッシュを受け取るので付けていない。
また、転生者達は、お付きとしての同席には、身分や地位等がないので、閲覧席での参列となる。その為、今日は少しおめかしした衣装を着てもらっている。
本来であれば、館の人間である執事長のリソンや侍女のファルーに参列して欲しかったのだが、現状、館を離れる訳にもいかず、館に残ってもらった。本人達も悔しがっていたが、こればかりは仕方がない。
「マールたん。良く似合ってるよ」
「うん。お姫様みたいだ」
「なんだか、これから嫁にやる気分になってきた」
転生者達が彼らなりの言葉で、私を褒めてくれる。最初の頃は彼らの言動は、全く意味不明な物が多かったが、ここ一か月の間や道中でなんとなく理解できるようになってきた。言い回しや表現がちょっと…いや、かなり特殊なだけで、通常の人間と同じ感情などはちゃんと持っている。
「あ、ありがとうございます」
私は少し照れながら答える。
「赤くなった!」
「可愛い!」
「萌え―!」
これさえなければ、いい人達だけど、これがあるからこの人達なんだなと考える。
そこに扉がノックされる。
「失礼します。式典の時間となりました」
案内係が現れ、時間がきたのを告げる。セクレタさんがこくりと頷いて促すと、私達は案内係に続いて、式典祭場へと歩き始める。
赤い絨毯が敷かれ、装飾の飾られた廊下を、静々と歩んでいく。そして、祭場と思わしき扉の前を通り過ぎる。
『あれ?』
通常の式典等を行う場所は先程の祭場であることは、受付をした時に聞いたので間違っていないはず。なのに通り過ぎた。
『えっ? どこに向かっているの?』
最初に来た時に、受付ではなく審問室に連れていかれた事を思い出し、少し冷汗がにじみ出る。不安になった私は、ちらりとセクレタさんの様子を窺うが、何事も無いかのように涼しい顔をしている。
私は出来るだけ気掛かりな気持ちを押し込め、平静を装いながら案内係の後に続いていくと、廊下の突き当りに、衛兵二人を従えた、豪華で大きな扉が見えてくる。衛兵は先頭の案内係の合図に答えて、その扉を開く。
開け放たれた扉の中から、眩しいばかりの光が溢れてくる。私はその光に一瞬目が眩んだが、すぐに視界が開ける。そこは一般の祭場とは異なる、上級の祭場である。一般の祭場とは異なり、天井が高く、壁は採光の為、惜しみなく大きなガラス窓が数多く憑りつけられている。また、美しいタペストリーや豪華な燭台などが、室内の壮麗さを引き立てている。
私はこの壮麗さに、自分自身が場違いに思い萎縮してしまいそうだが、なんとか心を張りつめ、上座まで続く赤い絨毯を案内係の後に続いた。
そして、段々と上座で、今回の私の式典を執り行う祭主の姿が見えてくる。通常、式典を執り行う祭主は、対象者より一つ上の爵位を持つ貴族が執り行う。子爵の私なら伯爵となる。
しかし、徐々に詳細に見えてくる祭主の姿は、30歳程度の女性であるが、とても麗美で豪華な衣装を纏っているので、とても伯爵程度の地位に見えない。
祭主の前まで辿り着いた私達はその祭主に跪き、私はその人物の詳細を知るため、無作法にならない程度で目を凝らす。そして、その女性の纏うサッシュを紋章を窺う。
『宝珠に聖剣に旭日! これ皇室紋!!』
私の身体が強張り、一気に冷汗と脂汗が吹き出す。そして、対面する位置まで辿り着き、改めてサッシュの紋章を確かめるが、間違いなく皇室紋だ。
『な、なんでこんな大物が私の式典の祭主に!? 場所を間違えて案内されたとか?』
おそらく、今の私の表情は、驚きのあまり瞳は大きく見開き、唇を噛みしめ、全く貴族らしい平静を装えてないであろう。
そんな私の様子を見た為だろうか、祭主を務める女性が、柔らかな笑顔を作る。そして、それに合わせてセクレタさんも、くすりと微笑む。
「久しぶりね、セクレタちゃん」
「そうね、アンナちゃんも元気そうね」
『え? 二人とも知り合い? しかもちゃん付け? えっ?えっ? 皇室でアンナと言えば…皇后陛下じゃないですかぁぁ!』
私は冷汗・脂汗どころが様々なものが身体から吹き出しそうであり、緊張のあまり身体が誤魔化せないほど震える。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ」
私の緊張する姿を見て、アンナ皇后陛下が、可愛らしくクスリと笑う。
「私は好きになった人がたまたま皇室の方で、その人がたまたま皇帝になっただけだから、私自身は全く偉くないのよ。それに今日は余計な人員は来させていないから、緊張しなくてもいいわよ」
相手が皇后陛下であることには変わりないのだが、まるで、我が子を諭すかのような優しいその言葉に、私は少しだけ緊張を解す。
少し余裕の出来た私は、改めて皇后陛下を見る。確かに身のこなしや所作は高位の人間のものであるが、その優し気な表情や、醸し出す雰囲気は高圧的なものではなく、慈愛に満ちた包容力があった。
私はその優し気な表情に、ある人物の面影を思い出す。すると強張っていた身体からすっと力が抜けて、自然体になっていく。
「ふふっ、緊張が解れたようね」
「ありがとう。アンナちゃん」
「いいのよ。セクレタちゃんの教え子なら、私にとっての後輩だもの」
皇后陛下とセクレタさんが気さくな言葉を交わす。
「それでは爵位継承の儀を執り行います」
皇后陛下はそう宣言すると、渡された錫杖をシャランと鳴らす。
「ネーズ・ラピア・アープとエミリー・ラピア・アープの娘、マールよ」
皇后陛下の声が室内に響く。
「はい!」
私は頭を上げ、応える。
「汝はアシラロ帝国の臣民として、帝国の法を守り、秩序を重んじる事を誓いますか?」
「誓います!」
「汝は臣民として、同じく臣民に対して、親愛を持ち、友愛を持ち、誠実である事を誓いますか?」
「誓います!!」
「汝は臣民の上に立つものとして、臣民に対して、謙虚であり、誠実であり、慈悲と慈愛を持って臨む事を誓えますか?」
「そして、平安時に限らず、有事に際して、皇室と帝国とその臣民の為に、忠義を誓い、その盾となり、矛となる事を誓えますか?」
「はい!誓います!!!」
「では、皇期2723年5月7日。始祖神カーズと、帝国の法、私アンナ・カーラル・アシラロ。この三つを持って、マール・ラ・アープに子爵位の継承を認めます」
皇后陛下はそう言い終えると、もう一度錫杖を鳴らす。
「マール・ラ・アープ。メダルを持って前へ」
私はその言葉に首から掛けていたメダルを外し、皇后陛下の手前まで進み、メダルを恭しく捧げる。
陛下はメダルを受け取ると、側使えに渡し、その側使えから真新しいサッシュを受け取る。
「マール・ラ・アープ。頭を」
私は陛下の言葉に頭を差し出す。そこに陛下からサッシュが掛けられる、下げる視界に、サッシュが映り、そこに私の家の紋章と子爵を表す印が見える。
次に陛下が、側使えから新しいメダルを受け取る。
「マール・ラ・アープ。頭を御上げなさい」
頭を上げた目の前には、真新しいメダルがあった。私はそれを恭しく受け取り、胸に強く抱き締める。
「以上にて、マール子爵の爵位継承の儀を終了致します」
皇后陛下の宣言の声が、祭場に響く。
「おめでとう。マール・ラピア・アープ」
皇后陛下が優しく私に微笑みかける。私はその姿にぽろぽろと涙が流れ始める。
「あ、ありがとうございます!皇后陛下」
私は涙声で応える。
「おめでとう。マールちゃん」
傍らで、セクレタさんが優しく微笑む。
「ありがとうございます。セクレタさん!」
セクレタさんにも礼をかえす。
「マールたん!おめでとう!」
「おぉ!!!」
「俺たちのマールたん!」
「おめめ!!」
「俺も泣けてきた」
「おめでとう!!」
後ろの参列席からも転生者達の祝いの声が響く。
「ありがとう。みなさん!ありがとう!」
私は転生者達に大きく手を振る。
漸く、正式な貴族に、正式に母の跡を継げるのだ。そうまだ、継いだばかりだ。ここから全てが始まるのである。長い長い道のりの始めの位置についただけなのである。母と同じように上手くやっていけるかは分からない。そして自信もまだまだ力もない。
でも、今はそれだけでもとても嬉しい。
ねぇ、見ててよねお母様。
私、頑張ります!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「で、どうだったんだ?」
「はい、容疑を解き、解放しました。爵位の継承も終了致しました」
「やれやれ、確かに強大で不確定な存在であるが、下手に追い詰めて敵にすることもあるまい」
「ですな。ちゃんと見張りもついておりますし」
「アンナ陛下の意見は?」
「特に問題ないと仰っていました。ただ、もう少し手を貸してやる人材が必要だと」
「そうか、誰にする?」
「馬鹿に責任をとってもらうのはどうか?」
「あぁ、あの融通のきかん小娘か。大丈夫か?」
「えぇ、よい遊び道具になるかと」
「ふむ、直接みたデビアはどう思う」
「…これからが非常に楽しみです…えぇ、非常に…」
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