第29話 俺達の四大栄養素

 事の始まりは、一人の転生者が呟いた事であった。


「ようぶんが足りない…」


昼食中、前方に座る一人の転生者が、自分の食事を前にぽつりと呟いた。

その言葉に周りの転生者達もはっと何かに気が付く。


「そうだな。確かにようぶんが欠乏している」

「バブ―」

「ようぶんを…早くようぶんを補充しないと…」


一人の男の呟きで、周りの転生者達に、騒ぎが広がっていく。


「あんたら、なにいっての? 今、ご飯たべてるやん」


騒ぐ転生者達にカオリが言い放つ。

転生者たちはカオリの方に向き直り反論をする。


「いや、俺達はカロリーの事を言っているのではない」

「ほな、なんやの」

「四大栄養素の事だ」

「四大栄養素って、タンパク質とかミネラルやろ? ちゃんとした食事やから足りてるやん」


 我儘を言う転生者達にカオリはムッとする。

カオリはこう言ってくれるものの、帝都で生活をしていた私は、ここの食事が質素である事は分かる。

例の猪の件で、肉類は多少増えたものの、元の世界で豪華な食事をしていた転生者達には申し訳ない。


「いやいや、俺たちの四大栄養素はそれではない」

「え?いや、人によって変わるもんちゃうやろ? そもそもなんやの」

「俺達の四大栄養素とは…」


転生者達がゆらりゆらりと立ち上がる。


「塩分!」

「糖分!」

「油分!」

「そして、幼分だ!!」


「いやいや、そんなんばっかし採ってたら、成人病まっしぐらやで。それに幼分ってなんなん?」


カオリは片眉をあげて呆れる。


「メイちゃんに続き、サツキちゃんが去った今、俺たちには幼い女の子を愛でる事が…つまり幼分が激しく欠乏しているのだ!」


私はその言葉に飲みかけていた、飲み物を吹き出しそうになる。


「あほいいなや!あんたら! あんたらのせいで二人が心に深い傷を負って、やめてもたんやろ!」


「それはお見舞いに行った方がいいのか?」


「いらんわ!」


「ほんと…辞めて下さい…ほんと…お願いします…」


実際、二人の家に行った私は、二人のお父さんの様子を目の当たりにしているので、あの人隊の行動は良心に突き刺さる。


「幼い女の子が見たいって、なんか事案になりそうな事いうてるけど。アメシャちゃんもおるやんか」


 そういって、カオリは視線をアメシャに促し、転生者達もそれに合わせて、視線を動かす。

視線の先では、アメシャが大きなトレイで食品を補充している。

補充が終わった所で、カオリたちの視線に気が付き、にゃーと返事をする。

その後、カオリが転生者に視線を戻し、転生者達もカオリへと視線を戻す。


「獣分は十分だ」


「なにそれ、あんたら上手いこと言ったつもりなん?」


転生者達はさっと目をそらす。


「またかいな…まぁ、兎に角。気分的な問題で我儘いいなや」

「それは我慢しろと?」

「そや、あんたら子供やのうて、おっさんやろ?」


カオリの言葉に転生者達が拳を握りしめる。


「おこちゃまとは違う、おっさんだからこそ、抑えきれない男の願望があるんだろうが…」

「我慢しているから、眺めるだけで抑えているんだ…」

「バブ―」

「我慢出来なくなったら…分かるよね…」


そういって、飢えた野獣の視線が私達三人に突き刺さる。


「ひっ!」


私は小さな悲鳴をあげる。

となりのカオリも顔が引きつり、セクレタさんは固まっている。


「そもそも、アメシャちゃんは人化できないの?」


一人の転生者がぽつりと言う。


「そうだよ!それだよ!」

「だよな、ほとんどの異世界の話で、猫や狼、ドラゴンなんかは人化するものだよな」

「そうそう、それで猫耳少女になったり、犬耳少女になったり、ドラゴンなんかはロリババアが定番だよな」

「いや、ケモナーとしてはそのままでも、いいんだけど」


そういって、転生者達が言葉を交わした後、アメシャに一斉に視線を向ける。

その訳の分からない状況に、アメシャは首を傾げる。


「ア、アメシャ。人に化けるのはできる?」


私は自分が再び転生者達の目標になる事を恐れて、震えた声で尋ねる。


「無理にゃ」


即答である。


「アメシャ、魔法が下手にゃん…魔法の上手い人なら出来るかもにゃ」


私は少し思い出して、セクレタさんに声を掛ける。


「セクレタさん。幻術魔法とかも使えましたよね?」


 私はこの騒動を鎮める為にも、セクレタさんが幻術魔法が使えることを確かめる。

その言葉に視線は一斉に、セクレタさんに向く。

セクレタさんはぶるっと身体を震わす。


「え?なに? ちょっと私、困るんだけど…」


セクレタさんの顔が強張る。

そして、セクレタさんは、何でばらすの⁉といった視線を私に向ける。


「わ、私、年相応で、自分自身の雰囲気に合わせた姿にしか、魔法で化ける事が出来ないわよ…少女とか幼女なんて無理よ…」


たどたどしい声でセクレタさんが言い繕う。

そこへカオリが小耳に話す。


「セクレタはん。とりあえず化けとき、ずっと付きまとわれるで」


カオリの言葉にセクレタさんは、覚悟を決めた様に小さくうなずく。


「分かったわ。ご期待には答えられないけどやってみるわ」


 そう言うと、セクレタさんは全身に魔力を込め始め、光がセクレタさんの身体を包んでいく。

そして、光が粒子となって拡散していき、人の姿に変化したセクレタさんの姿が現れる。

長く、膝まですらりと伸びた灰色の髪に、整った顔立ちに切れ長い瞳に長い睫毛。

抱きしめたら折れてしまいそうな、か弱く細い体型に、白のドレス。

それが人に化けたセクレタさんの姿である。


「どうかしら? 少女や幼女ではなくて、申し訳ないけど…」


前にも見たことはあるが、場違いな程、美しい。

まるで、どこかの国の女王様のようである。


「うわっ! すごいなぁ! なんか電車で宇宙を旅行する話に出て来そうな別嬪さんや!

って、あれ?」


カオリがセクレタさんに触れようとした手が、するりと抜ける。


「ふふ、幻術だから、見た目はこうだけど、身体は本来の姿、そのままなのよ」

「へぇーそうなんや、でも、ほんま別嬪さんやなぁ~ それで、もてへんのは分からんわ」

「だから、私の種族ではね、」


「そんなことより、幼分だ!!」


言いかけたセクレタさんの声が、転生者に遮られる。


「セクレタさんの姿も良いが、今の俺たちは幼分を欲している!!」

「他に幼女に人化出来る者はいないのか!」

「ドラゴン! ドラゴンとかはどうなんだ⁉」


転生者達が捲し立てる。


「確かにドラゴンなら出来るわね」


セクレタさんが小さく答える。


「私も聞いたことがあります」


転生者達は次の言葉を窺う。


「ドラゴンは巨大な体躯だから、幻術で化けるだけでは不便なので、人化の術を持っているのよ」


セクレタさんの言葉に転生者達は瞳を輝かせる。


「ドラゴン!」

「ドラゴン見たい!」

「ドラゴンを所望する!」


転生者達がドラゴン合唱を始め、その様子に私は少々呆れるが、少し思い当たる事があった。


「ドラゴンといれば…あれですかね?」

「そうね、あれね」

「あれって、なんなん?」


カオリが顔を覗き込ませて尋ねてくる。


「どういう理由化は分からないけど、人里の近くまで来て、人の様子を窺う事がよくあるのよ」

「そうですね。それも美少女、美男子の噂のある人の所とか」

「そういうコンテストの時もよく来るわね」


「なんや変わったドラゴンやなぁ~」


「そうでしょ?ただ見に来るだけで、なにもしませんから不思議なんです」

「じゃあ、遠くから眺めるだけやったら、安全なんや。それやったら、うちも見てみたいなぁ~」


カオリも見てみたいという言葉に、私はすこし考えて答える。


「んー ここから少しいった町で、麦踏の祭典を行う時期なんですが、毎年、女神役の美少女を選ぶので、よくドラゴンが来ているらしいですよ。また、機会があれば行ってみましょうか」


私がそう告げると、ドサドサと音がする。

音の方を見てみると、転生者たちが両膝をつき、私に頭をさげている。


「マールたん…‼ ドラゴンがみたいです……」


 転生者たちは、機会があればではなく、今すぐにでも見に行きたいと言わんばかりの顔していた。

その幼分とやらが足りたくて、暴れられても困るし、それに仕事も頑張ってくれているので、赤字も補填されつつある。

ちょっとぐらい、我儘を聞いてあげても良いだろう。


「分かりました。皆さんいきましょう」


私は笑顔で答えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る