第30話 はぅぅドラゴンかあいいよ(ハート)
「もう一度確認しますよ。里の人に手出しをしたら駄目ですよ」
馬車の周りを飛ぶ転生者たちに、私は窓から身を乗り出して言う。
「「「うい」」」
私の言葉に転生者たちは生返事をする。最近はなんだかんだ言って、ある程度、私の言う事を聞いてくれるので、納得して馬車の中に戻る。
「ふぅ、何もなければ、いいのですが…」
「マールはん。さっきの言い方やと、ドラゴンには手出しよるで」
私は再び、窓から身を乗り出し叫ぶ。
「ドラゴンにも手を出したら駄目ですよ!!」
「……」
私の叫びも空しく、転生者たちは目を反らす。私はそのまま彼らの様子を眺めたら、目や顔を反らすだけで、やはり返答がない。仕方なく私は馬車の中に戻る。
「まずい、まずいですよ… あの人たち、ドラゴンに手を出すつもりですよ…」
私は拳を握りしめ、肩を震わせる。
「このままでは、町やその人達に被害が出るかもしれないわ…」
セクレタさんがぽつりと言う。
私は再び、窓から身を乗り出し叫ぶ。
「絶対に町や町の人に、被害や迷惑を掛けたら駄目ですよ!!」
すると、今度は小さく反応があった。
「「「うい」」」
私は返事が貰えた事で、また馬車の中にもどる。
「はぁ… ほんと、どこまで信用できるのやら…」
私はため息を漏らす。
「今度は被害が出えへんかったら、ドラゴンに関わってええって、聞こえるで」
私はカオリの言葉にまた、立ち上がろうとするが、溜息をしてそのまま座る。
「もう、いいですよ。被害さえ出なければ…」
「それでええの? こっちに被害出るかもしれんで?」
「あの人たちは一度、痛い目にあった方がいいんじゃないかしら」
「まぁ、森林跡地の事を考えれば、弱くはないみたいですし、ドラゴンも殺しにいかない限り、命を奪う事はしないと思いますので」
「そうなん? えらい大人しいドラゴンやなぁ」
「そうね、人間を観察しに来るぐらいだから、人間との関係を壊すような事はしないようね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そうこうしているうちに、目的の町までやってきた。普段の町はどこにでもある、農業主体の辺境の町であるが、今日だけは、町全体に飾り付けがされ、楽器の演奏による音楽、それらを楽しむ人の声で溢れている。ドラゴンが目的で来たのであるが、当然のことであるが、町の中にはドラゴンはいない。私はキョロキョロと町の周辺を探し見て、近隣の茂みや林の中から、にゅーっとドラゴンの首が出ているのを見つける。
「ほらほら、カオリさん! あそこにドラゴンがいますよ」
私はカオリの袖を引き、ドラゴンを指差す。
「ほんまや! ドラゴンや! 大きいトカゲみたいな感じやけど、角とか生えててカッコええなぁ」
カオリはそう言って、はしゃぎながらドラゴンに手を振る。するとドラゴンの方でも、一度、口をくわっと開けて、うんうんと頷くような仕草をする。
「マールはん! ほら! みてみて! ドラゴン、うちに返事してくれたで! うわぁ~なんか、かわええな~」
そんなカオリがはしゃいでいる所へ、他の転生者達も集まってくる。
「ここにきて初めて、いや前の世界から数えて久しぶりに外出した」
その転生者は身体の凝りを解す様に、首や肩を回す。
「えっ? あんたら30・40のおっさんと違ごたん?」
「そうですが、何か?」
転生者は平然と返す。
「それニートちゃうんか?」
「いやいや、自宅警備員だ」
ふっと自慢げに返す。
「自宅警備員って… どうせ、部屋でPCの前に張り付いてただけやろ?」
「だから、ちゃんと自宅が火事になった時も、全員が脱出するまで、部屋の中で見届けていたんだから」
「あっそれ、沈没する戦艦の艦長みたいでカッコいいな」
他の転生者が答える。
「それ…家族に見捨てられただけとちゃうんかいな…」
カオリが少し憐れむような顔をする。
「そんな事より、ドラゴンいっぱいいるな…幼分だけの補充を考えていたが、それ以外も出来るかもしれんな」
「そうだな、我々はメイちゃんがいたから、身体の栄養素と心の栄養素を一緒にしていたけど、心の栄養素として考えれば、我々は様々なものが欠乏している!」
「乳分、姉分、妹分、母分…そういえばセクレタさんってママっぽくね?」
「セクレタママか…いいな…」
「本当にやめてもらえるかしら…」
セクレタさんが身体と声を震わす。
「あんたら、あほな事言うのはいい加減にしぃーや!」
カオリはセクレタさんを庇う。
「そういえば、カオリンも妹キャラとかどう?」
「いや、世話焼きの幼馴染系だろ?」
「あぁ!、それいいな! お前の心のいいねボタン押しとくわ」
「はは、みんなにリツイートとしないとな」
「ははは」
転生者はカオリに狙いを定め、口々に勝手な事を言い始める。
「あかん、うち変なん目ざめさせてもうた!」
カオリは転生者達の言葉に後退る。
「まぁ、二人をいじりすぎると、愛娘マールたんが困るから、この辺りにして…」
「そろそろ、本題に移るか…」
「あぁ、そうだな…」
転生者達は互いに目配せをし、うんと頷くと、透明化の魔法を使い姿を消し、すぐにその気配や物音も感じられなくなる。どうやら、消音魔法も使い、ドラゴンに気付かれず、一気に近づく様だ。私を含め、カオリもセクレタさんもどうする事もできず、事態を見守る事しかできない。しかし、事態はすぐに動き出す。
「アースバインド!」
ドラゴン達の足元から無数の蔓が伸びて、その身体を絡め取っていく。しかし、難を逃れた数匹のドラゴンが飛び立って逃げ出そうとする。そこへ追撃の魔法が放たれる。
「エアプレッシャー!!」
空気の塊が、飛び立とうとするドラゴンの上から、重くのしかかり、ドラゴンを地面に押さえつける。そこに再びバインドの魔法が掛けられ絡めとられる。そして、他の者が素早く絡めとられたドラゴンに近づき、その身体に触れ麻痺の魔法を唱える。
「ディープパラライズ!!」
最強の生物であるドラゴンが瞬く間にとらわれていく。その過程は、互いに信じあった仲間が緻密な計画の元に、激しい訓練を重ねた様に思われるものだった。その後も、ドラゴン達が暴れたり、火を吹かないように、何重にも様々な魔法を掛け、転生者たちは手際よく、ドラゴン達を一カ所に集めていく。
「ちょっと! あんたらなにしてんの!」
遅れて、私とカオリとセクレタさんの三人が転生者達の元へ駆けつける。そこには、何もできずに囚われた、涙目になったドラゴン達の姿があった。
「今、捕らえ終わった所だ」
肩で息をするカオリと私に、転生者が答える。
「あまり好戦的ではないドラゴン達だけど、不意を突くだけで、こんな短時間に…それも被害も受けずに捕らえるなんて…恐ろしいわね」
セクレタさんが呟く。
「あいつら、自分の欲望に素直やからなぁ~」
「こういう時だけは、凄い結束力と行動力と計画性がありますよね…巻き込まれる方はたまったものではありませんが…」
彼らの被害にあった事がある私は、少しドラゴンに同情する。
「フフフ…それではそろそろ、ドラゴン達を検分しようか」
転生者達はそう言うと、邪悪な笑みを浮かべながら、ゆっくりとドラゴン達に近づく。
すると、ドラゴン達の身体が光り出し、光の粒子が舞い始め、その姿がゆっくりと変化していく。
「こ、これは⁉」
光が消え、変化が終わった後、ドラゴン達の幼女になった姿があった。その様子は突然捕らえられた恐怖の為か、まるで生まれたての子犬か子猫の様にプルプルと震え、麻痺の為、思い通りにならない身体を使って膝をつき、同じく麻痺で上手く回らない舌を使って喋り出す。
「わ、わたちたちは…にんげんに危害を、きゅわえるつもりはありまちぇん…」
「ただ、みていちゃだけでちゅ…」
「だ、だから、いのちだけはとらないでくだちゃい…」
「お、おねがいしまちゅ…」
そう言って、うずくまる子猫のように、プルプル震えながら頭を下げる。
「なん…だと…」
「こ…これ程とは…」
「俺たちの…想像以上だ…」
転生者達はゴクリと唾を飲み、互いの目を合わせて、うんと頷く。そして、一気にその幼女達に飛び掛かる。
「はぅぅ!かあいい!かあいいよぉ~!!」
「くんかくんか! いいよ! いいよぉ~!!」
「バブ―」
「ペロペロしてもいい?ペロペロしてもいい?」
「僕、おっきしたよ~」
「全員おもちかえりぃ~♪」
私の目の前には、十数人の幼女に飛び掛かり、抱きしめ、頬擦りし、匂いを嗅いだりする、百人近くの転生者達の姿があった。私はその光景になにもできず、ただ固まるしかできなかった。
「なんか凄まじい事案が発生しとるんやけど… これ、どこに通報したらええん?」
「私達には見守るしかないわ…」
カオリの言葉にセクレタさんが答える。
「そんなんでええの?」
「ミズハラさん。貴方にはあの中に飛び込んで、彼女達を助ける勇気はあるのかしら…」
「すいません」
私もあの中に入るのは御免こうむりたい。
「お許し下さい!」
そこへ森の奥から、女性の声が響き渡る。
私を含め、幼女達に絡みついていた転生者達もその手を一度止め、声の方向へ目をやる。
そして、ゆっくりと一人の少女が姿を現す。
「重ねて申し上げます。その子達の事をお許し下さい」
その声の主は、上品なドレスに、美しい長い髪。頭に角も生えている所からドラゴンが人化したものであろうか、とにかくどこぞのお姫様でも通用しそうな美少女だった。そして、その少女は、その気品さにもかかわらず、私達に両膝をつき、頭を下げる。
「ふひっ!メインディッシュ来た⁉」
「うぉぉぉー幼女もいいが美少女も捨てがたい!」
「バブ―」
「お持ち帰り?お持ち帰り?」
その美少女に、手の空いている転生者達がにじり寄る。
「貴方…シュリなの?」
そう言ったのはセクレタさんであった。その声にシュリと呼ばれた少女は頭を上げ、声の主を確認する。
「セクレタ? セクレタなの?」
そう言う少女の顔は、縋りつくような表情であった。
「シュリ…久しぶりね。4年ぶりかしら?」
「ええ、そうね…4年ぶり… それよりもあの子達を…」
セクレタさんと会話を続ける少女であるが、視線はずっと幼女達に向けられていた。
「みなさん。こういう事だけど…どうかしら?」
セクレタさんが転生者達の見て尋ねる。
「えぇぇ~ せっかく幼分を補充できそうなのに」
「もう、お持ち帰りする子は決めてるし」
「幼女を目の前にして我慢しろというのか」
どうも転生者達は開放する気は無いらしい。セクレタさんはその様子に一つ溜め息をする。
「そんなのつれ帰っても、当家では養えないわよ。見た目が幼女になっても元はドラゴンだから、食費が追いつかないわ…その分の食費は貴方達の借金に上乗せするわよ」
セクレタさんの言葉に転生者達が少し狼狽える。
「逆に解放してくれるなら…そう、貴方達の借金をある程度棒引きするわ。それに話しておかなければならない事もあるから…」
「それは…どれぐらい? それで話とは?」
転生者の一人が尋ねる。
「そうね…」
セクレタさんは転生者の方を向き、言葉ではなく、羽根振りでその金額やその他の事をを伝える。
「ふむ…セクレタママの知り合いみたいだしな…そのあたりの金額で手を打つか…」
「それに例の件もあるしな…」
転生者達は妙に素直に、セクレタさんの条件を飲む。なんでだろ?
「では、いいわね?その子達を放してもらえる?」
転生者たちは仕方ないといった感じで、幼女達から手を放し開放する。解放された幼女達は一目散にシュリの元へ駆け出し、抱きつく。
「うは!、俺もあの中に混じりたい」
転生者の一人が何か言っているが、私はセクレタさんの元に行き、事情を尋ねる。
「えっと、色々説明していただけるでしょうか?」
「あぁ、マールちゃん。勝手に話を進めてごめんなさいね。この娘は私の友人のシュリよ」
セクレタさんに紹介されると、シュリは私に頭を下げる。
「ご紹介頂きました、私はこの辺りのドラゴンを治めるシュリと申します。この度は我々に慈悲を頂き誠にありがとうございます」
そういってシュリは再び、深々と頭を下げる。
「いえいえ、頭をお上げ下さい。こちらこそ、当家の者がそちらに不埒な事を仕出かしまして…大変申し訳ございません」
私も遅れながら深々と頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ、人里近くに踏み込んで、捕らえられた訳ですから、殺されても仕方がありませんのに…」
「まぁまぁ、お互い済んだ事だから、それぐらいにしましょ」
セクレタさんの言葉で二人は頭をあげる。
「えっと、そもそも、なんでこんなに大人数で人里に来るんですか?」
私は前から思っていた疑問を尋ねる。
「えぇ、それはですね… 今回のように人に討伐されそうになった時に、人の姿に変化して、その慈悲を乞う為に…その、できるだけ慈悲を乞える様に、人から見て美しい姿や可愛らしい姿を覚えようと…」
「えぇぇぇ!」
私は思わず声をあげる。
「では、よくコンテストにくるのは…」
「はい、人の美男・美女を見る為でございます…」
「はぁ~せやけど、今回はそれが仇となったわけやね…」
カオリが呆れたように言う。
「はい…今回の様な事態は初めてでして…」
「では、マールちゃん。私、シュリと積もる話があるから先に帰っていてくれるかしら」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、セクレタさんが転生者達の借金を棒引きした以上の、財宝がシュリさんによって届けられた。
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