第27話 セクレタさんの初めてのお使い
カシャカシャカシャっと小気味良く、計算尺の滑る音が鳴り響き、ペンで軽快に計算結果を書き記す。全ての計算が終わり、次に提出された金額を確かめる。提出された貨幣は全て少額貨幣なので、嵩張るし、勘定も時間がかかる。
お店に行くときは、もう少し、高額貨幣も混ぜた方がよいかしらと考えながら、数を数える。
そして、貨幣の勘定が終わり、計算結果と間違いない事が分かると、ふぅっと一呼吸をし、束ねられた転生者達の注文書を見て、また溜息をする。
「セクレタさん。どうされたんですか?」
溜息をする私を心配して、マールちゃんが声を掛けてくる。
私が計画した事ですし、実際やり始めた事だから、マールちゃんの手を煩わせる訳にはいかない。それに心配もね。
「なんでもないわ、ちょっと小銭が多くて勘定するのが、骨だっただけよ」
私はマールちゃんに微笑んで返す。
「それでセクレタさん。そのお金と発注書の束はなんなんですか?」
マールちゃんは、私の悩みの原因をまっすぐ聞いてくる。
私はその問いにどう答えようかと少し悩んだけれど、私個人としては守りたい対象であるけれども、公としてはこの家の当主であり、黙っている訳にはいかない事に、思い当たる。
ただ少し、マールちゃん相手には、憚られる事もあるので、言葉を選んで話さないと…
「そうね、これは転生者達の欲しい物をまとめた発注書とその代金よ。ここで集める事が難しい物ばかりね」
私はそう説明すると、発注書の内容をマールちゃんに見られないように、すぐに私の収納空間に入れる。
「ここでは手に入らないと言うと、どこまで買出しに出る必要があるんでしょう?」
「そうね、ガビアあたりまでかしら?」
「ガビアですか。 確かにあそこなら色々なものが揃いますよね… でも、馬車で半日、往復で一日かかちゃいますね」
マールちゃんは場所を聞いて、うーんと考え出す。
「悩まなくてもいいのよ。私が行ってくるから」
私の言葉にマールちゃんはえっ?と顔をあげる。
「悪いですよセクレタさん。結構、大変な買出しになるんでしょ? なんだったら私もついていきましょうか?」
あら、マールちゃんの心遣いが悪い方へ傾きそうだわ。なんとか、私一人で行く方向に話を持っていかないと。
「いいのよ、マールちゃん。私が行けば、一時間で行けるし、収納魔法もあるから大丈夫よ」
「確かに時間や輸送の事だけを考えればそうですが、色々なお店を廻って買いそろえるのは大変じゃないですか?」
マールちゃんはほんとよく気が付くいい娘になったわね。でも、問題はそれじゃないの。
私は心でそう呟きながら、必死に言い訳を考える。だって、こんな純粋な娘を…
「ありがとう、気持ちだけ頂いておくわ。あの人達の注文は、元の世界に即したものや、技術的に難しい用語のものとかあるから、ちょっと私でないと難しいのよ」
「そうですか…すみません。セクレタさん。お役に立てなくて…」
詫びるマールちゃんの言葉が良心に刺さるけど、私、大人だから耐えなくちゃ…
「いいえ、そんな事ないわよ。マールちゃんはあの人たちが何かやらかさないか見てもらう為、ここに残らないといけないのよ」
「分かりました! セクレタさん! 私、頑張ります!」
「では、頑張ってね。マールちゃん。私、もう行くわ」
私はマールちゃんの健気な言葉にいたたまれなず、ちょっと無作法だけど、窓から飛び立った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私は一時間程でガビアの街に降り立っていた。
ここはマールちゃんの農業主体のセネガとは異なり、街道沿いの交易地でもある。
街の活気も物流も、悪いけどセネガとは格段に栄えていた。
私は路地に降りて、メモを取り出す。メモには様々な物が詳細を付け加えて記されているけど、ここは個人的にもよく来る街、どこにどの様なものがあるか、大体の事は分かる。
私は手早く用事を済ませる為、商店を廻っていく。
商店を廻る中で思ったのが、確かに必要で、こちらが用意する事を失念していたものもあれば、どうしてこんな物が必要なのか分からないもの、はたまた、そう言った物が存在していて驚かされるものまであった。
ただ、そう言った物は、少数の部類で、大半は食べ物と…そう、例のあれである。
食べ物に関しては、セネガでは取り扱っていない物で、甘味の類と様々な香辛料である。
確かにマールちゃんの所の食事は刺激に欠けるけど、こんなに一杯の香辛料をどうするのかしら?
私はそんな事を考えながら、最終目的地へと思い足取りを向ける。
私は扉の前に着くと、はぁと深い溜め息をついた後、自分自身を奮い立たせる。
ベルがカランカランと鳴り響く扉を開け、中に進む。ここはガビアで馴染みの書店である。
新刊から専門書、教科書に小説等、ここで揃わないの物は、帝都に行くしかない、そんな規模である。
私は更に足を進め、新刊が置かれている場所まで来る。すると、読みたかった新刊が出ていた。すぐに手に取りたかったが、後でよいでしょう。
しかし、いつものは自分の欲しい本しか見て回らないから、あの人達の欲しい、あれの本の場所が分からない。
どうしましょう?無かった事にして立ち去る? いえ、そんな事をして後で見つかったら、何をされるか分からないわ。
でも、場所が分からない。どうすればと思った時に、目の前に陳列作業を行う店員の姿が目に映った。
聞くしかないわよね…。そう思い、心を決めて店員に声を掛ける。
「あ、あの…ちょっといいかしら?」
私は小さな声で尋ねる。
店員は私の声に気が付き、大きな声で答える。
「はい!なんでしょうか!お客様!!」
店員は元気溌剌とした笑顔の眩しい好青年だった。
なんだか、こんな好青年に聞くのも恥ずかしいと思ったけど、結局、誰に尋ねても恥ずかしい。私は意を決して尋ねる。
「あの…ちょっと…じょ、女性の方が…その…裸になっている…本を探しているのだけど…」
私は店員だけに聞こえるような、声の大きさで尋ねる。
「すみません!お客様! もう少し大きな声でお願いします!」
青年がハキハキとして聞き返す。
「じょ、女性が…裸になっている本は…どこかしら…?」
私は先程より少し大きな声で尋ねる。
「お客様! 女性の裸体のある春画本をお探しなんですね!! こちらでございます!!」
青年のハキハキとした大きな声が店内に響き渡り、店内にいる人々の視線が一気に、私と青年に注がれる。
どうしてそうんな大声で言うのよ!恥ずかしくて恥ずかしくて、もう顔を覆い隠してしまいたい!! でも駄目よ、セクレタ!余計に目立つわ!
私は顔を隠したい思いを抑え込み、冷静を装い、私を追う視線を無視しながら、店員の後に続く。
すると、店の奥のカーテンの向こう側へと案内された。
「こちらでございます! お客様!」
そこは先程の一般誌と同等の大きさのある場所であり、ポツポツと本を物色する人達がいて、店員の声にチラリとこちらに視線を移すが再び、本へ視線を戻す。
「ありがとう」
そう言って私が店員に礼を言うと、視線を戻しかけていた男達が私を見直す。
「えっ?女?」
そう囁かれる声に、私は部屋から逃げ出したくなるが、ぐっと我慢する。
『駄目よ!セクレタ!逃げちゃダメ!』
私はそう心に言い聞かせると、一歩踏み出す。幸いな事にこの部屋の本棚にはどういった種類の内容であるか記されているので、探索に困る事はないが、その種類分けの文字列だけで、思わず顔を覆いたくなる。
私は転生者達の発注書を取り出し、先ず手前の本棚から探索しようと足を進める。
本棚を前にして、軽く溜め息を着いた後、発注書を確かめる。そこにはどういった顔つきか、どの様な体型かを事細かく記されている。こういった細かい判断や指示が出せるのなら、どうしていつもは、ああなのかしら…
そう思いながらも、私は視線で本を物色していく。そして、指示に合致する表紙の本を発見する。本当に指示通りの女性の本がある。まず、その事にショックをうけた。そして、もう一度、発注書に目を通す。そこには表紙だけではなく中身を確認しろと書かれてある。
なにも、この指示はこの発注書に限った話ではなく。全ての発注書に記されているのだ。
私はふぅと息を整えた後、震える羽根を目的の本に伸ばす。そして、ゆっくりと手前に持ち上げ、そこでもう一度、呼吸を整える。本当に触りたくもない本であるが、この後、その触りたくない本を、開きたくもないのに開かなくてはならない。本当に気が滅入る。しかし、中を確認しなくてはならない。私は意を決して本を開く。
『パタン』
私は直ぐに本を閉じる。そこには指示通りではあるが、私にとっては想像以上のものがあった。
もう駄目…私、心が折れそう… 逃げ出してしまいたい…
もう、適当に選べばいいかしら… それは駄目!
あの人達が指示通りの物じゃない事で、受け取りを拒否したら、お金が貰えない…
一冊5万として、100冊近くで500万⁉ 駄目よ!
今、漸く立て直しの見通しが立ったところで、そんな赤字…駄目だわ…
無理に渡せば… それも駄目ね… 何をしでかすか分からないわ…
頑張れ!セクレタ! 負けるな!セクレタ!
マールちゃんの家の未来は貴方にかかっているのよ!!
私は何もかも投げ出して、逃げ出したい思いを、未だかつて出したことのない、最大限の勇気を振り絞って抑え込んだ。そして、先程の確認した本を持ち、次の本を探すため、発注書の束を見る。
これ、まだ100枚近くあるのに、まだ一冊目なの… ほんと、心が折れそうだわ…
その後、私は何度も心が折れそうになる思いをしながら、本を選んでいった。しかしながら10冊を超えたあたりから、持ちながら本を探すことに不安を感じた。
これ、探している最中で、本を落としてばら撒きでもすれば、恥ずかしくて死ねるわね…
私は買い物かごか何かないかと、辺りを見回す。すると先程の青年の店員が私の姿を見つけ、駆けつけてくる。
「お客様! なにかお困りでしょうか!」
青年の大きな声が響く。
「えっ あの… 一杯選ばないといけないので、運ぶものを…探しているのだけど…」
私は大声でしゃべるなと言う意味を含めて、小さな声で話す。
「分かりました! お客様! 大量購入でございますね!! すぐに台車をご用意致します!!」
青年は私の意図を察せず、大声で答え、その声が室内に響き渡り、一気に視線が私達に集まる。そして、その言葉の内容から、辺りの客から騒めきが起きる。青年に悪意がないことは、その態度からよく分かるのだが、善意がこれ程までに人を貶める事があるのを、私は初めて体験した。
「お客様! こちらでございます! どうぞ! お使いください!」
「ありがとう…」
私は混みあがる羞恥の念を押さえつけ、出来る限り平静を装い、その場を立ち去る。
「すげー 台車まで使って、大量に買う奴なんて初めて見るぜ」
「あぁ、それが女とはまた、驚くぜ」
「マジすげーよ! この店、始まって以来じゃねぇか?」
私は恥ずかしさのあまり、駆け出して壁を突き破り、そのまま逃げ出したい気持ちになった。
もう、恥ずかしくて恥ずかしくて、こんな場所にいられないわ!
どうして、こんな恥ずかしい思いをしなくちゃならないの…
分かってる…分かっているわ… 私がしっかりしないと…
私は逃げ出したい一心から、猛烈な速度で本を選んでいく。もはや、一々本を開くたびに恥ずかしさに打ち震える暇なんてないわ… 後でゆっくり恥ずかしがればいい…
「俺達はすげー奴を目の当たりにしているかもしれない…」
「ロリから老婆、貧乳から巨乳…様々なタイプを網羅しているぞ」
「それだけじゃないぜ、姉妹母娘ものや、幼馴染、上司や先生・生徒…全てのシュチエーションを抑えてやがる」
「見落とすな、プレイ内容も万全だぞ!」
「しかも、それらが全て一級品ときてやがる!! あの眼力ただものではないぞ!!」
なによそれ! 私がそんなものを完全網羅した存在だと思われているの⁉
やめてよ! 本当にやめてよ!! あぁ、もう子供のように泣き出してしまいたい…
あぁ、なんだか、自分自身が穢されるのではなくて、穢れを吹き出す存在の様に思えてくるわ…
でも、頑張るのよ!セクレタ! あと1冊でしょ!
あなたはそんな所で挫ける女ではないでしょ!
私は最後の勇気を振り絞り、最後の一冊を探し出す。
あったわ!これでもう開放されるわ!
私が本に羽根を伸ばすと、同時に別の手がその本に伸びる。
はっと、その相手と目があい、暫し二人が固まる。
相手は老人だった。
そして二人が手を伸ばした本は、看護婦が赤ん坊の恰好をした男性を甘やかす物であった。
私はその老人を無視して、本を取る。
「あっ」
老人は小さく声をあげたが、私はつづけて無視しながら内容を確認し、台車の上に置く。
その間も老人の視線は本に注がれており、台車の上に置かれた時には悔しそうな顔をしていた。
私はそのまま、何も言わず出口へと向かう。
私、本当に何をやっているの…何でこんな事になっているの…
あんな老人とこんな本を取り合いをするなんて… 本当に信じられない…
まるで、悪夢でも見ているようだわ… お願いよ…夢なら覚めて頂戴…
私は惨めで泣き出しそうな思いを押しとどめながら、早くこの忌まわしい場所から立ち去る為、出口のカーテンを潜り抜ける。
「えっ!? 春画本部屋から? しかも、台車?」
部屋からすぐ出た場所で、本を物色していた男が声をあげる。
その言葉に、また店の全員が私に視線を注ぐ。
頑張れ!セクレタ! 後、20歩の距離よ!
20歩進めばいいだけなの!
私は平静を装い、店内全員の騒めきの声を受けながら、一歩一歩、確実に進む。そして、会計前の新刊を並べている場所に、店に入った時に欲しかった本を見つける。
これだけ惨めで恥ずかしい思いをしたのですもの、自分にご褒美は必要よね…
私は新刊をとり、台車の忌まわしい本の上に置き、会計に進む。
「お会計。お願いできるかしら」
私の後ろに人だかりができ、騒めきの声が聞こえる中で会計が始まる。
もう少しよ!セクレタ! あと少しよ!セクレタ!
会計さえ終われば、全ての羞恥から開放されるのよ!
私は瞳を閉じて、静かに会計が終わるのを待つ。
「あれ?この本、落丁版だ。お客様、すぐにとりかえますので…」
会計の店員はそう言うと、奥にいる店員に声を掛ける。
「ダーさん! 『むちむちぷりんにずっこんばっこん』の落丁でない版を持ってきてもらえますか!!」
「あぁ!『むちむちぷりんにずっこんばっこん』だな!わかった!!」
二人の大きな声が店内を満たし、あたりが静まり返る。
もう…殺して…お願いだから私を殺してよ…!!
なんで、最後の最後にこんなことになるの…
これは、先程、老人から本を奪った私に対する神様の天罰なの!!
神様…もう私をお許し下さい…
哀れで惨めな私を…
そんな懺悔の念を頭の中で捧げていると、会計が終了する。
「えっと、全部で562万9600になりますね」
その金額に私は固まる。
普通の買い物でも、お金が足りなかったら恥ずかしいのに、この状況で足りないの?
なんなの!? それは! えっ? どういう事?
こんなにいかがわしい本を大量に抱えて、お金が足りない?
神様は私に何を求めているというの!
神様はまだ、私をお許しにならないというの!?
でも、挫けたら駄目よ!セクレタ!
ゴールはすぐ目の前なのよ!セクレタ!
貴方になら、何かできるはずよ!セクレタ!
負けないで!セクレタ!
「ちょっと、持ち合わせが足りなった様ね…」
私はふるえそうな声を必死に抑える。
「だから、ちょっとこの本を下げてもらえるかしら」
私が示した本は、私が読みたかった本であり、いかがわし本を隠すために上に載せた本でもあった。
「それでは557万2200になります」
足りる!足りるわ!!
「では、これでお願いできるかしら」
「はい! ええっと…ちょうどでございますね。 えっと、これだけの量ですから、お持ち帰りはどのように?」
「大丈夫よ」
私はそういって、収納魔法で本を治めていく。
そして、出口に向かおうとした時に、店員たちが一列にならんで、私を見ていることに気付く。
「またのご来店をお待ちしております!!」
店員一同が私に向かって、直角に頭を下げて一礼をする。
「すげえ! 俺たちは今、伝説の生まれる瞬間を目の当たりにしているんだぜ!」
私はそれらを一切気にすることなく装い、扉を潜り、軽やかに空へ飛び立っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なぁ、マールはん。セクレタはん。どないしたん?」
ソファーの上で、頭を羽根の間に挟みこみ、小刻みに震えているセクレタを見て、カオリはマールに尋ねた。
「もう…恥ずかしくて恥ずかしくて…こんな恥ずかしい思いしたことがないわ… 私、恥ずかしすぎて死にそうだったのよ…… それに…あの書店… 気に入っていたのに… もう二度と行けないわ…」
セクレタがさめざめと震えた声で言う。
「どうやら、あの人達の本の買出しで、かなり恥ずかしい思いをされたようで…」
「かなりなものじゃないわ。あんな恥ずかしくて、惨めな思い、私以外に誰もしたことないわよ…」
「あぁー セクレタはん。あいつらのエロい本を買いに行かされたんやな… そらご愁傷さまやで…」
「私もどうやって慰めたらよいものやら…」
「そやなぁ~ そやけど、セクレタはん。うち、不思議に思うんやけど…」
「……なに…かしら……」
「なんで、幻術使わへんかったん?」
「…あっ…」
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