第26話 ここは異世界であって、強制労働施設じゃないよな
気が付けば…オレ達は地の獄…!
どこかは分かっているが…
森林の跡地の底の底…
転生者達が巣食う 強制労働施設にいたっ……!
爆音と轟音を鳴り響かせながら、別の奴らが白い石灰岩の岩盤を砕く。
白い粉塵が舞い散る中、俺を含めた転生者が砕かれた岩石を籠に積め運び出していく。
運び出した場所では、また別の奴らがいて、流した汗に白い粉塵を張り付かせながら、必死に砕き、地獄の業火の様に燃え盛る焼成炉へ放り込んでいく。
『ハァハァ…』
俺は息苦しさにマスクをずらし、呼吸を整えながら、辺りを見渡す。
そこには…
熱気と騒音…
舞い散る粉塵…
留まる事のない汗による悪臭…不衛生…
地獄…そう…地獄そのものではないか!!
そして、なぜオレはここにいる⁉
どうして、ここで労働を強いられている!!
オレは地獄絵図を眺める傍観者ではなく、その地獄の一員である事に身震いする。
悪夢… そう、悪夢…
これが悪夢でなくて、なんだっ………⁉
再び魔法によって、白い粉塵を撒き散らせながら岩盤が砕かれる。
粉塵が先の見えない濃霧のように、採掘場所を覆い隠し、視界を遮る。
ゆるやかに粉塵の濃霧が拡散し、採掘された岩石の山が見えてくる。
そして、オレの周りの奴らが生気の無い足取りで、岩石の山に向かい、籠に岩石を詰めていき、オレも同じような生気の無い足取りでそれに続く。
ふざけるなっ……!
ふざけるなっ くそっ……!
オレは自分自身が他の奴らとなんら変わらない事に憤り、その憤りを岩石を籠に詰める事にぶつける。
『ピィィー!!』
採掘場に笛の音が鳴り響く。終業を告げる笛の音だ。
「採掘の仕事は、今日は終わりよ。皆さん上がってもらえるかしら」
採掘場の上でオレ達を見下ろす、セクレタ嬢の声が響く。
その声に皆、生気の無い乾いた笑みを少し浮かべた後、力ない蟻のように列を作って、採掘場上の更衣室へ向かう。
更衣室の中は男達で溢れており、皆、汗と粉塵と垢で汚れ切った服を脱ぎ捨てていく。
そして、服を脱ぎ捨てた後、奥の水場の方へ進む。
並べられた水瓶や桶から水を汲出し、身体に掛けたり、手拭いで拭ったりしながら、身体の汗や粉塵を洗い流していく。
「はい、これ」
オレの順番になり前に進むと、もう終わった奴から白い塊を渡される。
石鹸だ。そう、あの猪石鹸…
オレの前の奴は『いのししせっけん♪ よいせっけん♪』と、鼻歌交じりに使っているが…
何が良い石鹸だよ!
くせーんだよ! なんでニンニクまで入ってんだよ!
こんなんじゃ汗臭さ落とせないどころか、もっと臭くなる!!
誰だよ! こんな石鹸作った奴は!!
ってオレか…
オレは諦めて、猪石鹸で髪や身体を洗う。
人間って奴は、なんでも慣れるもので、洗っている最初の内は臭くてたまらないが、段々慣れてきて気にならなくなる。
まぁ、気にならないのは本人だけで、マールたんやセクレタ嬢、カオリン達が俺たちと会うときは、出来るだけ口で息をしている事は知っている。
たまに、その表に出ない心遣いが胸に刺さる事はあるが…
泡と水を手拭いで拭った後、着替えの置いてある場所へ向かう。
毎日毎日、同じ服だ。こう同じ服だと、別に見窄らしい物ではないが囚人服のように思えてくる。だが、洗濯されたばかりの服は、着ると清々しさをもたらし、少しいい気分にさせる。
着替えを終え、扉の潜り更衣室の外へ出る。そして、道を挟んだ向こう側、館の敷地内にある豆腐寮へと足を進める。
何やってんだオレ…
異世界に来てやりたかった事は、こんな事では無かったはず…
いっそ逃げ出して、自由に…そう自由に生きる!
そして、自由に生きて、やりたい事をやるんだ!!!
しかし、オレの頭にふと疑問が浮かび上がる。
やりたい事?
やりたい事って、なんだ?
そんな事を考えて歩いていると、豆腐寮がすぐ目の前まで近づいてくる。
「お仕事、お疲れ様です!」
可憐で優しい声が、オレの頭を突き抜ける。
オレはその声に頭を上げ、声の方に向き直る。
そこにはマールたん!
マールたんが慈愛に満ちた女神の様な笑顔でそこにいた!!
そうだ!そうだよ!分かった!
オレはこの笑顔を守りたいんだ…
守りたい…この笑顔を…
「お仕事、大変でしたよね。お怪我とかされていませんか?」
あぁ!!なんという、慈悲と慈愛に満ちた言葉なんだ!
地獄の底で這いずり回る、ゴミクズの様な俺たちを、労わってくれるなんて
マールたん… 彼女は労わる価値の無いオレたちに、光をもたらす存在…
オレはその慈愛の女神に縋りたく、一歩足を進めるが、オレとマールたんの間に、すっと人影が割って入る。
「お疲れ様ね。これが今日の給金よ」
セクレタ嬢がオレに給金と明細を手渡し、オレは現実へ引き戻される。
そうだ金だ。金を稼ぐためにオレは今日、汗まみれになりながら働いていたんだ。
オレは給金と明細を確かめる。
大銅貨9枚と銅貨1枚。これがオレの今日の労働の対価だ。
これがどれぐらいの価値があるのか、また対価として多いのか少ないのか全くわからない。
明細をみる。そこには、一日の給金が一万五千と掛かれ、それからオレ達が仕出かした被害の金額が分割で差し引かれる。そして、最後に残る金額が九千百と書かれてている。
どうやら、この大銅貨が千の価値があり、銅貨が百の価値があるようだ。
でも、これだけでは何が出来るかさっぱり分からない。
「あちらに購買部を用意しているから、そちらで必要なものを買うといいわ」
セクレタ嬢がオレに声を掛け、購買部を指差す…いや、羽指す。
そこには台の上に様々な商品が置かれ、人混みができている。
オレは近づいてその様子を窺う。
「はいはいはい…! 大銅貨一枚大銅貨一枚」
「大丈夫、大丈夫。たくさんあるから…! なくならないよ…!」
大鍋に人が群がっている。味噌汁の匂いだ!
オレは売り場の後ろに掲げられた価格表を見る。
味噌汁1000、TKG1000、ポテチ1500… ちょっと高くないか?
しかし、その他の日用品はそこまで高くはなかった。どうも、日本食が係るものだけが高い様だ。
その他に、ここで直ぐ買えないような物の大体の相場が書いてあった。
どうも注文して、館の人が買ってくるそうだ。
オレは項目を眺めながら、こんなものもあるのかと、好奇心で眺めていく。
そこでふと、一つの品に目が付く。
本 50000。
五万? 五万って高すぎだろ! どうもこの世界は出版物とか紙とかが、オレ達の世界と比べて貧弱なのであろう。オレは馬鹿馬鹿しいと思い、視線を外すがある思いが頭を過る。
本があるということは…あの本もあるのか…
オレはごくりと唾を飲み込む。
確か、ここに無い物は、詳細に書き込めば探して来てくれるとあった。
だったら試す機会はあるんじゃないか? どうせ無くても金が消えるわけではない。
リスクが無いなら、試す価値はある!
しかし、5万か… 六日貯めれば、その希望に手が届く!
オレはギリリと拳を握りしめ決意を固め、その場を立ち去ろうとする。
そこへセクレタ嬢が器を持ってオレの前に現れる。
「わたしのおごりよ。お金はいらないわ」
手の中にはチンチンに温まった味噌汁があった。
セクレタ嬢…ありがてえっ……!
味噌汁は香りと湯気をあげながら、汁の中でゆっくりと味噌の粒子が波打っている。
豆腐とワカメは入っていないが、まさしくあの懐かしい日本の味噌汁だ!!
オレは震える腕で、ゆっくり味噌汁を口元に引き寄せていく。
口のすぐ手前まで、引き寄せると、味噌汁の香りが一気に鼻腔の中を攻め立てる。
コクリ…
オレは一口含む。
ゴキュ!ゴキュ!ゴキュ!かぁ~!!
うますぎるっ! 犯罪的だ!! 涙がでる!
こんなにオレとオレ自身の身体が日本食を求めているとは知らなかった。
やべぇ! 我慢出来そうにねぇ!!
そこへ、TKGやポテチの香りが漂ってきた。
気が付けば、オレは日本食を買いあさり、豪遊していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねぇ~ セクレタさん」
「なあに? マールちゃん」
「食べ物ぐらい、無料にしてあげましょうよ」
執務室のソファーに座って、目の前に座るセクレタさんに私はそう告げる。
「だめよ、マールちゃん」
「何でですか? みなさん、あんなに喜んで食べてましたよ? それを見るとなんがか気が引けて…」
「マールちゃん。人はね働かなくては手に入らない物が無くては働かないの。それにちゃんと三色の食事は無料で出しているでしょ? だから、あの人たちがやっているのは贅沢なの。 味噌も醤油も油も高価な物だから仕方ないわ」
「まぁ、そうですけど… ちょっと可哀相で… それにあれもなんとかなりませんか? 洗脳でもしているようで、心が痛みます」
「あら、マールちゃんは演技でやっているの?」
「いえ、そんな事はないですよ。見ていて大変なのはわかっていますから」
「それにね…」
「なんですか?」
私は尋ねる。
「仕事で疲れた男を、笑顔で迎えるのが女の仕事よ」
そういってセクレタさんが微笑んだ。
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