第24話 男達の日本食四天王

 豆腐寮の中、その一室に五人の男達が集まっている。


「皆、集まったか?」

「あぁ、シンゴ」

「今日という日を逃す手はないぜ」

「だな」

「俺はもう待ちきれない」


最初に声を出したものがふふと笑う。


「慌てるなよ。ツヨシ。こいつは逃げやしないぜ」


そう言って男は一つの瓶を取り出す。


「ようやく、完成したんだな…長かった…マジで長かった」

「泣くなよタクヤ…俺も泣いちまうだろ」

「いいだろマサヒロ。こんな日ぐらい」

「だな」

「ははっ、ゴロウはいつもだなだけだな」


「で、皆はちゃんとそれぞれの物を準備してんだろうな?」


そう言って周りの者を見渡す。


「もちろんだぜ!シンゴ」

「マサヒロは…」

「ちゃんと鶏舎から玉子を持って来たぜ」

「タクヤとゴロウは」

「あぁ、俺とゴロウの二人で小麦をチネって米を作った」

「だな」


シンゴはうんと頷くと最後の一人に向き直る。


「ツヨシ」

「あぁ、二人から受け取った米を俺が炊いてきた。見てくれよ」


そういってツヨシはお櫃を出す。


「すげー!小麦で作った米がちゃんと立ってやがる!」


開け放たれたお櫃から湯気が立ち上がり、艶やかに立ったご飯が見える。


「うむ、タクヤ・ゴロウ・ツヨシの米にマサヒロの玉子。そして俺の醤油で…」

「玉子かけご飯!!」

「そう待ちに待った玉子かけご飯!!」

「略して!!」


「「「「「T・K・G!!!」」」」」


五人合わせて叫ぶ。


「もう待ちきれないぜ!早く食わせろよ!」

「慌てるなよ。タクヤ。ツヨシ、ご飯ついでくれ」

「おう!そら受け取れ」


ご飯が皆の目の前を横切りシンゴに渡される。


「マサヒロ。玉子だ」

「おうよ!」


玉子がシンゴに手渡され、コンと茶碗の淵で叩かれ、皆の見守る中、つるんと玉子が注がれる。


「そして、最後に俺の醤油を…」


キラキラと光沢を放つ卵の黄身の上に、シンゴの琥珀色をした醤油が垂らされる。

皆はゴクリと唾をのむ。


「うぉぉ!!もう我慢できねぇ!!ツヨシ!マサヒロ!メシと玉子渡せ!!」


タクヤは奪い取るようにご飯と玉子を受け取り、醤油を掛けて猛烈な勢いで掻きまわす。


「はは、タクヤ。TKGは逃げないぜ」


ゴロウもご飯を受け取り玉子をかける。


「おい、ツヨシ俺にも早くご飯を」

「みんな気がはえーな。ほらよマサヒロ」


「タクヤ!!どうしたんた!!」


シンゴの声に皆がタクヤの方を見ると、タクヤはTKGを摘まんだ箸をくわえたまま、ポロポロと涙をながしていた。


「なんちゅもんを…」


タクヤの様子に皆が静まりかえる。


「なんちゅもんを食わせてくれたんや… こんな旨いTKGは食べたことない…」


その様子を伺っていた、シンゴ、マサヒロ、ゴロウは自分たちも一気にTKGをかき込み始める。


「うぉぉぉぉ!うめぇぇ!」

「マジうまい!めちゃうまい!!」

「だな!!!」


四人は猛烈な勢いでTKGをかきこむ。


「くそ!みなで先に食いやがって!おい!マサヒロ!玉子渡せよ!!」

「マジTKGがとまんねぇ!!!」


マサヒロはツヨシに玉子を渡すことを忘れて食べ続ける。

そこにカランと箸を落とす音がする。


「どうしたタクヤ?」


突然の事に皆の視線がタクヤに集まり静まり返る。

タクヤの顔は苦痛で青くなり、腹からぎゅぅうぅぅと大きな音が鳴り響く。

次の瞬間、タクヤは雄叫びをあげ、部屋の扉を開け放ち、この部屋の前のトイレに駆けこむ。

そして、その様子を見守っていたシンゴ、マサヒロ、ゴロウの腹もぎゅるぅうぅと大きな音をたてる。

自分たちにも同じ危機が訪れていることに気付いた三人はすぐに立ち上がりトイレへ駆け出そうとする。

しかし、シンゴだけが足がもつれて転び、その間にマサヒロとゴロウがトイレに飛び込んだ。


それは三室しかない大便器が塞がれた事を意味する。


その様子を目の当たりにした力なく崩れ落ち横たわる。


「シンゴ!!」


「す、すまねぇ…ツヨシ…」


「諦めんなよ!!シンゴ!!」


ツヨシは側に駆け寄りその手を握る。


「お、俺は…もう駄目だ…長くはない…」

「そんなこというんじゃねぇ!!!」

「いや…自分の… ぐっ! 体の事は…自分…自身が…よく分かるさ…」


シンゴは血の気の引いた顔で、肩で息をする。


「ツ、ツヨシ…最後に俺の…話を…聞いてくれるか?…」

「あぁ、聞いてやるよ…聞いてやる!」

「お、俺さ…チェリーなんだよ…」

「それがどうしたんだよ!今話す事なのかよ!」


「黙って聞け!!」


シンゴは血の気の無い顔であっても、ギラリとした瞳でツヨシを睨み、その胸元を掴む。


「あぁ…分かったよ…」


ツヨシは気圧されて答える。


「俺は…前世で…チェリーを捨てたくてさ…デリバリーを…うっ!!」

「大丈夫か!シンゴ!」

「あぁ、大丈夫だ… それで…デリバリーを頼んだんだ…」

「…」

「でさ…やっぱ…初めては…理想の…おんなが…いいよな…」


シンゴが肩で息をする。


「あぁ、そうだな…俺も初めては理想の女がいい…」

「はっ!やっぱり…お前もチェリーなのかよ…」


シンゴは力なく笑う。


「あぁ、そうだよ。俺もチェリーだよ…」


ツヨシも力なく笑う。


「そ、それでさ…最初にき、ぐっ!! き、来た女が…ババアだった…」

「…ババアはきついな…」

「あぁ…だから…チェンジ…してやった…」

「俺でも、そうする…」


ツヨシは頷いて同意を示す。


「次に来たのが…ぐっ!! ブスだ… もちろん、チェンジだ…」


シンゴの額に脂汗が流れる。


「でさ…その次に来たのは… デブだ… チェンジするしかねぇだろ?」


シンゴは苦しみに悶えながら、同意を求めるように引きつった笑みを浮かべる。


「でさ…その次に何が来たと思う?…」

「…ヤクザだろ?…」


ツヨシは静かに答える。


「よ、よく分かってるじゃねえか…そうだ…うっ!」


シンゴはぐっと痛みを堪えながら言葉を続ける。


「じ、女装したヤクザが来やがった…」


「な、なん…だと⁉」


ツヨシはシンゴの言葉に驚愕した。


「そしたらよ…そのヤクザ…なんていったと思う?…」

「わかんねぇよ…」


「ぱ、パンチパーマのヤクザがよ…涙目で…心は乙女だから!心は乙女だから!って、

2度言うんだぜ…笑っちゃうよな…馬鹿野郎だよな…」


「あぁ、馬鹿野郎だよ…で、お前はどうしたんだよ…」

「お、俺か…ぐっ! 俺は…か、金を渡して…ヤクザを…返してやったよ…」


「お前も大馬鹿野郎だよ!!!」


「ははっ…そ、そんなに…怒鳴るなよ…でもさ…俺は思ったんだよ…」

「なにをだよ…」

「こ、これはチェリーを…す、捨てようとした…神様って…奴の…天罰だと…」

「…」

「だから…お、俺は…チェリーで…ある事を…守らないと…いけないって…」

「いや…そんな事…ねぇよ…」

「だが…俺は…もう駄目だ…長く…持たねぇ…」

「そんな事、言うなよ…シンゴ…」

「やべぇ…目が…霞んで…来やがった…最後に…お前に…託す…」


シンゴの目の焦点がぼやけてきている。


「なにを…託すんだよ…」

「ち、チェリーを守り…通す事だ…」


「そんなもん、託すんじゃねぇ!!」


「つ、ついに…終わりの…時…が…来やが…った…」

「やめろよ! シンゴ! 託すんじゃねぇよ! シンゴ!」

「お、おれ…たち…ズッ…友……」


「シンゴォォォォォォォォォォォ!!!!」


「あんたら!!なにやってんの!!!」


突然のカオリの言葉に、先程まで、自分たちの世界に浸っていた二人が驚く。


「なに戦場の死に分かれごっこやってんねん! トイレあいたし、はよ!いっといで!!」


カオリの言葉に先程まで、死にかけていたシンゴは起き上がり、トイレに飛び込んでいく。そして、トイレの中からシンゴの凄まじい雄叫びが響き渡る。


「はぁ~ ほんま、あほちゃうか…アメシャちゃん。そこの腐った豆の汁、回収しといて」「わかったにゃん!」


アメシャは醤油らしき瓶を回収し、カオリに手渡す。


「消毒もしてへん生卵に、素人が作った腐った豆の汁の醤油もどきかけたら、お腹こわすにきまってるやろ」


呆れたカオリの言葉に、部屋に残されたツヨシは項垂れる。


「これに懲りたら、もうあほな事したらあかんで。ほな、アメシャちゃん」

「にゃん!」

「ここは撤収や」

「にゃーん!」


カオリとアメシャが立ち去り、そして、ツヨシただ一人が残される。


「なんだよ…」


ツヨシは呟く。


「なんだよ」


ツヨシは声をあげる。


「なんなんだよぉぉぉぉぉ!!!」


ツヨシの叫びが豆腐寮に響き渡った…



 ここは豆腐寮のとある一室。

ツヨシの叫びが響く中、闇に蠢く男達がいた。


「醤油がやられたようだな…」

「ククク…奴は日本食四天王の中でも最弱…」

「腹痛ごときに負けるとは、日本食の面汚しよ…」

「だが…」


男の一人が一つの壺を取り出す。


「この日本食四天王最強の味噌の前では、腹痛などものの数でもないわ!!」

「味噌の恐ろしさ!とくと見せてくれる!!」

「ククク、首を洗って待っているがよい!!」


男達がはははと笑う所にバタンと扉が開かれれ、カオリとアメシャの姿が現れる。


「「「あっ」」」


「アメシャちゃん!確保!」

「にゃーん!」



「と言う事があったんや~ ほんまあいつらあほやろ?」

「はぁ」


マールは呆れた声で返す。


「でも、まぁ、気持ちは分からない事もないですね。私も帝都にいた時は、ここの料理が恋しく思いましたから」

「えっマールはんもそんな事あったんや」

「ええ、だから、ちょっと可愛そうですね…なんでしたら、醤油と味噌を取り寄せましょうか?」

「えっ? 醤油と味噌あんの?」


マールの言葉にカオリが固まる。


「ええ、ありますよ。前のポテチとマヨの時もそうでしたけど、ここの人達以外に転生者がいるようで、その人が開発して売っているんですよ」

「えーそうなんや…マールはん。うちも納豆お願いしてええかな?」


カオリが上目遣いでお願いする。


「はい。わかりました。よろしいですよ」


マールは笑顔で答えた。

 

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