第23話 信じて送り出したサツキとメイが

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


私は机の上に倒れ伏し、長い、ながぁーい溜め息をしていた。


「マールはん。肺活量でも計ってんの?」

「違いますよ」


声を掛けてきたカオリに、私は頭をあげて答える。


「でも、気持ちは分かるわよ」


セクレタさんが書類をまとめたり、お金を数えたりしながら答える。


「はぁぁぁぁぁぁぁ」


私は再び、溜め息をする。


「溜め息してもしゃあないやん」

「溜息もつきたくなりますよ…サツキが辞めちゃったんですよ」

「せやなぁ、サツキちゃん、辞めてしもたな」


カオリは手にあるカップの中を見つめる。


「なんかあった時は助けとったけど、うちが先日、アメシャちゃんを豆腐寮に案内した時には、ボロボロやったからなぁ…」


カオリが少し悲しく、そして残念そうな顔をする。


「そうですね。頭撫でられすぎて、いつ見ても髪が乱れていましたからね…」


整える度に頭を撫でられていたサツキの姿が思い出される。


「そやそや、頭で思い出したけど」


カオリが顔を上げ、こちらを向く。


「アメシャちゃんが来た時に、うち見てもうたんや」

「何をですか?」

「サツキちゃんの頭…小さなハゲがあった…」

「えぇぇ!!」


私は驚きのあまり立ち上がる。


「撫でられすぎてか、ストレスかは分からんけど。もうあの時には限界になっとったかもしれんなぁ…」


その話に私はそのまま、ガクリとテーブルに手を付く。


「サツキがそこまで酷い状況だったなんて…どうしましょう…」


自分の声が震えているのが分かる。


「マールはん…」

「サツキは小さい頃は一緒に遊んだ事もありますし、ちょっと妹が出来たみたいにも思ったことがありました… メイドとしてもハウスメイドからパーラーメイドが出来るようになってきたの…」


サツキとの色々な思い出が思い出される。


「そうかぁ~サツキちゃん、けっこう凄いメイドやったんやなぁ… でけたら戻ってきて欲しいなぁ」


カオリもせつない思いを漏らすように言う。


「私も戻ってきて欲しいです…」


私も呟くように口にする。


「そうね、戻ってきてくれるといいわね…はい、マールちゃん」


そう言って、セクレタさんは書類と小袋を私の前に置く。


「セクレタさん、なんですか?これ?」


私は目の前に置かれた、書類と小袋を手に取りながら尋ねる。


「退職の書類と今までの給金よ… 私が届けようと思っていたけど、マールちゃんもサツキの事が心配なんでしょ?」


私は大きくうなずいて答える。


「では、鉄は熱いうちに打てと言うから、早速行きましょうか。日をあけると戻りにくくなると思うわ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 私はカコカコと軽快に鳴り響く馬車の中にいた。

しかしながら、軽快な馬車の音とは裏腹に私の心の中はひどく重いものであった。

戻ってきて欲しいとは言ったものの、どうやって説得するのか?


私の専属にする?


いやいや、今の当家の経済状況ではそんな贅沢な人の使い方はできない。


では、豆腐寮に関わらせない?


 それも無理だ。あの人達は館の方にも来て、結構うろうろしている。

結局、何も状況を変えてあげる事ができない。


 私は自分自身の目が死んだ魚の様になっていくのを感じた。私は助けを求めるようにセクレタさんに視線を向ける。その私の視線に気が付いたセクレタさんは私に一言、声をかける。


「頑張ってね」


 これは期待されているのであろうか、それとも領主として越えなければならない試練を課せられているのであろうか…


 セクレタさんの顔からは、その答えは読み取れない。そんな事を考えているうちにサツキとメイの家に辿り着いた。



 私とセクレタさんの二人は家の扉の前に立つ。

扉を前に、家の方にどうやって話すか考えると、身体がこわばる。


「マールちゃん。表情が硬いわ。笑顔よ笑顔」


 セクレタさんの忠告に私は少し強張りながら笑顔つくり、扉にノックする。

誰が出迎えてくれるのだろうか…メイやサツキなら安心できるのだが… そう考えていると家の中から物音がし、段々近づいて来て扉がゆっくりと開かれる。その隙間に一瞬、メイの姿が見える。


「あっ!?」


しかし、すぐに閉められる。


「メイ、どうしたの? お客さんでしょ?」


扉の向こうからサツキの声がする。そして扉に足音が近づいてきて再び扉が開かれる。


「あっ」


また、すぐに扉が閉められる。私はどうすべきか分からず、セクレタさんに向き直る。


「また、足音が聞こえてくるわよ」


 セクレタさんがそう言うので、扉の向こうに意識を集中すると、再び足音が聞こえてきて、再び扉が開かれる。それはメイとサツキの父親のタッツさんだった。


「こ、こんにちは…」


声がうわずる。


「私は、マール・ラピラ・アープです…」


なんとか名乗る事が出来た。


「あぁ マールお嬢様かい?」


タッツさんは私が誰であるかを分かると眉を顰め、少し顔を反らす。


「あの…サツキさんとメイさんの事で…」


 私は絞るような気持ちで要件を伝える。タッツさんは顔伏せ、暫く考え込んだ後、中に案内する。私とセクレタさんは食堂兼居間に案内される。そこにはメイとサツキの姿は見えない…どうしたのであろう。


「こんな状況なので、何もお構いできませんが…」


 タッツさんが重い口調で話す。なんとなく話を切り出しにくい状況であるが、しかし、貴重なメイドであるサツキやメイを失う訳にはいかない。私は意を決して、口を開こうとする。


「あの…」


しかし、先に口を開いたのはタッツさんだった。


「あの…サツキとメイは何があったのでしょうか? …お館で、何があったのしょうか?」


まずい、先手を取られてしまった。


「初めにメイが帰ってきました。帰ってきてからずっと部屋に引きこもったままでしたが、最初はお館で粗相をして帰ってきたものと思っていました…」


タッツさんは困った顔をして話し出す。


「そして、次に帰ってきたのがサツキだった…髪も乱れ、顔も疲れ切っていて、私の顔をみるなり、飛びついて泣きじゃくっていたんです… あの我慢強いサツキがですよ⁉」


私はタッツさんの言葉に、テーブルの下で拳を握りしめる。


「それ以来、サツキもメイも帽子を被ったままです。そして、その理由を私に話そうとはしません。一体、二人に何があったのでしょうか…」


 あぁ、これはカオリの話していた事だ… おそらく、ストレスで二人とも頭の毛が抜け落ちてしまったのであろう… 年頃の女の子なのに、私は酷いことをしてしまった。


「後、二人は褒めてもらう時に頭を撫でてもらうのが好きだったのですが、ここ最近は、手を伸ばすだけで肩をビクつかせます…」


 これも転生者の『撫でポ』というのも影響であろう… これはちゃんと説明しなければ、タッツさんに要らぬ誤解を与えてしまう。


「あの…ですね… 現在、当家には異国より来られた男性の方が100人も滞在されておられます…」


「100人もですか?」


 タッツさんは少し目を丸くする。こんな辺境の地、訪問者自体が珍しいのに100人もいるのだ。驚くのも分かる。


「その方々がですね… 奇妙な習慣をお持ちの方で、気に入った女の子に、他人からは不気味としか思えない笑みを浮かべて、頭を撫でにくるんですよ…」


「あぁ… それで、私の撫でようとする手を恐れるのですね…」


 タッツさんは顔に手をやり項垂れる。元気づけようとして撫でる行為自体が再び二人を追いつめていたからである。


「二人はメイドと言う立場ですので、いやいやながらも、その行為を我慢していたようなのですが、それが精神的な負担となって、噂によると、頭の毛が抜け落ちてしまったとか…」


「なるほど…二人が帽子を脱がないのはその為ですか…」


タッツさんはそう言って、自分の髪の毛を触る。


「私がもっと早くに気が付いて、すぐに彼女たちを守る手段を取れば良かったのですが、何分、人手が足りず、二人に我慢をさせてしまいました… 大切な娘さんをお預かりしていたのに大変申し訳ございません!!」


私はタッツさんに深々と頭を下げる。


「いえいえ、マールお嬢様、頭をお上げください! 仕事というものには色々と負担がかかるもの… 今回の話では、悪意から来るものではなく、好意からくるものだったのでしょ?」


「えっ はい、そうです… ただし、やはり100人からの好意となると…」


「あぁ、確かにそうですね…」


 二人とも押し黙る。やはり100人の相手、しかも今までにない習慣である。馴染みが無く、また断れない立場の二人にとってはやはり、多大な負荷であったのだろう…

私はそれ以上、何も言えなくなってしまう。


 そこへ私の肩にセクレタさんの翼が、もう投了しろと言わんばかりにかけられる。そして、選手交代の様にセクレタさんが進み出る。


「タッツさん、二人の心には時間が必要だわ。でも、今は必要な事をしましょう」


そういって、セクレタさんはタッツさんの前に書類と小袋を置く。


「二人の退職の書類と、再就職する為の紹介状。あと今までの給金と心付けよ」


タッツさんは書類と小袋を見て項垂れる。


「すぐに二人が館に戻るのは無理ね。ゆっくり心を癒すなり、別の生き方を見つける事が必要ね… なにか必要な事があれば言ってくれればいいわ、強力するから」


「そうですか… 折角のメイドのお仕事を頂いたのに申し訳ございません。また、お気遣いの程、ありがとうございます」


 タッツさんは複雑な思いの顔をする。この辺りでメイドの仕事は破格の給金であり、自慢できる仕事でもあった。そんな二人の娘を持つタッツさんにとっては、さぞかし自慢であっただろう。しかし、突然、二人ともメイドを辞めることになってしまったのだ。


「それでは私たちはそろそろお暇いたします。二人によろしくとお伝えください…」


 そして、私はセクレタさんに促され、タッツさんの家を出た。最後に扉の隙間からサツキとメイが私に頭を下げる姿が見えた。彼女らなりの詫びなのであろうが、謝るのは私の方である。ごめんなさい…二人とも…


 その後、サツキを失った館は若いメイドが次々と辞めていき、その噂により、メイドの応募はピタリと来なくなってしまった。


あぁ、どうしてこうなった…




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