第19話 俺たちの現代知識チートは留まる事しか知らない

 次の日、館の大会議室には転生者達がそれぞれ、手に荷物を持ち、事が始まるのをまだかまだかと待っていた。


「なんですか?カオリさん。私これでも忙しいんですよ」

「まぁまぁ、ええもんあるからマールはん」

「ちょっとした息抜きよ」


三人の声が次第に外の廊下から近づいて来て、上座の出入口からその姿が現れる。

その姿に転生者達から歓迎の拍手が送られる。


「な、なんですか⁉これは?また私にいけずをするつもりですか!?」

「いけずって…そんなことあらへんで」

「そうよ。今日は貴方を喜ばせる為だから」


二人は怪訝な表情をするマールを上座の席に座らせる。


「準備でけたし、ほな始めてくれる?」


カオリの声に転生者達の中から代表者がすっと立ち上がる。


「本日は忙しい中、貴重な時間を我々の為に割いてくれてありがとう。マールたん」

「えっ?私何も知らされずに連れてこられただけなんですけど…たん?」

「しっ!黙って聞いとき」

「見ていれば分かるわ」


カオリとセクレタが沈黙を促すがマールは続ける。


「えっ?何をするつもり何ですか?あの人達」

「ははは。あの人達なんて他人行儀な呼び方だな。俺たちの事はパパでもパパンでもパーパでも好きなように呼んでくれたまえ」

「え?なんですかそれは?選択肢があるようで無い、不快なものは…そもそも何が始まるんです?」

「今まで我々は愛娘であるマールたんに色々迷惑を掛けたからね、一杯お金を使わせたみたいだから…だから我々の現代知識チートを使って、一儲けさせてあげようと思う」

「具体的には何をするんですか?」

「我々の元の世界はね、ここより数百年…いや千年は科学技術がすすんでいるんだよ。だから、その進んだ技術の品物を作って売れば大儲けさ」

「ここより千年先って凄いじゃないですか!」

「まぁ、やり過ぎてはこの世界のバランスを壊しかねないので程々にしておくが」

「へぇー興味が出て来ました。早く見せて下さいよ」

「ふむ、なんだか別の意味に聞こえそうな言葉だが…いいだろう。ポロ…いや、では最初の者、前へ」



 代表者の呼びかけに数人の転生者が板の様なものを持って前に進む。


「俺たちの現代知識チートは最強だぞ」

「ふふふ、あとの奴らの出番がなくなるかもしれんな」

「バブ―」

「俺達の現代知識チートはこれ!リバーシだ!!」


バンと置かれた板には、縦横の線を引いてマス目がいくつも描かれており、その上に白と黒の駒があった。

マールは静かにそのリバーシを眺める。

暫く眺めた後、顔を上げ、提案者達を見る。


「なの、これは何に使うものでしょうか?」

「俺達の世界とは異なり、この世界は遊戯が少なそうだから、これはその一つだ」

「互いに白と黒の駒を挟むように置いて、挟んだ駒を自分の色にしていく」


提案者達は提出したものを使って実演する。


「そして、最後により多くの色を持っていた方が勝ちだ」

「どうだ、素晴らしいだろう!これで大金持ちだ!」


提案者達は自慢げな顔でマールの言葉を待つ。


「面白そうとは思いますが…これでどうやってお金を稼ぐんですか?」

「いや、これの知的財産権とか版権を商人とか売れば、すぐだろ?」


その言葉にマールは考え込む。


「もしかして、この世界には知的財産権とか版権の概念がないのか?」

「いえ、まぁ、あることにはあるんですが…」

「なにか問題でも?」

「そういった事は帝都でしか行っておらず、長い審査期間があって、登録料もかなり掛かるんですよ」

「そうね、そこまでしたら利益がでるまで大変かしら。それにこれは規制する程のものとは思えないし」

「あと宣伝広告を行わないと、面白さどころか何をするものかも分からないですよね」

「そうね、品物事態が単価も低そうだから、その広告費用の事を考えると厳しいかしら」


マールとセクレタの適切な指摘に提案者達が自身を失い項垂れていく。


「あっでも、せっかく皆さんが考えてくれたものですから、館の中で大会とか行ってあそびましょう」


マールは作り笑いで励ますが、代表者が視線で促し、提案者たちはリバーシを抱えて席に戻っていく。


「マールはん。ごめんな。でもまだあるし」

「いえ、別にきにしてませんよ」


マールは軽く返す。



「では、次の提案者達、前へ」


次の提案者達が大きな食品の器をもって、わらわらと大勢前に進む。


「ふふ、売り切って終わりのリバーシとは違い、俺たちの物は消耗品」

「この世界の食文化に革命を起こしてやるぜ!!」

「一度口にしてしまえば、やみつきになるのは間違いなしだからな」

「さぁ食らうがいい!俺たちの現代知識チートと食べ物チートの合わせ技を!」


だんだんだんとマールの前に幾つもの器並べられる。

そこには薄く切られて加熱処理された根野菜の様なものと、黄色いとろみをもった液体があった。


「へぇー、これもしかしてポチチじゃないですか」


マールは一枚摘まみ、口にパリッと音を立てながら食べる。


「えっ?、こっちにポテチあるの?」


提案者は驚きの表情で尋ねる。


「えぇ、私が帝都にいた時に、少しだけ頂いた事があります。こちらのソースはなんでしょ?」


マールは小さな匙で液体をすくい、ぺろりと味見する。


「あっこれマヨですね。これも帝都でほんの少しだけ頂いた事があります」

「私もすこしいいかしら… あら、ほんとうにマヨとポテチね」

「えっ?マヨネーズもあるの? セクレタさんも食べたことがあるだと?」


提案者達は動揺を隠せず、狼狽える。


「ど、どうする?」

「俺たちの優位性が…」

「いや、待て。まだ慌てるような時間ではない」

「何か方法はあるのか?」

「マールたんの口ぶりでは、まだ帝都しか普及していないようだ」

「なるほど、そこに俺たちのつけ入るチャンスがあると?」


相談をしている提案者達を横目に、マールはもう一枚ポテチを食べる。


「これ、帝都でしか食べたことがないので、こちらで食べられるようになるのは嬉しいですね」

「そうね、どうやって作るのかしら?」


二人の言葉に気を取り直した提案者が、意気揚々に語り始める。


「よくぞ聞いてくれた。先ずポテチだが、薄く切ったジャガイモを大量の油でからっと揚げて、塩を振るだけだ」

「えっ?油?」


マールは提案者の言葉に、ポテチを摘まんでいた指をこすり合わせて確かめる。

確かにすこし油でぬるぬるしていた。


「次にマヨだが、油と玉子を1対1の割合で混ぜて、それに酢や塩コショウで味を整えれば完成だ」


提案者はふふんと鼻を鳴らす。


「これも油?…」


マールはマヨの匙をとり、指で確かめる。確かに油分を含んでいる。

そして、並べられた容器に目を移す。

そこには両手で抱えられる大きさのものが、幾つも並べられている。


「あーたしかにポテチもマヨもおいしいけど、油多いから太るねん」

「確かに美味しいはずですよ…高価な油をふんだんに使っているんですから…」


マールの声は少し震えている。


「マールはん?」

「なんで帝都にしかない理由も分かりましたよ… こんな高価なものおいそれと口に出来ませんからね…」


マールの様子に、転生者達はまずい事態であることに気が付く。


「ここにあるものを作るのに一体どれだけの油をつかったんですか?…」


転生者達は互いに目を交した後、ぽつりと答える。


「厨房にあった一樽全部…」

「一樽…全部ですか… あぁ、一樽全部ですね。みなさんの世界の油の価格は知りませんが…ここでは油一樽の価格は、農夫一人の給金の数か月分になるんですよ… それを一樽ですか… あと、カオリさん…羽交い締めは結構ですので… 私、大丈夫ですから…」

「そうか…マールはん」


マールが席に座り、呼吸を整えるのを見て、マールのすぐ後ろまで来ていたカオリも自分の席に戻る。


「確かにすこし魅力的な商品ではあるけど、ここでは価格的に難しいわね。帝都に売り込むとしても、一週間の道のりが厳しいわ」


セクレタの言葉の後、沈黙が辺りを支配した。



「気を取り直して、次の提案者にいこうか」


代表者が場の空気を入れ替えるように言う。

数人の転生者達が手に白い塊を持って前に進む。

今回の提案者は先程までの自信に満ちた提案者達とは異なり、普通に落ち着いた様子だ。


「俺たちの提案するものはこれだ」


マールに白い塊を差し出す。


「これは…石鹸ですか?」

「あーやはりこの世界にもあるのか…先程までの様子からもしかしてと思ったが…」

「えぇ、ありますよ」


マールは石鹸を手に取り確かめる。


「洗濯に欠かせないものですからね… って!くさ!えっ! うわ!くさい! なんですか! うっ! この石鹸は! えっ! ほんとくさい! くっ! ちょっと! うぼぉぉ!」

「あかん!マールはんが女の子が口にしたらあかん声あげて、えずいとる!!」


マールは石鹸から手を放し、涙目になってえずきながら、座席から滑り落ちる。

そこにカオリとセクレタが駆け寄り、マールを支える。


「マールちゃん。大丈夫?」

「ちょっと…うっ! ちょっと…うぇ…」


まだ、えずきが止まらないマールの背中をカオリがさすり息を整えさせる。

その間、提案者は青い顔しながらマールを見守る。

暫くしてから落ち着きを取り戻し、マールは口にハンカチを当てながら涙目で尋ねる。


「一体、何を使ったら、こんなくさい石鹸になるんですか」

「えぇっと、猪の余った脂で…」

「そ、そんなもので石鹸を作ったんですか!くさいのは当たり前です!せめて塩析ぐらいはしたんでしょうね!」

「塩析って?」


提案者は問い返す。


「ちょっと!なんで私が塩析を知っていて、1000年先の技術を持っているはずの貴方たちが知らないんですか!それでも香草でも使えば少しはマシになったはずですよ!」

「いや、ちゃんと香草は使ったんだけど…ニンニクを…」

「そんなものを入れていい匂いになるはずないでしょ!」

「美味しそうな匂いになるかなって…」


その言葉にマールは項垂れて大きくため息をついた。



「えー気を取り直して、次が最後の提案者だ」


代表者が自信なさげに伝える。

しかし、代表者とは逆に自信に満ちた提案者が前に進み出る。


「やれやれ、真打は最後に登場するってね。今までの奴らは俺の引き立て役さ」

「えらい、あんた自信もっとるなぁ~」

「ふふ、俺が差し出す物を見れば分かるさ。さぁ見るがいい!!」


そういって提案者は、黒い板を取り出す。


「あっそれタブレットやんか」

「なんです?タブレットって」

「いいか、これが文明の利器だ」


提案者がタブレットに触れると、明かりがともり、鮮やかな絵が映し出される。


「えっ!凄いじゃないですか!光って絵が出てますよ!」


はしゃぐマールの声に、提案者は満面の笑みを浮かべる。


「それだけじゃないぞ、ほら」

「うわ!ここの館の絵がすごい!まるで本物みたい!私の絵もある!」

「次はこいつだ」

「わ!わわわ!可愛らしい絵の女の子たちが歌って踊ってる!これが1000年先の技術なんですね」


タブレットから女の子たちの歌声がながれ、その画面では踊っている姿がうつっている。


「これなら売れると思いますよ!それもかなりの値段で!食べ物じゃないから帝都に運んでいる間に腐る事はありませんから」


マールは瞳を輝かせてタブレットを眺めている。


「で、どうやってこれを作るんですか?」

「えっ?」


マールの問いに提案者が固まる。


「えっ自分がつくったんちゃうの?」

「いや…俺はここに来るときに持ってきただけだから…」


提案者は呟くように答える。


「えっ?これ作れないんですか?」


その時、タブレットに赤い電池の警告マークが映り、プツリと電源が落ちる。


「あれ?何も映らなくなりましたよ?」

「なぁあんた、ただタブレットを自慢しにきただけなん?」

「いや、そんなつもりは無かったが…結局は同じか…」


提案者は顔を伏せる。


「えっ作れないんですか?」


マールの問いかけに返事はない。


「で、これで終了なんですか?1000年先の技術っていうのは?」


マールの問いに、転生者達全員が目を反らす。


「技術を生み出すという事と、それを利用するだけという事は、全く別物と言う事ね…」


セクレタも小さくため息を漏らす。


「マールはん…堪忍やで…」


こうして、現代知識チート提案会はほとんど何も得ることはなく終了した。



 残った食材は転生者達全員でも美味しく頂き切る事ができなかった。

また、暫くの間、転生者達の衣服から猪の臭いがしたという。


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