第18話 夢見る少女でしかいられない

 次の日。

ミズハラ・カオリは執務室にいた。


「あははは♪ あははは♪ あははのは♪」

「なぁ、セクレタはん」

「なにかしら?」


セクレタは静かにカップを持ち上げる。


「今日もお天気♪ お空も真っ青ぉ♪」

「いや…なんていうか…」

「どうしたのかしら?」


カップのお茶を一口含む。


「大きな雲は♪ クリームみたい♪ とってもとっても甘いのよ♪」

「ん~聞いてええんかなぁ?」

「なにを聞きたいのかしら?」


セクレタはお茶の香りを楽しむ。


「おなかいっぱい満たされて~♪ 夢もいっぱい満たされる~♪」

「えっと、マールはんどないしたん?」


セクレタはカップの中を見つめる。そして窓の外に目を移し、遥か遠くを見つめる。


「嫌な事を聞くのね…」

「いやいや、聞かなあかんやろ。マールはん。夢見る少女通り越して、頭がお花畑の少女になっとるで」


セクレタは視線をカップに戻して俯き、小さく肩を震わせる。


「だって、私には彼女をどうすることも出来ないの…ただ彼女を見守る事しかできないの…」

「そやけど、なんとかせなあかんやろ…具体的に何があったん」


セクレタは暫く押し黙った後、ぽつりぽつりと語りだす。


「昨日の事があるでしょ?」

「あー あそこまだ燃えとるな、あいつら加減を知らへんなぁ~」

「そして、今日、猟友会からの請求書を渡したの…」


その時、先程までくるくる回っていたマールがバタリと倒れこむ。


「マールはん!」

「マールちゃん!」


セクレタとカオリは同時に叫び、マールに駆け寄る。


「大丈夫?マールちゃん」

「…どうして…どうして私を止めてくれないんですか…」

「なんや、正気に戻ったんかいな。自分で回っとったんやろ?」


二人に支えられるマールは小刻みに震える。


「あんなものを見れば…回りたくもなりますよ…それよりも…もっと私を心配してくれてもいいじゃないですか…」

「ちゃんと心配していたわよ。マールちゃん」

「そやで、ちゃんと心配しとった」

「じゃあ、なんで私が馬鹿みたいに回っているのを止めてくれなかったんですか…」


カオリはうわぁ、めんどくさと思ったが、堪えて慰めるように笑顔作る。


「いや…その…大丈夫そうに見えたから」


そういってカオリは苦し紛れに鼻をかく。


「大丈夫な訳ないでしょ! なにが今日もお天気♪ですか! 私の心は大雨ですよ! なにがとってもとっても甘いのよ♪ですか! 私は辛酸を舐めまくっているんですよ! こんな私を心配して…もっと優しくしてくれてもいいじゃないですか… 優しくしても罰はあたりませんよ… あぁ、なんで私ばかり不幸になっていくの…」


そう叫んでマールは両手で顔を塞ぐ。

セクレタも胸の内で心底面倒な事になったと思ったが、表向きは労りの仕草をする。


「猟友会の人から、昨日壊した魔法道具の凄い金額の請求書が来たんです…私の行くはずだった学院の学費と生活費、そして母が積み立ててくれていた私の結婚資金を補填しても、到底足りない金額ですよ…」


二人は腫物に触れるような仕草でマールの言葉を聞き続ける。


「でも、昨日のあの人たちの悪魔の所業を見たら…もう私どうしたらいいか…」

「分かった。マールはん。うちがなんとかしたるから。あいつらに言うて叱ってくるから」

「マールちゃん。あったかいお茶でも飲んで気を静めましょう」


セクレタがマールをソファーに座らせ、お茶を差し出す。

するとカオリが扉の前でセクレタを手招きする。

そちらに向かうとマールには聞こえない小声で喋る。


「うちがあいつら叱ってなんとかしてくるから。セクレタはんは、マールはんの事頼むで」


その言葉にセクレタは少し眉を顰め、マールを振り返る。

マールは少し涙目になりながらお茶を飲んでいた。


「分かったわ。マールちゃんは私が見ているから。あの悪魔達の事はお願いね」

「セクレタはんも悪魔って…まぁ、実際そやな。分かった行ってくるわ」


二人は頷くと行動を開始した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 静まり返る大会議室。その上座の檀上にカオリはいた。

そのカオリの目前には、カオリの発言を待ち構え、沈黙を守る転生者達がいた。

その沈黙をカオリが破る。


「あんたら、ちょっといい加減にしぃーや!どんだけマールはんに迷惑掛けてるとおもてんの!」


カオリは皆の顔を見回す。


「あんたらのせいでな、マールはん。面倒くさそうなそううつ状態になってしもとる…」

「いや、そんな状態にするつもりでは…」


小声で反論がでる。


「なにがそんなつもりやねん。ええ歳こえたおっさんが、あないな若い娘を困らせて、恥ずかしゅうないんか?」


カオリの言葉にむっとした一人が声をあげる。


「別に人にケガさせた訳でもなし、館を壊したわけでもなし、まぁ、森林はなくなったけど、それほど大した事していないだろ」

「あほか。大した事あるわ! あんたらが密猟した猪代やら、壊した魔法道具代とかいくらすると思てんねん!」

「やれやれ、いくらするって言っても税金から支払われてんだろ?」


別の転生者がへらへらと言う。


「何言うてんねん!! 全部マールはんの財産からに決まってるやん!!」

「だからそれが税金なんだろ?」

「ちゃうわ、あんたらここの常識ちゃんと勉強してへんから知らんだけで、税金は税金。ここの家はここの家で分かれとんのや! 自分で魔法道具壊しといてようそんなんいうなぁ!」

「お、俺じゃないから!べ、別のやつだから!」


転生者はたじたじに返す。


「あんたら、紛らわしいねん。似たような顔しとるし、同じ髪形しとるし」

「いや、それお前もじゃん」

「あ?」

「いえ、なんでもないです」


転生者はカオリに気圧されて黙り込む。


「あんたら遊園地に来た子供みたいに浮かれとる見たいやけど、もうちょっと分別ある大人の行動できんか?中身おっさんやろ?」


他の転生者達もカオリの言葉に皆が押し黙っていく。


「マールはんはなぁ、あんたらの仕出かした事の為に、亡くなったマールはんのおかあちゃんの貯めとった、大事な、ほんまに大事な学費やら結婚するときの資金を使わなならんのや」


転生者達はさらに項垂れていく。


「いつまでマールはんの所で、ヒモみたいに脛かじって穀潰しするつもりなん? あんたらの中身の歳から考えたら、自分の娘みたいな歳の子やで?」


カオリの言葉に転生者達が奇妙な反応をし始める。


「なん…だと⁉」

「気が付かなかった…娘属性だと?」

「ちょっと、新しいものに目覚めそう」

「パパ…そう呼んでもらえる日が来るのか…」

「ふっ、マールは甘えん坊さんだな」


転生者達の思わぬ反応にカオリは戸惑う。


「えっ?なに?あんたら何いうてんの?」

「すまなかった…同士カオリよ。我々は間違っていた」

「いや、分かればいいんやけど…なに?同士って?」

「諸君よ!今こそ愛娘マールたんの為に立ち上がるのだ!!!」


その呼びかけに転生者達はおぉ!っと一斉に拳を突き上げ立ち上がる。


「えっ?いや、なにいうてんの?マールたん?たんってなに?」


カオリは転生者達の言動に訳も分からず狼狽える。


「ありがとう!同士カオリよ。我々はお前の言葉で目覚める事が出来た」


転生者は拳を握りしめ感涙の涙を流す。


「いや、なにが目覚めたんやな」

「皆の者よ!今こそ我々の力を愛娘マールたんに使う時だ!」


先程のものが皆に言い放つ。


「ふっ、ようやく、俺の現代知識チートの出番だな」

「いや、俺の愛のこもった現代知識チートをマールたんは求めている!」

「やれやれ、皆さん。最強の現代知識チート使いの私をお忘れではないですか?」

「ふふっ、マールたんの我ら父に対する期待に応える為にみな迸る情熱を抑えきれないようだな」


転生者達は自分たちの妄想を語りだす。


「だから、たとえ話で、マールはんはあんたらの娘ちゃうって」


カオリが言葉をかけるが転生者達は一向にきにしない。


「我らの血の一滴、肉の一遍は全てマールたんの為のものっだ!!全ては愛娘マールの為に!!」

「「「「全ては愛娘マールの為に!!!」」」」


一同が一斉に叫ぶ!


「まぁ、やる気があるならええわ」


こうして、会議は異様な熱気を帯びて終了した。

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