第15話 皆さんお待ちかねの適正検査ですよ
私は執務室のテーブルの上に倒れこんでいた。
手前のソファーではセクレタさんとカオリがお茶を飲んでいる。
「もう…盛大な放し飼いと言うことで、あの人達、放逐して捨てて来ちゃいましょうか…」
私は乾いた声で言う。
「マールちゃん」
セクレタさんはカップを置く。
「あの人達を野に放って野生化したら…どうなるかは分かるわよね?」
「ですよねー」
セクレタさん。鋭いつっこみです。
「あー!もー!!」
私は駄々っ子様に手足をバタバタする。
「しかし、猛獣みたいな言い方やなぁ」
私は起き上がってカオリの方を見る。
「猛獣の方がよっぽどマシですよ!」
「いやいや、猛獣よりマシな事はないやろ…たぶん?」
「猛獣なら駆除や殺処分が出来るじゃないですか!あの人たちは曲がりなりにも人である以上、それが出来ない…あぁ殺してやりたい…私が殺処分してやりたい! いや、もういっその事、私を殺してください…私を殺してもう楽にしてくださいよ…」
最後の方は鳴き声の様になっていた。
「まぁまぁ、マールはん。そないに落ち込まんと…」
「そうよマールちゃん。あの人達をちゃんと更正させないと被害が広がるわ」
セクレタさんは生きてあの人達を更正させる責任を全うしろと仰る。
「せやけど、今回の件、どないな事になってんの?」
「あの人達。お肉が食べたいから森に行って、猪を根こそぎ狩りつくしてきたのよ」
セクレタさんが答える。
「それのどこが問題なん?まぁ、採り過ぎはあかんけど」
「大ありですよ!!」
私は再び起き上がり答える。
「そこの森は猟友会の管轄で、狩りには狩猟免許と許可が必要なんです」
「つまり今回の件は密猟扱いなんか」
「そうです!その上、今は猪が子作りして数を増やす時期ですから、猟の禁止期間なんです」
「それを根こそぎやってもた訳やな。そら猟友会の人も怒るわ」
カオリが呆れた様に言う。
「それにですよ…」
「まだあるんかいな」
「町からの帰りに人が運ばれるの見たじゃないですか」
「それも関係あるん?」
「ええ、むしろそちらの方が原因で話が穏便に纏まらなかったんです」
私は少し手が震える。
「何があったん?」
「あの人達、狩り取った猪の腹を裂いて、何かを探していたそうなんですが、それが見あたらないので、代わりに心臓を切り取って、猟友会の受付に持って行ったそうです…そして、書類仕事しかしたことのない受付の女性が、並べられた心臓を見て倒れたそうです。何なんですが、あの人達⁉ 猟奇的な趣味でもお持ちなんですか!」
「あー何となく分かったような気がする」
「何が分かったんですか?」
「あいつら魔石探しとったんちゃう?」
「魔石?」
「魔石っちゅのはな、生き物のコアになっとって。まぁ、心臓みたいなもんかな?」
「ミズハラの世界の生き物は身体の中にそんな物があるの?」
セクレタさんが尋ねる。
「え?私の世界にも無いけど…こっちの世界もあらへんの?」
「無いわよ。魔臓器ならあるけど」
「えっ?そんな臓器あるん?」
カオリが逆に尋ねる。
「えっ?カオリさんにはないですか?」
今度は私が尋ねる。
「社会常識だけではなくて、身体構造の説明も必要かしらね」
「姿は似てるけど、中身は違うんか…ほんま異世界なんやなぁ」
「でも、すぐに分かりますよ」
「え?なんで?」
「再発防止を兼ねて、皆さんに狩猟免許を取って頂く事になったんです。その時に講習と適正検査がありますから」
「へぇーそれはいつやるん?」
「明日です」
「えらい急やなぁ」
「えぇ、また無免許で密猟されたら大変ですから…」
「今、猟友会からの請求書見ているのだけど、しっかり免許の取得費用も請求されているわね。猪代、慰謝料、免許講習費…結構いくわね」
セクレタさんが請求書の束を捲りながら呟く。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、館中の者が山積みにされた猪の処理で多忙を極めていた。
ファルーの指示により、各担当に人手が分けられ、リソンが必要資材を調べ発注する。
「先ずは獲物の洗浄と内臓の処理、その後全員で皮剥ぎをして、終わったものから分担に変われて」
「ファルーさん。時期外れだから燻製用のチップが足りんのじゃが」
「今は出来るだけでいいわ」
「燻製にするにも塩漬けにするにも塩が足りん」
「本当に困ったわね。こんなのじゃ保存できないわ。どうしましょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の朝、私、セクレタさん、カオリの朝食プレートには厚切りの猪ステーキが載っている。
「昨日は毎日お肉を食べられるのは羨まして言ってごめんなさい。朝からこれはキツイわ」
「でも、料理の人はノルマっていってたしなぁ」
「ミズハラの世界って凄いのね。こんな食生活…私には無理だわ」
「いやいや、そんなことあらへん。うちの世界でも朝からこんなん食べへんで」
「でも…」
セクレタさんは室内に目をやる。
「野性味があって旨い」
「ハムッ ハフハフ、ハフッ‼」
「醤油があればもっといけるな」
猛烈な勢いで転生者たちが平らげていく。
「なんだか、見ているだけで胸にもたれてくるわ…」
「いやいや、あんなん基準にせんといて」
「いいじゃないですか…朝からお肉食べる贅沢しても…私、一杯お金支払ったんですから…」
私は脂でギドギドした猪ステーキを見つめる。
「マールはん、食べ放題いったら元取りたいタイプやね」
「貴族は遣りたくも無い贅沢をしなくちゃいけない時もあるんですけどね…でも、これは違うと思うんです…なんで大金を支払って朝から胸やけするような事をしなくちゃダメなんでしょう…」
「塩漬けや燻製に間に合わない分を痛む前に食べないといけないそうよ」
「一体どれだけの塩を使ったんでしょうかね…」
「聞きたいの?」
「いえ、結構です…」
私は思い切ってステーキにナイフを入れる。
「店に売るのはあかんかったん?」
カオリが尋ねる。
「血抜きも完全ではなく、冷却もしていなかったので買取を拒否されたんですよ」
私は一切れを口に運ぶ。
燻製肉とは違い噛むごとに肉汁が溢れ、脂のコクが口に広がる。
確かに保存肉とは違う美味しさがある。
「これ全部食べたら、絶対に胸やけと胃もたれしますよね…」
「うちは…大丈夫かな?」
「私はすでに胸やけしそうなのけれど」
「でも、熱いうちに食べないと、冷えたら脂がくどくなりそうですね…」
「そうね…時間が経てば経つほどつらくなるわね」
ステーキを食べ終えた後、三人はぐったりしていた。
「やはり、食べ終わった後に来るわね…」
「そやね。うちもお腹が重いわ」
「でも、昼と夜にもあるそうですよ」
二人とも無言になった。
「そうだ。転生者の皆さんに今日の予定を報告しないと」
私は立ち上がり、転生者達の方に向き直る。
「転生者の皆さん。食事をしたままでいいので聞いてください」
私の声に転生者の視線が集まる。
「本日皆さんには狩猟免許を取得して頂きます。朝から猟友会の方々が来られて、食後の午前には講習会。午後には適正検査を受けて頂きます」
私の言葉に室内が騒めき出す。
「講習はここで行いますので、ここにいらっしゃらない方にお声掛けお願いします」
「そうか…ついに適正検査か…」
「ふふ、俺の適正に皆驚くがいい」
「やれやれ、手を抜かないとな…」
「俺の凄さが知れ渡ってしまうのか、あまり目立ちたくないのだが」
皆、思い思いの言葉を口にするが、浮かれている様に見える。
「なんで皆さん浮かれているんですか?」
「あー適正検査かぁ、定番のイベントやからなぁ、皆期待しとるねん」
適正検査の何に期待しているのでしょう?
私には分かりません。
しかし、私は胸に胸やけとは異なる、嫌なものが湧きあがった。
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