第14話 また、やってくれましたね

「はぁ~」


目の前に朝食が置かれているが、あまり食が進まない。


「マールはん。ちゃんと食べへんとまた倒れるで」


左隣のカオリが言う。


「そうよ。マールちゃん。無理してでも食べないと身体が持たないわよ」


右隣のセクレタさんが言う。


「そういってもメイの事を思うと、中々食事が喉を通らないんですよ」

「メイちゃんもメイドとして育ってきてたから残念ね」

「代わりのメイドを探すのも大変ですよ。帰ってきて欲しいです」


私はパンを一口千切ってスープにつける。


「メイちゃんはあいつらに集団撫でポされとったからなぁ~」

「なんだか不穏な言葉に聞こえるのだけど、撫でポって何かしら?」

「撫でポっていうのは薄気味悪い笑み浮かべながら、頭撫でて来よるねん」


スープを飲もうとしたセクレタさんのスプーンがカチンと食器にあたる。


「それ、さっき私もされそうになったのだけど…何の目的でするのかしら?」

「本人たちは惚れさせる目的でやっとるんやけど。やられる方はただ気持ち悪いだけやで」


カオリはジャムをつけたパンをかじる。


「何それ、もしかして私も狙われているの。ちょっと怖いんだけど…それを集団で来られるなんて…考えたくもないわ…」


セクレタさんの声が珍しく震えている。


「メイちゃんは気に入られとったからなぁ~他にも猫耳ヘアバンド持って追いかけられたらしいわ」

「猫耳ヘアバンドって何ですか」


私がカオリに尋ねる。


「名の通り猫の耳がついたヘアバンドや、後しっぽも持って追いかけてた奴もおった。そっちの奴は卑猥な事も考えてそうやから、うちがしばいといた。ほんまあいつらファンタジーな獣人好きやからな~」

「分かったわ。メイちゃんの代わりに獣人のメイドを探しましょう。いいわね?マールちゃん」


セクレタさんが即断でメイの復帰の可能性を切り捨てた。


「あっはい…」


私は力なく答えた。


「うひ!リアル猫耳メイド」

「獣人!」

「…肉…」


食の終わった私達は不穏な言葉が流れる会議室を立ち去った。



食後、私とセクレタさんとカオリの三人で廊下を歩く。


「マールちゃん。昨日の爵位の仮承認の書類届いていたら。他の書類も合わせて町に提出に行きましょうか」

「えっもう届いたんですか?速いですね」

「急がせたから」

「えっ町に出るん?私も行きたいわ。一緒について行ってええ?」

「カオリさんは午前中は講習ですよね。午後から一緒に行きますか」

「ええの?嬉しいわおおきに!」

「では、私とマールちゃんは午前中は執務室て仕事をするから、お昼を食べたら一緒に行きましょう」



そして午後。私とセクレタさんとカオリの三人で馬車に乗って町へ向かっていた。


「わーすごいすごい!田舎や田舎や!」

「あはは、ここは何もない田舎で恥ずかしいです」

「あっ堪忍堪忍。別に馬鹿にしとるんとちゃうんよ。うちここに来る前は都会に住んどったから、自然が一杯ある田舎に憧れてんねん」

「ミズハラさんの住んでいた所はどういった所なの?」

「うちが住んどったんはマンションの6階や。窓からは隣のビルの壁しか見えんかったわ」

「えっ6階って凄いじゃないですか!お金持ちだったんですか?」

「いや、そんな事あらへん。うちの国は土地が狭いから貧乏人は狭い土地に高い建物建てて、その中の小さな部屋でぎゅうぎゅうになって暮らすんや。うちもその一人や」

「国によって、暮らし方や生活環境がことなるんですね」

「そやそや、あっ!町が見えてきたで!小さくて可愛らしい町やなぁ~」


カオリは嬉しそうだが私はなんだか複雑な気持ちになってくる。


「町の中も素朴な感じでええな」


貶されている様に聞こえる私の心は汚れてしまったのだろう…

私達は町役場に到着し受付を済ませて待合室で待機する。


「なぁなぁ、ちょっと聞いていい?」

「なんですか?カオリさん」

「マールはん。貴族で領主なんやなぁ?」

「そうですよ」

「そやのになんで色んな事を自分で決済せんと、役場に来てやってんの?酷い言い方するちょ、勝手に物事決めて、用事あるときは相手を呼んだらいいんちゃう

の?」

私はカオリの言葉になにそれ?と思った。


「ミズハラさん。その事は私が説明するわ。この国は権威と権力が切り離されていて、貴族は基本的に権威しか持たないのよ」

「権威はあって権力はないってどういうこと?」

「貴族はね基本的に政治に口出しが出来なくて、首長や議員、法令などの承認しか出来ないの」

「なんで、そんな面倒くさい事になってんの?」

「昔は権威と権力が一緒だったけど腐敗が横行したから分ける事にしたの」

「でもマールはん。大きな領地持っててみんな傅いてるけど、権力あるんとちゃうの?」

「えーっと、カオリさん。それは貴族としての権力じゃなくて、領地を経営している経営者としての権力なんです。それに領地も全てが私の物ではなくて、登記している分だけですね」

「ほな、会社の社長さんみたいなもんか。お金持ちなんやねぇ~」

「お金持ち…確かに一般の方より裕福だとは思いますが。基本牧場と農地経営ですからね…天気一つで動揺し、作物が出来たらできたで相場を心配する。私なんてこんなもんですよ…」

「マールはんも大変なんやなぁ。セクレタはんもおるし、うちもおるからがんばろな」


カオリだけなら問題ないんですけどね…



その後、手続きは恙無く終了し、私達は帰途につく。

その途中、窓の外に怪我人か病人か分からないが人が運ばれているのを見かける。


「どうしたのかしらね?この時期だと年度が変わってすぐだから過労かしらね?」

「マールはんも結構倒れとるしな」

「ははは」


乾いた笑いしか出てこない。

馬車が進むうちに館を取り囲む外壁とその中の巨大丸太小屋が見えてくる。


「あぁ、悪い方で目立ってますね…」

「巨大な丸太小屋ってのもじわじわくるな」

「あのままでは世間体が悪いから漆喰でも準備する?」

「えぇ…そうですね。セクレタさん」


そして、門の所に差し掛かると門番のタッフが駆けてくる。


「お嬢様。ちょっと問題が起きてまして…」


私は馬車の窓から顔を出し、館の方を見る。すると正面玄関の手前に人だかりがあった。


「タッフ。分かりました。私が話を聞いてきます」


そう言って馬車を玄関に向かわせる。

巨大丸太小屋の中央を潜くると館と巨大丸太小屋の間に多数の猪が山積みされていた。

玄関に到着すると玄関前に居た人だかりが見える。

地元の猟友会の方々だ。

もしかしたら、大勢の転生者が来た為、差し入れを持ってきてくれたのかも知れない。


「おはようございます!」


私は笑顔で挨拶した。



「大変申し訳ございません!!!!!」


私は応接間のソファーに座る猟友会の面々に、昨日のリソンさらがな、顔を真っ青にして、直角の角度で頭を下げる。


「いや…頭をさげられてもねー」


でも、昨日の私の様には許してはくれない。


「はい!!!猪の件は、全てお金をお支払い致します!!!」

「でも、お金払って終わりって事でもないのだよ」

「は、はいぃ!ご迷惑をお掛けした分は罰金として慰謝料もお支払い致します!!」

「頭を上げて下さい。マール嬢。我々もエミリー様には色々世話になったから」


その言葉に、私は猟友会の方々の顔が伺える程度に頭を上げる。

その表情から意地悪をしているのではなく、どう扱うべきかと悩んでいる様子が伺える。


「まぁ、この様な事は初めてだし、彼らも悪気は無かった様だからね」

「そうだね。エミリー様の恩もあるから」

「ただ、再発防止を心がけてくれれば、我々も事を荒立てるつもりもない」


私はその言葉で考えた。

あの人達の事だ。またやる。もう一度やる。絶対やる。

私はその事を思い至った瞬間、目が泳ぎ、猟友会の方々から視線を反らせてしまった。

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