第12話 セクレタさんと木製豆腐建築

 気が付けば体力的も精神的にも非常に疲れており、尚且つ激しい空腹も覚えていた。どうやら仕事に集中していた為、昼食の正午にも気が付かず、それどころか午後のお茶の時間になっているようだ。


 昼食に関しては当家は現在、転生者との交流の為、各自大会議室で採る事になっている。しかしながら本来であれば午前と午後のお茶の時間には誰か来るはず。どうやら、転生者の講習やら寝食の準備で皆忙しいのだろう。こればかりは仕方がない。


 とは言え、お腹が空いた。厨房に行けば何かお腹を満たすものが残っているかな?それとも夕食の準備で忙しいのかもしれない。


そんな時に扉がノックされる。ファルーだろうか?


「お嬢様。お客様をお連れいたしました」


 メイの姉のサツキだった。招きに応じ扉を開けて姿を現すサツキの様子は酷く疲れており、髪形も乱れたものをとりあえず直したけど直し切れていない様子だった。


 私はサツキのその様子を心配に思い声を掛けようかと思ったが、そんな思いを吹き飛ばす姿がサツキの後ろから現れた。


 サツキと同じぐらいの身長で白くすらりとした体形に、頭には黒い羽ペンを広げたような冠羽。長くて美しい睫毛の鳥人。


「セクレタさん!」


私は飛び上がるかの様に立ち上がり、彼女の所へ駆け出しその姿を抱きしめた。


「マールちゃん。大変だったわね」


 セクレタさんは優しく私を抱きしめ返す。セクレタさんは一年前まで学院入学の試験勉強を教えてくれた家庭教師だ。私とセクレタさんとの出会いは四年前、彼女が見聞を広げる為各地を回っている時にこの地に訪れたのが始まりだ。


 まだまだ子供だった私は物珍しさと動くぬいぐるみを欲しがる様な感じに留まって欲しいとお願いしたのだ。そんな彼女は物静かで穏やかで、鳥人でありながらその所作は上品で美しい。家庭教師としての能力も見識深く理性的で、私が分からない事があっても呆れることなく分かる様になるまで懇切丁寧に教えてくれた。また、その人格についても私が拗ねたり癇癪をおこしても、声を荒げる事無く私の心の内の原因を優しく解きほぐすように諭してくれた。

私はセクレタさんが母の次に大好きだ。


「マールちゃん。お母さんの事は残念だったわね。でも、大丈夫よ。これからはが側にいてあげるから」


「いいんですか?セクレタさん」


「ええ、もちろんよ。だって、貴方は私の娘の様な存在ですもの」


「ありがとうございます!セクレタさん!」


私はもう一度セクレタさんを抱きしめる。


「それより、マールちゃん。貴方少し疲れてない?まだまだ話はあるみたいだから座ってお茶でもしましょう」


「そうですね。セクレタさん。こちらへどうぞ」


私はソファーに案内する。


「ここに来る前にお土産のお菓子買って来たから、お茶請けにしましょう」


セクレタさんは翼の脇に頭を淹れると紙袋を取り出し、サツキに渡す。


「これをお願いできるかしら。あと、サツキちゃんとメイちゃんの分もあるから二人で食べてね」


「ありがとうございます。セクレタ様」


サツキは笑顔で紙袋を受け取ると、お茶の準備を始める。


「連絡で聞いていたけど、本当に大変そうね」


「ええ、色々ありましたから。いっぱいいっぱいって感じです。それよりセクレタさんはどうなんですか?先程は側にいて下さると言う話でしたが」


「そうね、今は大丈夫よ。マールちゃんと別れた後、別の子に家庭教師をしていたのけれど、その子は合格してもう入学したから」


「へぇーその人凄いですね一年で合格するなんて」


「ふふ、帝都の学院よ。貴方の後輩になるのかしら」


 そこへサツキが用意したお茶とお菓子が差し出される。先ず、私が一口お茶を含み、その後セクレタさんが魔法でカップを動かしてお茶を飲む。魔法を使っているのだか、まるで透明な腕で行っているようで、その所作は美しく上品だ。次にセクレタさんが同様に上品な所作でお菓子を一口含み、続けて私が一口食べる。


「美味しい!これ私の好きなチーズケーキですよね」


「喜んでもらって良かったわ」


糖分が疲れた体に染み渡っていくようだ。


「それで、学院の事だけど。本当に辞めちゃうの?」


「ええ、そんな余裕もありませんし、領地経営の事や領主としての仕事もありますから…」


「貴方の父方の親戚の方にお願いするとか、私だって協力するわよ」


「父方の親戚とは疎遠ですし、それにもう退学の連絡もしましたから…」


私の言葉にセレクタさんの瞳が陰る。


「そう…本当に残念だわ… マールちゃん。あんなに頑張って努力して勉強して合格したのに、たった一年しか通えなかったなんて…本当に残念だわ」


「いいんです。一年でも通えたんですから。元々は母の仕事を手伝う為に通った学院ですから、それが早くなったと思えば大丈夫です」


「そうね、お母さんを手伝うって言っていたわね」


「はい、それに一年だけでも多くの事は学べましたから」


「たった一年。されど一年。私が側にいなかった一年で大きく成長したのね」


「ありがとうございます。セクレタさん。でも、まぁそんなに成長してませんよ。見た目もそのままですから」


私は褒められて少し照れる。


「そんな事ないわ。貴方もここの景色も大きく変わったわ」


「私、馬車で急いで帰ってきたから、外の風景を見る余裕がなかったのですが、ここの領地もそんなに変わっていました?」


「領地の方は変わらずの田園風景だけど、ここの館は変わったと思うわよ」


ん?ここの館?


 確かに帰ってきてまだ一日だけで、あまり見て回っていないけどそんなに変化はなかった。館の人間もリソン、ファルーは昔のままだし、サツキとメイも少し背が伸びた程度。門番のタッフさんも年の割に元気な姿のままだ。誰も一年前とは大きな変わりはない。変わったと言えば、転生者の存在?


何か嫌な予感がする。


「セクレタさん。変わったって、何が変わってました?」


「館正面の広場に大きな建物が建っていたわよ。何か新しい事業でも始めたのでしょ?」


帳簿や日報を見ても新しい事業の記載は無かったし、昨日帰って来た時に広場に建物なんて建っていなかった。


「ちょっと不安なので見てきます!」


私は広場に向けて駆け出す。


「ちょっと、マールちゃんどうしたの?それと淑女はもっとお淑やかに」


セクレタさんも後をついてくる。


「お淑やかにしていられない程の緊急事態なんです」


「緊急事態って…昨日連絡してくれた異世界の転生者の事?」


廊下を掛けていくと手前のお手洗いからカオリが出てくる。


「マールはん。そない急いでどないしたん? あっごっつ別嬪さんな鳥さんもおる」


「あら、嬉しい事を言ってくれるのね。貴方が噂の転生者なの?私は元家庭教師のセクレタよ。よろしくね」


「うわ、鳥さんが喋った。うち、ミズハラ・カオリっていいます。どうぞよろしゅう」


私は二人が挨拶をしている間に息を整える。


「カオリさん。そちらの方で何かありませんでしたか?」


「んーなんもあらへんかったよ。午前の講習が後半魔法の講習になったんで、午後から聞きたい人が数人集まって社会常識の続ききいとったんや」


「数人って…それ以外の人達はどうしたんですか?」


「さぁ、どないしたんやろ。どっか出ていったから、うちは知らんわ」


私はその話を聞いて急ぎ玄関ホールへ向かう。


「一体どないしたんや?」


「話の様子を伺うと、貴方の仲間が勝手に建物を建てたみたいね」


「仲間って… あーそう言えば雑魚寝組が寝床がどーとかこーとかいっとったなぁ」


私達は玄関ホールに辿り着き、扉を開け放つ。


「なんですか!これは!!」


 そこには視野一杯に広がる建物があった。その建物は館正面の広場の真ん中に丸太で作られおり、高さは三階建てはあろうか。ご丁寧に館への渡り廊下と、一階正面には馬車が通れるように通用門が作られていた。そんな配慮が出来るならもっと場所を考えて欲しい。


「ちょっと誰か! 誰かいませんか!!!」


私は巨大丸太小屋に近づき叫ぶ。すると中から転生者達がぞろぞろと出てくる。


「一体どうしたんですか!これは!」


「建てた!」


「建てたのは見れば分かります!なんでここに建てたんですか!」


「あんたらもうちょっと場所かんがえーや」


「日当たりがいいから」


「ジェバンニを超える半日の速さでつくったんだぜ」


転生者達が自慢げに言う。


「そのドヤ顔やめーや」


「なに、この人達。みんな同じような髪形で少し気持ち悪いわ」


セクレタさんが翼で顔を覆う。


「そもそも、製材しないでなんで丸太だけで作っているんですか!」


私はわなわなと震えながら訊ねる。


「鉱物作りゲームの中では基本だからな」


「素材の良さをそのまま生かしました」


「一級豆腐建築士ですから」


転生者たちは答える。


「この丸太はどこから持って来たんですか…」


恐る恐る訊ねる。


「近くの森林からだが。それがなにか?」

「いやぁぁぁ!!」


私は声を上げて走り出す。巨大丸太小屋の中央を抜け正門を目指す。その途中で門番のタッフが倒れていた。


「タッフ!」


「煩かったから魔法で眠らせた」


「あぁぁぁぁ!!」


私は叫び声を上げながら正門に辿り着く。

無い!森林が無い!!当家の森林が無い!!!

販売して予算にするはずだった森林が無い!!!!

綺麗さっぱり全て無くなっている!!!!!

私の視界は黒く暗転し、そのまま気を失った。


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