第02話 (悪)夢をみていたみたい…

 天井が見える。そうここは故郷セネガの館の私の寝室の天井だ。

私は母が倒れた連絡を受け急ぎ故郷に戻ったが既に母は亡くなっていて、その報告を受けた私は泣き疲れて眠ってしまったのだ。

私は目元に手をやる。ひりひりしていない。むくりと体を起こす。

服装が喪服の黒いドレスになっている。


 『そうだ。母の祭壇がある礼拝堂に行こう!』


先程の事は夢だ。きっと夢に違いない。

そう決心し拳を握りしめたところで急に声をかけれられびくりとする。


「マールお嬢様。お目覚めになられましたか」


そこには心配そうな顔で伺うファルーの姿があった。


「えぇ、大丈夫よファルー。ちょっと悪夢を見ただけだから…」

「そうですか…お加減のすぐれない所大変申し訳ございませんが、執事長のリソン

が重大なお話があるとの事でお越しいただきたいと…」


リソンがこちらに来るのではなく来てくれとの事なので恐らくこの家にとっての一大事なのであろう。

ファルーに案内され向かった先は家主一家で使う居間であった。

中はこの家に使える者全員が集められているようで中央のテーブルとソファーを中心にそれを取り囲むように立っていた。

その中をファルーに私の座る位置に案内される。

そこは子供の頃は父が、そして今までは母が座っていた場所だ。

そのことが母の喪失感とこれから掛かる家長という重圧感をより一層感じさせた。

私は心では恐る恐る、所作では堂々とそのソファーの中央に腰を掛け顔を上げた。


「ひっ!!」


目の前には先程の群衆の一人の姿があり、私は思わず小さな悲鳴を上げた。


「お嬢様。大丈夫でございます」

「このファルーもついております」


後ろに立つリソンとファルーの励ましもあり、私は呼吸を整えた後に告げる。


「私はアシラロ帝国のアーフリ北部地方セネガ領を賜るマール・ラ・ア… マール・ラピラ・アープ子爵です」


私は子爵の家族を表す『ラ』ではなく、子爵位持ちそのものを表す『ラピラ』で名乗り直した。

と言っても、帝国からの承認がなければ今は仮の状態である。


「えっと、うちはえー なんて言ったらいいんやろ? 異世界人でいいのかな? 異世界人のミズハラ・カオリっていいますねん」


後ろのファルーがピクリとした感じがしたが、目の前の群衆の一人は砕けたしゃべり方の女性の声だった。


「えー そちら様がかなり混乱したはると思って、代表として女性の私が出てきました」


確かに同じ髪色同じ髪形ではあるが長さは肩伸びており、女性らしい顔つきで少しひきつった笑顔をしている。


「その、異世界人?というのは他国というか多文化人というものでしょうか?」

「んー 他国・多文化と言うかそんな簡単に往き来できるようなレベルじゃなくて、他の星ぐらいに往き来が難しい所と思って頂ければええかな?」


 他の星? ちょっと何のことだかわからない。


そんなところにメイの姉のメイドのサツキがお茶を持ってきた。

私は差し出されたお茶を自分が一口飲んでからミズハラ・カオリに勧める。

彼女はカップを顔に引き寄せて、一度くんと匂いを嗅いでから口に含む。


「ええ香りの美味しい紅茶やね~」

「あら、同じようにお茶を嗜む文化をお持ちなんですね」

「あっそうなんよ。だから、あーなんていうか他の星と言うか鏡の向こう側の世界っていう方が分かりやすいかな?」

「あっ!どこかで読んだことがあるような気がします。馬車や船では絶対たどり着く事の出来ない世界があるって話を なんでも神の御業か魔法の粋を極めたものでしかその扉を開く事が出来ないと」

「そうそうそうです!その事や!うちらそこから来たんよ」


ミズハラは身を乗り出し気味応える。


「で、なんで貴方達はそこから団体で来られたんですか?」

「あー なんていうか んー 全員自分で選んでここに来たんじゃないみたいや」

「えっと、仰っている意味がよく分かりません」

「ぶっちゃけると、全員一度死んで生まれ変わってきとるんです」

「えっ?」


驚いているのは私だけでなく周りで話を聞いていた家中の者も同じようであった。

というか理解の範疇を超えすぎている。


「うちも前の世界では30才まで生きとって、事故で死んで気が付いたらこの体でこの場所にいたんや」


目の前のミズハラは30才と答えたが私の見た目には同い年の16才ぐらいにしか見えない。


「で、他の連中も同じような感じやね。それぞれ前の世界での年齢も死んだ場所も死んだ方法もばらばらでお互い知らないもの同士や」

「それで、こちらに来たと?」

「来たというか来てもたというか…」


質問に答えている最中で彼女ははっと何か気が付く。


「マールはんが呼び寄せたって…」

「ありません」


私は彼女の言葉を切るように答える。その後私もあることが気が付く。


「もしかして皆さん元居た場所に帰ることは出来ないんですか?」

「あー分からぁ~んというか、んーなんというか元の場所ではもう死んどるし姿も変わってもうたんで…」

「帰る方法も分からないし、そもそも帰る場所ももう無いと…」

「…そや…」


ミズハラは力なく答える。


「ということは名目上は異世界人でも、実際の現状では難民か流民ということになりますね…」

「せやな…」


暫くの沈黙のあと、私とミズハラは大きなため息をついた。


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