家に帰った私はすぐにタブレット手にすると、『心霊現象』とか『背後霊』とか『霊能力』とか、思い当たったワードを手当たり次第検索にかけた。だけど、闇雲にそんなことをしてみても、この恐怖心を消すことはできない。


「ありがとう、父さん」


 ハンカチを受け取り、佐藤くんは確かにそう言った。つまり、彼にハンカチを届けたのは、亡くなったお父さんの霊?


「そんなわけないよ」


 自分の考えを否定するように、あえて口に出して言う。霊の話なんて苦手だし、そもそも基本的に信じてなんかいない。きっと、なにかトリックがあるはずだ。


「でも、一体どうやって?」


 考えてみてもわからない。わかるわけがなかった。じゃあ、やっぱり霊の仕業?


 堂々巡りを続ける私の頭の中は、次第に佐藤くんへのことで一杯になっていく。そんなこと、望んでなんかいないのに……。


 その日、お母さんと弟と晩御飯を食べていた時。七時のニュースを見ていたお母さんが、独り言のように呟いていた。


「この事故、まだ原因がわからないのかしら」


 その言葉を受け、私も自然とニュースに注目する。扱われていたのは、暫く前の事故のこと。ショッキングな内容だったので、私にも憶えがあった。


 事故はおよそ二か月前に、N県U市で起きた。小学生四人が学校からの下校中、工事中だった脇の道路からロードローラーが四人の方に突っ込んだという。その結果、四人の中の三人がローラー部分に轢かれ、圧死したという悲惨なもの。


 不思議なのは、その道路工事は休工中であり、ロードローラーも停車したままだったという点。当然、人も乗っていなければエンジンもかかっていなかった。


 動くはずのない無人のロードローラーが、なぜ暴走したのか。今やっているニュースでも、原因は未だに解明できていないと報じている。


「ねえ、圧死って?」


 弟が聞くと、お母さんは切なそうに眉を寄せた。


「重たいものの、下敷きになってしまったの。それで……」


「ふーん。つまり、ぺちゃんこになっちゃったんだね」


「駄目よ。そんな言い方しちゃ」


 母が弟を窘めようとした時。


「ねえ、今……なんて言ったの?」


 私はハッとして、弟に訪ねていた。


「だから、ぺちゃんこって」


「どうかしたの?」


 私の様子を、弟もお母さんも気にかけるが。


「ううん、なんでも……」


 私は食卓を立ち、自分の部屋に戻っていった。


 その夜は、なかなか寝つくことができなかった。頭の中では、佐藤くんの言った一言が繰り返されている。


「ぺちゃんこさ」


 ニュースを見て、弟が言った言葉と同じだ。只の偶然かもしれないのに、どうしても気にかかってしまう。


 もしかしたらって、嫌な推測ばかりすると、それを否定することが難しかった。


 寝不足のまま迎えた、次の日のこと。


「ねえねえ、佐藤くん」


 休み時間に数人の女子が、佐藤くんの席の周りに集まっていた。彼女たちは、一見クールな佐藤くんのことをチヤホヤしたいようだ。昨日までの私なら、その中に混ざっていったかもしれない。


 でも、今は当然そんな気になれなかった……。


 それでも席が近いこともあり、会話は自然と耳に入ってくる。


「こっちに来る前は、どこにいたの?」


 その質問に対し、相変わらず前を見たまま、佐藤くんはこう答えた。


「N県のU市」


「――!?」


 それを聞いて、私は背筋を凍らせた。


 彼は決して振り向かないから、斜め後ろにいる私の顔を見たりしない。たとえ、どんなに顔を引きつらせていたと、しても。


「……」


 なのに見られた気がして、私は恐ろしくなった。佐藤くんには、私がどんな反応をしたのか、わかってしまったのではないか。


 そう思えて、仕方がなかった。


 もう佐藤くんには、関わらないようにしよう。私は密かに、心に決めた。気になることはあるし、興味も引かれていた。でも、それ以上に恐ろしい。


 この日の帰り道は、いつもと違う道を選んだ。理由は言うまでもない。遠回りになっても構わなかった。


 私は早足で、細い路地へと曲がる。


「!」


 五メートルくらい先に立っている背中。


 それを目の当たりにして、私は仰天する。


 は、早く……!


 相手に気づかれるより先に、人通りのある通りに戻ろうとした時。


「田村さん」


「あ……」


 名前に呼ばれたから、足を止めたわけではない。自分の意志に反して、身体が動かなかったのだ。


 立ち竦む私に、佐藤くんは背を向けたまま、とても意外なことを口にする。


「父さんが言うんだ。田村さんのこと、可愛い子だなって」


 言われたのと、同時。


 背中を、誰かに撫ぜられたような感触が、確かにあった。


「ひっ……!?」


 思わず肩をすくめた私に、また佐藤くんは言う。


「もっと、僕と仲良くしようよ」


 淡々とした言葉の響きが、それだけに恐ろしくて。


 私は頭を振ると、思わず答えてしまった。


「いやっ……」


 その刹那、背後にあった気配が大きく肥大したかのように、ズズズと聴こえない音を鳴らしたように感じた。


「なんだ。残念だなぁ」


 佐藤くんは、言う。


「田村さんは気がついたみたいだね、あの事故のこと」


「わっ……私、なにも……しっ、しらない!」


「とぼけなくても、いいんだ。僕から全部、話してあげる」


 耳を塞ぎたかったけど、身体が思うように動いてくれない。


 知りたいと思う反面、すべてを聞いてしまったら只ではすまないという予感があった。


 私の背後にある気配が、それを物語っている。とても嫌な気配が……。


「そう、田村さんの想像通り。あの事故で死んだ三人は、前の学校のクラスメイト。僕を振り向かせようとしつこかったんだ。だから――ねえ、父さん?」


 佐藤くんが、そう呼びかけた時。


「やっ……!」


 首筋の辺りが、ゾゾゾ、と。ひんやりとした感触に、撫でつけられた。


「そういえば、さ」


「……?」


「田村さんも、僕のこと――振り向かせようと、したよね? 何度も、何度も」


「ち……ち、がっ……!?」


 上手く声が出せない。首の辺りが、強く圧迫されていた。


「いいよ、じゃあ」


「?」


「振り向いて。見せてあげようか」


 佐藤くんが、振り向く――?


 その言葉に、ほんの一瞬だけ、興味を引かれた時だった。


 ギギギ……メキ、メキメキッ……!


 耳朶を鳴らしたのは、この上なく不快な音色。


 それは、徐々に強まる鈍い痛みを実感した、その後であり。


 意識が――、途切れる――、僅か前のこと。


 あ……!


 私が見ていたのは、とても青白い――おじさんの顔だ。


 そう、不快な音の正体は、私の首がねじれる音。


 つまり、振り向いたのは、……わたし、の、……ほう?




【了】


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超前向きな佐藤くん 中内イヌ @kei-87

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