ふたりの時間

 

 間宮くんとわたしは、小学校の頃からの同級生だ。

 

 もともと顔見知り程度でしかなかった間宮くんと話すようになったのは、中学に上がって同じ図書委員に入ったことがきっかけだった。

 

 本を読むのが好きなわたしが図書委員になったのは、立候補。休み時間になるとすぐに外に飛び出していってしまうくらい元気な間宮くんが図書委員になったのは、ジャンケンで負けて仕方なく。


「よろしく、庄野さん」

 

 先に声をかけてくれたのは、図書委員の集まりで隣の席に座った間宮くんだった。

 

 同じ小学校出身とはいえ、わたしと間宮くんはこれまで何の関わりもなかった。それなのに、ちゃんと名前を覚えてくれていたことが驚きだったし、嬉しくもあった。


 そうして順調に中学校生活を送っていたある日。放課後に図書室に寄って、帰りが遅くなった。

 

 日が暮れ始めた通学路を足早に歩いていると、後ろから自転車が走る音が近付いてきた。

 

 自転車に道を譲るために端に避けたら、わたしのすぐそばで急ブレーキがかかる。てっきり通過していくものと思っていたから、辺りに響いたブレーキ音に肩が跳ね上がるほど驚いた。


「ごめん、驚かせて。庄野さん、いま帰り?」

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、自転車から降りた間宮くんがわたしに笑いかけてきた。


「うん、図書室に寄ってたから。間宮くんは部活帰り?」

「そう。庄野さんちって、おれと方向同じだよね。暗くなってきたし、一緒に帰ろうよ」


 自転車を押して近付いてきた間宮くんが、わたしの隣に並ぶ。車道側を自転車を押してゆっくり歩く間宮くんは、わたしに歩調を合わせてくれていた。


 間宮くんは自転車だから、わたしのことなんて無視して通過していってもよかったはずなのに。


 それなのに、暗くなり始めた道をひとりで歩いていたわたしのことをわざわざ気にかけてくれたのかな。

 

 勘違いかもしれないけど、間宮くんに『女の子扱い』してもらえたのだと思ったら、なんだかこそばゆかった。

 

 足元ばかり見て歩いていると、いつのまにか別れ道が近付いていた。


「おれ、こっちなんだけど……庄野さんは?」

「わたしはあそこに見えてるマンション」

「そうなんだ。じゃぁ、ここでバイバイだな」

 

 数メートル先の七階建てのマンションを指差すと、間宮くんが自転車に跨った。


「庄野さんて、委員会がないときも放課後に図書室に行くの?」

「うん、たまに」

 

 今日みたいに日が暮れるまで入り浸ることは珍しいけれど、放課後に図書室に足を運ぶことは多い。

 週に数回は通わないと落ち着かなくなるくらい、わたしは図書室の雰囲気や本の匂いが好きなのだ。それに、図書委員だから新書のリクエスト希望も通りやすい。


 一気にそんな話をすると、間宮くんがクスクスと笑った。


「そうなんだ。おれも部活が終わって帰るの、いつもこれくらいの時間なんだ。タイミングが合えば、また一緒に帰ろう」

「え、うん」


 また一緒に。

 

 手を振って笑う間宮くんの言葉に、胸が高鳴る。


 間宮くんは男女ともに誰とでもすぐ仲良くなれるし、誰に対しても優しい。それを知っていて、間宮くんの言葉に期待をしてしまったのはわたしのほう。 


 週に二、三日しか活動のない料理部に所属しているわたしは、部活がない日は必ず図書室に寄るようになり。帰宅のタイミングをさりげなく間宮くんに合わせた。


 図書室に寄った日の放課後は、たいていわたしの後ろから自転車のチェーンの鳴る音が追いかけてくる。


「庄野さん、また会った」


 わたしのそばで自転車の急ブレーキをかけた間宮くんは、いつもそう言って笑いかけてくれるけど。本当は、確信犯。


 学校では委員会以外で間宮くんと話せる機会がない。だけど、ふたりで通学路を歩く短い時間だけは、わたしが間宮くんを独占できる。


 わたしと間宮くんとの接点は、同じ図書委員であること。ふたりの共通項はそれくらいしかないはずなのに、間宮くんと一緒にいるととても楽しかった。


 いつも周囲をよく見ている間宮くんは、わたしを笑わせる話のネタをたくさん持っていた。先生のことや友達のこと、部活や日常生活のなかでの小さなできごとなど。どんなに些細なことでも、間宮くんが話すとおもしろくなる。


 一週間のなかで一番笑うのは、間宮くんと一緒に通学路を歩く数十分かもしれない。そう思うくらいに間宮くんとの時間は楽しくて、いつもあっという間に別れ道に着いてしまう。


 そうやって週一、二回ほど一緒に通学路を歩いて帰るうちに、わたしの間宮くんへの想いはどんどんと募っていった。


 間宮くんといられる時間がいつまでも続けばいいのに。


 そう思っていたけれど、中学三年の夏休みが終わって間宮くんが部活を引退すると、わたしと彼の帰宅のタイミングは合わなくなった。


 運良くクラスは同じだったから、毎日挨拶くらいはできる。だけど、前ほど学校が楽しくない。


 間宮くんとふたりで放課後の通学路を並んで歩く。週一、二回のその時間は、わたしの中学校生活を彩る全てだった。


 でも、そう思っているのはきっとわたしだけ。教室で友達と笑い合っている間宮くんはいつも楽しそうで、わたしのことなんて少しも気にしていない。


 だから、中三の二学期の終わり頃、放課後の図書室に間宮くんがひとりで現れたときには驚いた。


「庄野さん、おれもここで一緒に勉強していい?そろそろ本気で勉強しないと、受験ヤバくて」

「うん、一緒に勉強しよう。わたしも、受験ヤバい」


 緊張気味に笑いかけたら、間宮も照れ臭そうに笑い返してくれた。問題集を広げた間宮くんが、わたしの隣に座る。

 

 ひさしぶりに近付いた間宮くんとの距離に、今までにないくらいに胸がドキドキ鳴っていた。


 それ以降、間宮くんが放課後に図書室に現れる回数は週に二回、三回と増えていき……卒業式を迎える頃には、ほぼ毎日のように間宮くんと一緒に放課後の時間を過ごすようになっていた。


 放課後の通学路を並んで歩くのも、週一、二回が週五回になった。

 

 受験勉強ばかりの週末は退屈で、毎日でも学校に行きたくて仕方がない。


 だけど、間宮くんと過ごす時間が増えるほど、卒業までのカウントダウンも始まっていく。 


 学校での成績が真ん中より上のわたしと、ちょうど真ん中くらいの間宮くん。学校内では微妙なその成績の差も、県全体レベルでは大きくて。わたしたちが進学する高校は別々だ。


 同じ小学校出身のわたし達は家同士が近いけど、高校が別々になったら、今みたいに会えるかどうかわからない。


 少なくとも、放課後の通学路を間宮くんと並んで歩くなんてことは絶対にできなくなる。


 だから、気持ちを伝えるならタイムリミットはあと五分。「さよなら」をする、別れ道に着くまでだ。



 

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