第11話 校内案内

 眠気に耐えるだけの入学式を終えたジュリアは、在校生による校内案内を受けるために、数人ずつに分かれて待機していた。残念ながら、エバとは別の班のようだ。


 ジュリアのいるグループには、今朝会った黒髪の美女もいた。挨拶をしてみてびっくりしたのだが、黒髪の美女はサラ・シュラブ、ゲームのヒロインだった。


「はじめまして、サラ・シュラブと申します」


 サラの挨拶は、1年前まで平民として暮らしていたとは思えないほど美しかったが、今朝とは別人のように、ジュリアを見て怯えた顔をしていた。庇護欲をそそる、その雰囲気は、やっぱり、どこか玲美の親友に似ていて、ジュリアは今朝の出来事をすぐに水に流した。


(そういえば、光里もはじめて会ったときに怯えた顔をしてたかも)


 玲美が光里とはじめて会ったのは図書館だった。玲美は義母と顔を合わせたくなくて、放課後は図書館で勉強をしていたのだが、たまたま、光里が3人の女子に絡まれている所に遭遇したのだ。


 正義感の強い玲美は、すぐに割って入った。光里は玲美にも怯えていたが、光里にまったく非がないことが分かって、玲美が3人組を追い払うと、ハニカミながらお礼を言ってくれた。


 それから、しばらくは仕返しを心配して、光里のそばに護衛のように張り付いていた。光里は最初こそ遠慮していたが、家庭環境など共通点も多かったので、すぐに仲良くなり一緒にいるのが当たり前になった。


 そして、その後は玲美の方が相談したり愚痴を言ったり、光里に頼ることが多くなっていったのだ。


(なんだ、光里だと思えばサラとも仲良くなれるかも)


 ジュリアはそう思って、サラに話しかけようとしたが、すぐに思い直す。友人になってしまったら、いくら冷え切った婚約関係だとしても、友人の婚約者を奪い取ってくれるだろうか?


(うーん、残念。サラとの友情はお預けね)


 ジュリアは心の中でため息をつく。ジュリアにとってアイク姫との婚約解消は現在、一番の目的だ。サラが奪ってくれるのが一番楽だし、ちょっと怯えられているくらいの関係を保つ方が良さそうだ。


 ジュリアがサラの隣にいると、それだけで性格のきつそうなジュリアがサラを虐めているように見える。ジュリアは居心地の悪い思いをしながら、校内案内をしてくれる在校生が到着するのを待った。


(サラが同じ班にいるってことは、もしかして……)


「待たせてすまないね。この班の案内を担当するオリバー・アルカンサーナだ」


 ジュリアの予想通り、その場に現れたのは攻略対象者の最後の一人、隣国であるアルカン王国の第二王子、オリバー・アルカンサーナだった。オリバーはこの学園に留学しており、2年に在籍していたはずだ。


(オリバールートは正常みたいね)


 ゲームの中でヒロインのサラは、オリバーとこの校内案内で仲良くなる。悪役令嬢が同じ班にいた記憶はないが、今からのオリバーとサラの会話は重要だ。他の攻略対象者とサラは会話できていなさそうだったので、オリバーとサラの会話次第でサラがオリバールートを選べるようになるか、強制的にアイザックルートにいくかが決まる。


(えっと、2人がどういう会話をしていれば、オリバーの好感度が上がるのかな?)


 玲美は最初からアイザックルートに行く気満々だったので、オリバーとの会話は流し気味だった。正直、あまり覚えていない。


(まっいっか)


 ジュリアは諦めて普通に校内を案内してもらう事にした。これは現実でゲームの世界ではない。どうしても気になってしまうが、しばらくはサラの動向を見守るしかないのだ。


 オリバーとサラが先頭を歩き、ジュリアと他の生徒が後に続いて歩く。本当に校舎は広い。一度案内されないと迷う者も多いだろう。


「ジュリア様。あの女、図々しくありませんか?」


 一緒の班の子爵令嬢がサラを睨みながらジュリアに同意を求める。サラはオリバーと2人で仲良く話しているが、どちらかというとオリバーに質問攻めにあっている雰囲気だ。ジュリアはアイザックと仲良くなって結婚してくれるなら、サラが他の攻略対象者を落とそうが落とすまいがどっちでもいい。


 しかし、子爵令嬢はオリバーを取られて悔しいのか、ぎりぎりと歯を食いしばって見ていた。


(めんどくさーい) 


 そもそも、ジュリアは玲美だった頃から恋愛には疎い。告白されて哲郎と付き合ったが、浮気さえ気が付かなかったし、恋の駆け引きなんてしたことがない。


(気になるなら会話に入っていけばいいのに)


 子爵令嬢はよく見ると、悪役令嬢の取り巻きと顔がよく似ていた。ゲームでジュリアと共にサラを虐めていた人物かもしれない。


(うん、申し訳ないけど仲良くなれそうにないな)


 ジュリアは、愛想笑いだけを返して、さり気なく子爵令嬢から距離をとった。





「アイザック殿下の婚約者だったよね」


 しばらく、校内を回っているとオリバーがジュリアに近づいてきた。


「ええ、ジュリア・ルビギノーサと申します。オリバー殿下、よろしくお願い致します」


「私の事はオリバーと呼んでくれ、ジュリアでいいかな?」


「それで構いませんわ。オリバー様」


 ジュリアは戸惑いながら、それをオリバーに悟られないように笑顔を作った。たとえ他国の王子だとしても、侯爵令嬢を初対面で呼び捨てにするなどありえない。ましてや、ジュリアはこの国の王妃になる女性だ。


(オリバーって、女ったらしだったんだ。知らなかった……。あれ? この世界では呼び捨てにしてもいいんだっけ?)


 玲美の常識としては女ったらしい認定だが、ジュリアとしてはどうなんだろう。この世界の貴族男性のマナーまでは詳しく習っていない。


「兄弟はいるのか?」


「アイザック殿下と婚約したのはいつ?」


「好きな食べ物は?」


 ジュリアは最初こそ悩んだが、オリバーの質問攻めで、ジュリア的にも女ったらしだと認定することができた。サラも同じような目に合っていたのだろう。


「領地の特産品は何?」


「何か楽器は弾ける?」


(ジュリアのプロフィールのテストみたいになってるんだけど……)


 ジュリアはオリバーを面倒くさく思いながら、必死で思い出して質問に答えていった。先程の子爵令嬢がキレてないか心配になったが、侯爵令嬢のジュリア相手ならオリバーの贔屓も許せるらしい。


 それから校内案内が終わるまでオリバーの質問は続き、ジュリアはかなり疲れ果てて学園1日目を終えることになった。

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