第10話 攻略対象者
ジュリアは気を取り直して、エバと共にレンガ造りの校舎の中に入っていった。校舎とはいえ、貴族子女が通うこの学園の造りは、宮殿という方が近い。廊下には絨毯が敷かれており、壁には絵画も飾られている。
ゲームをやっているときから感じていたが、学園の校舎は玲美が通っていた王立高校にそっくりだ。国の中での位置づけも似ているので、玲美の高校を参考にしてゲーム開発者は学園を作ったのかもしれない。
「新入生はこのパンフレットを一部ずつ持っていって下さい」
パンフレットをたくさん抱えて配っている人物を見て、ジュリアは笑いを堪える。エヴァン・ドゥマリス。国王とはかなり年が離れているが、この国の王弟だ。
攻略対象者の一人である彼はこの学園で教師をしている。しかし、国王にはアイザック以外の子供はいないので、王位継承権第2位なのだ。ゲームの中でもこの扱いだったが、国の重要人物であり、雑用をさせていい人間では絶対にない。こういう所を見てしまうと、本当に雑なゲームだったとジュリアは今更ながら思う。
周囲を見ると、新入生たちの中でも高位の貴族は、王弟だと気がついて明らかに戸惑っている。逆に王弟に会ったことがない子爵以下の新入生の方が堂々と受け取っていた。
「殿下、お久しぶりでございます」
ジュリアはパンフレットの配布を邪魔しないよう気を配りながら声をかける。
「ジュリア、ここではエヴァン先生で構わないよ。体調はもういいのかい?」
「はい、お陰様でこの通り元気になりました」
「そう、良かったよ」
ジュリアが臥せっていたのは1年も前のことだが、王家には回復が遅れていると報告していた。マナーが直るまでジュリアを誰にも会わせたくないという、侯爵夫婦の意向があったためだ。
王家に嘘をつくとは如何なものかとジュリアは思うが、そうしなければ会食を断るのは困難だったようだ。
侯爵夫婦はジュリアに記憶がない事も侯爵家の恥になると考えているようで、屋敷外の人間には記憶喪失であることは秘密にするよう、きつく言われている。
ゲームの知識がなければ、ジュリアも王弟を無視していただろうが、そうならないための知識の補填も侯爵夫婦からはなされなかった。
両親にも婚約者にも冷たくされているジュリアが可愛そうでならない。ジュリアは未だにちょっと他人事のように冷静にそんなことを考えてしまっていた。
「エヴァン先生、手伝いますよ」
ジュリアの申し出にエヴァンは笑って首を振る。
「ジュリアにやらせることではないよ。これを持って会場に向かいなさい」
ジュリアはエヴァンから2人分のパンフレットを受け取って、1枚をエバに渡した。周囲を見てみると、いつの間にか新入生たちがジュリアたちを遠巻きにしている。エヴァンの邪魔をするのは不本意なので、ジュリアはエヴァンに挨拶をしてその場を離れた。
そういえば、ジュリアはうっかり手伝うと口にしてしまったが、ゲームでエヴァンに会ったときにも、そんな選択肢があった気がする。手伝うを選んで好感度を上げた覚えがあるが、現実でも同じなのだろうか?
エヴァンの側に手伝いをするヒロインらしき女子生徒の姿はなかった。エヴァンの好感度を上げる気がないのか? それとも現実にはヒロインは存在しないのか?
(そもそも、ヒロインってどんな子なんだろう?)
終始ヒロイン目線で進むゲームでは、ヒロインの姿は出てこない。名前も自由に決められるので、玲美のようにめんどくさくて初期設定の名前、サラ・シュラブを使っていなければ、男爵令嬢というだけで、家名すら違うかもしれない。
ヒロインがアイザックを選んだかどうかを知るためには、誰がヒロインであるかを知っておくことが大前提だが、ジュリアには手がかりがなかった。
入学式の会場に入ると男女で左右に分かれており、身分ごとに席がだいたい決まっていた。当然、ジュリアは一番前の席で、ジュリアと一緒にいたエバもそのまま隣に通された。
後ろの方がぼんやり出来ていいのにと思ってしまうが、王太子の婚約者らしく、頭のてっぺんからつま先まで気合を入れる。まだ新入生の席は半分もうまっていないが、明らかに視線はジュリアに集まっていた。
「ごめんね。私といると、どうしても目立ってしまうわ」
「気にしないでいいわよ」
エバに申し訳なく思うが、こればっかりはどうしょうもない。
「あちらも注目されているわね」
エバの視線の先を見ると男性側の席に攻略対象者が2人仲良く座っていた。その2人を女の子たちがキャピキャピと見つめている。
ゲームの知識と少し予習をしたのでジュリアは名前もきちんと把握していた。小柄でメガネをかけたインテリ風なのが、宰相の息子であるイザヤ・フェティダ公爵令息。対照的に筋肉が制服の上からでも確認できるような大柄な男が、騎士団長の息子であるウラジール・ウッドシー伯爵令息だ。
ともにジュリアと同い年でアイザックの幼馴染でもあるので、必然的にジュリアとも面識がある。使用人たちからの情報によるとアイザック同様、ジュリアとはあまり折り合いが良くなかったようだ。王弟はそんな様子はなかったので、ジュリアより彼らに問題があるのではないかと思ってしまう。
そういえば……
この2人とヒロインが最初に会うのは、この会場だったはずだ。たまたまヒロインが2人の隣に座った事がきっかけで、会話が弾んでいく。この会話によって攻略出来るかが決まってくるはずなのだが、男女分かれて座るこの形式では、そんなエピソードは絶対に起こらない。
(やっぱり、ゲームと現実では違うのかな?)
玲美が遊んだときのように、レベルが異様に高ければ挽回のしようもあるが、普通ならこの出会いはとても重要なはずだ。他の攻略対象者の好感度を上げられなかった場合は、強制的にアイザックルートに入ると光里は言っていた。ジュリアとしては願ってもないことではあるが……
キャーーー
悲鳴に近い歓声が会場に響き渡る。その声の中心にいたのは、アイク姫こと、アイザック・ドゥマリス王太子殿下だった。学園の最終学年である3年のアイザックは普通の生徒なら入学式には出席しない。だが、アイザックは生徒会長なので、入学式で在校生代表の挨拶がある。
アイザックは教師を部下のように従えて来賓席に座っている。元々中性的な顔立ちなのも災いして、遠くから見ていても、姫っぽさが滲み出てしまっている。
「アイザック殿下、かっこいいわね」
エバもチラチラと不敬にならない程度に盗み見ている。
「そうね」
ジュリアの素っ気ない返事に、エバは不思議そうな顔をしたが、ジュリアに尋ねることはしなかった。
ゲーム内では、ジュリアと父親の侯爵が、野心のためにアイザックに強引に近づいた事になっている。ジュリアはアイザックに懸想し、嫌がるアイザックに付きまとっていると噂されていた。
周りの態度から想像すると、現実でもこれらの噂が流れている気がする。ジュリアがゲーム内で悪役令嬢と呼ばれ、現実でも怖がられているのは、このあたりに原因があるのだろう。
メイドたちの話や周りの使用人たちの態度を見る限り、ジュリアが悪役のような性格をしていたとはとても思えない。自分で言うのもなんだが、玲美のほうが性格はきついくらいだろう。
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