第9話 入学式

 入学式の朝、メイドに手伝ってもらって制服に着替えたジュリアは、あたって砕けろの精神で学園に向かった。


 いよいよ、乙女ゲームが始まった。


 現実でも同じことが起こるとしたらという注釈がつくが、乙女ゲームはヒロインが学園に入学してからの1年間が舞台になっている。


 ジュリアと同い年のヒロインは、これから1年間の生活で人生が決まると言っても過言ではない。攻略を失敗することもゲームではありえたので、とっても大切な1年間なのだ。


 しかし、ジュリアにとって大切なのは、実は入学式からの数日間だ。その間にヒロインは攻略対象者と会話をすることにより好感度レベルを上げ、プロローグであるミニゲームの成績と合わせて好感度がたりていた攻略対象者の中からヒーローを選ぶ。ヒロインの人生になるべく干渉したくないジュリアは、ここでヒロインがアイザック以外の男性を選んだ場合は、ゲームで起こる事以外で婚約解消の手立てを考えなくてはいけなくなる。


(とりあえず、学園生活を楽しみながら、ヒロインたちの様子を観察ね)


 玲美は18歳だったので、ジュリアになって数年戻った感覚だ。せっかくなら、アイザックたちの事ばかりではなく、人生を楽しみたい。ジュリアはそんな事を考えながら学園の門をくぐった。


「ジュリア様、おはようございます」


「おはよう」


 同じ寮の生徒たちが緊張気味にジュリアに挨拶をする。少し忘れていたが、ジュリアは悪役令嬢だ。見た目はきつい顔をしているし、王太子の婚約者で身分も高い。どう見ても同級生たちのジュリアへの態度は友人に対するものではなく、ジュリアは友達ができるか不安になった。


(確か取り巻きがいたはずだけど……)


 ゲームを思い出すと、悪役令嬢の後ろにはいつも数人の取り巻きがいて、一緒に行動していた。確か一人だけちゃんと名前もあったはずだが、ジュリアは思い出すことができない。


「ジュリア様」


 呼ばれて振り返るとジュリアにも負けないほどのハッキリした顔立ちの少女が凛として立っていた。


「ご挨拶が遅れて申しわけありません。エバ・コリンビフェラと申します」


 ジュリアは少女の名前を聞いて思わず声を上げそうになった。エバ・コリンビフェラ。ジュリアの父、ルビギノーサ侯爵の部下であるコリンビフェラ伯爵の娘で、先程思い出せなかった、ゲームのジュリアの取り巻きだった女性だ。


 取り巻きというから、ジュリアに怯えたり、ごまを剃ったりするのかと思っていたが、エバはジュリアに怯えることもなく、普通に接してくれている。


「はじめまして、ジュリア・ルビギノーサと申します。よろしくお願い致します」


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 エバはぎりぎりまで伯爵領に居たそうで、使用人たちが今、急いで寮の引っ越し作業を行っているらしい。エバ自身は領地から直接入学式に来たそうで、朝早くから大変だったと笑った。


 伯爵令嬢のエバは、ジュリアと同じ寮のはずなのに、今まですれ違ったりもしなかったが、その状況なら当たり前だ。

 

「ジュリア様、私の事はエバとお呼び下さい。敬語もいりませんわ」


「では、エバ。私のこともジュリアと呼んで」


 エバは身分を気にして辞退しようとしていたが、友達になってほしいと伝えると笑顔で了承してくれた。


「緊張していたけど、ジュリアが気さくな人で良かったわ」


「私もエバが話しやすい人で嬉しい」


 ジュリアは友人を作るのを諦めかけていたので、エバに出会えて本当に嬉しかった。ジュリアにも光里ひかりのように話せる相手がいた方が、楽しいに決まっている。


 そんなことをジュリアが考えていると黒髪の美しい女性が2人の横を通り過ぎていった。女性は広がってしまった黒髪を左手で耳にかけている。


「光里?」


 ジュリアは黒髪の女性に親友の面影を感じて呟く。女性はジュリアの呟きに反応したかのようにこちらに振り返ったが、一瞬驚いた顔をしてジュリアを見た後、キッと睨んで歩いていってしまった。


「知り合い?」


 エバが歩き去る黒髪の女性を怪訝そうな顔をして目で追っていた。


「人違いだったみたい」


 光里も美しい女性だったが顔はまったく似ていない。女性が黒髪だったし、光里の事を考えていたので重ねてしまっただけかもしれない。


「何で睨んできたのかしら?」


「分からないわ」


 悪役令嬢とは恐れられるだけではなく、敵意を向けられることもあるみたいだ。そう思うとこれからの学園生活が不安になるジュリアだった。

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