第8話 寮生活開始!

 あっという間に1年が過ぎ、玲美は、いや、ジュリアは学園入学を1週間後に控えて、寮への引っ越しをしていた。と言っても、侯爵令嬢であるジュリアは、使用人たちが引っ越し作業を終えた部屋に身一つで移動するだけだ。それでも、侯爵邸を出るということで、それなりに周囲は慌ただしかった。


 ジュリアが通うことになる学園には、アイザック・ドゥマリスが王太子を務めるドゥマリス王国の貴族の子女が国中から集まってくる。16~18歳の3年間通うことになるのだが、王太子も含めてすべての生徒が寮から通う全寮制だ。


 一応、生徒たちは身分に関係なく平等だということになっているが、実際は寮の部屋から平等ではない。寮は男女それぞれ2つずつあり、伯爵家以上の生徒の寮とそれ以下の生徒の寮に分かれている。部屋の広さや設備も身分によって異なるようだ。


 現在、女性の王族や公爵家のご令嬢は在学していないので、侯爵令嬢であるジュリアに一番良い部屋が割り当てられた。一人部屋であるし、リビングと寝室、浴室なども、もちろん完備されている。メイドの部屋もあり、身の回りの世話は学園から派遣されるメイドがしてくれる。


 ジュリアは家族と関わりがなかったので、あまり代わり映えのしない生活になりそうだ。


 部屋に落ち着くとジュリアの部屋には同級生たちが次々と挨拶に来た。先輩方まで挨拶したいと言ってきたときにはどうしようかと思ったが、王太子の婚約者としては受け入れるしかない。挨拶なんていらないと言っても角が立つので、永遠のように続く挨拶を大人しく受け続けた。


(ゲームをしているときには、性格悪い女だとしか思ってなかったけど、それなりに苦労しているのね)


 ジュリアは挨拶が一段落すると、ルビギノーサ侯爵家と派閥が同じで、危険性の少ない生徒から貰ったお菓子をいくつかつまんだ。他のお土産は勿体ないが、毒が入っている可能性もあるので捨てるしかない。これは、王太子の婚約者であるジュリアには当然のことだ。


(王太子の婚約者か……)


 ジュリアはメイドの淹れてくれたお茶を飲みながらため息をついた。


 マナーの勉強が忙しすぎて忘れていたが、ゲームが始まってからの行動について考えておかなくてはいけない。


 乙女ゲームの攻略ルートは全部で5つ。ジュリア侯爵令嬢が悪役令嬢としてヒロインの前に立ちはだかるのは、アイザック王太子ルートのみだ。あとのルートでは、少し性格のきつい王太子の婚約者にすぎない。つまり……


(ヒロインがアイク姫を選んでくれなかったら、私がアイク姫と結婚しなくちゃいけない!)


 ヒロインに会って、アイザックの良さを熱弁するべきだろうか? ジュリアとしては明らかにハズレな王子を他人に押し付けるのは気が引ける。


 それにアイク姫の良さってなんだろう?


(……)


 仕方ないから、アイザックと結婚して、仮面夫婦として他に楽しみを探すべきだろうか? ジュリアが倒れるまでは月に一度会っていたようだが、この一年、アイザックは手紙一つ送ってこなかった。どんなにジュリアが我慢しても、そんな相手と仲の良い夫婦になることは不可能だ。


 ヒロインは男爵令嬢なのでジュリアのいる寮には入れない。そもそも、ゲームと同じようにヒロインは存在しているのだろうか?


 そう考えると、入学式に行ってみないと分からないことが多すぎる。


 結論の出なかったジュリアは、何もせずにとりあえず流れに任せてみる事にした。


(そのうち、いいアイデアが浮かぶはず!)


 こうして、楽観的なジュリアはあまり深く考えることもなく入学式を迎えることになった。

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