第7話 マナーを学ぶ

 翌朝、目を覚ますと玲美の部屋にいた。なんてことはなく、玲美は昨日と同じ天蓋のあるベッドの上で目を覚ました。どう見てもジュリアの部屋で間違いない。玲美はこの日から、腹をくくってジュリアとして生きることにした。


 数日ベッドで過ごしたあと、ジュリアとしての生活を始めた玲美は、概ね順調だった。玲美の生活と、ほとんど変わらなかったからだ。


 玲美の世界では蓄積した魔力を動力として動かす魔道具が多用されていた。それがないのだから、水道からお水を出すのも、部屋を明るくするのも大変だと思っていた。しかし、この世界にも同じ道具が存在していたのだ。


「魔道具があるのね! 安心したわ」


 玲美は嬉しくなってケイリーに言ってしまったら、青い顔をされた。


「お嬢様、申し訳ありません。魔法は物語の中にしか存在しません」


 ケイリーが医師を呼ぼうとするので、玲美は冗談のつもりだったと必死で止める羽目になった。恐る恐る何を動力にしているのか聞いてみたが、ケイリーも知らないらしい。


 このように、ケイリーに心配されたりもしたが、使い方は魔道具と変わらない物が存在したので、玲美と同じように生活していれば問題ないようにみえた。


 夕食までは……


 ジュリアの両親である侯爵夫婦は、目を覚ましたジュリアの見舞いにも来ないほど、ジュリアに無関心だった。それなのに、夕食を一緒にとることになったのだ。弟も同様で、夕食の席に現れるまで玲美は存在すら忘れていた。


 玲美はいつものようにナイフとフォークを持って食事を始めたのだが、会話はまったくない。本当はアイク姫との婚約解消の相談をしたかったのだが、そんな雰囲気でもないので黙々と食事を続けた。


 さらに、侯爵夫婦は時間が過ぎるにつれて打ち解けるとは真逆に、玲美への視線をさらに冷たいものに変えていった。弟は侯爵夫婦にも玲美にも無関心を貫いている。


「この子は何なの? ケイリー、見苦しいわ。なんとかしなさい」


 夫人がケイリーに吐き捨てるように言って退場したところで、夕食会は終了した。侯爵と弟は夫人の行動なんて無かったかのように無言で立ち去ってしまう。玲美は呆然としたまま、『家族』の姿を見送るしかなかった。


 ケイリーは言いにくそうにしていたが、どうやら玲美の食事のマナーに問題があったようだ。


 玲美は由緒正しき貴族の娘なのだが、玲美として得た淑女としての知識もまったく役に立たなかった。


 『ゲームの世界に転生してしまった小説』のように、マナーやお勉強の内容は不思議と頭の中に残っていて完璧にこなせましたというようなことも残念ながら無いようだ。


(乙女ゲームは、玲美わたしの世界の人が作ったんじゃないの?)


 玲美は「私の方が合っているのに!」と叫びたいところだったが、家庭教師がつけられマナーの授業を受けることになった。


(今頃、ヒロインもマナーの授業を受けているのかな?)


 玲美は家庭教師の小言を聞き流しながら、そんなことを考えていた。


 ケイリーに確認したところ、ジュリア・ルビギノーサ侯爵令嬢は現在、ゲームが始まる1年前の15歳だった。


 正確にはゲームが始まる前ではなく、プロローグの時期と言う方が正しいが、プロローグには悪役令嬢は登場しない。市井で過ごしてきた主人公サラが、本当の父親である男爵に見つけられて、男爵令嬢として過ごすための特訓を始める。これがゲームのプロローグなのだ。


 特訓という名のミニゲームで初期のステータスを主人公は決めている時期で、確か、ゲーム内では食事や挨拶のマナーなどをしている描写になっていた。もっとも、クリアごとに初期ステータスの最低値が上がっていく仕組みだったため、光里がやり込んだ後に遊んだ玲美は、最初から何もしなくても最高レベルで、ミニゲームはスキップボタンを連打するだけで終了したのであまり覚えていない。


 というわけで、本当であれば市井育ちの主人公だけが行うはずのマナーの授業を、ジュリアとしての記憶がない玲美も、ルビギノーサ侯爵邸で行っているわけである。


 玲美にとっては屈辱的で、不本意すぎる状況だが、他にも同じ思いをしている者がいると思うと、私も頑張ろうと少しは思うことができる。ヒロインがゲーム通りに存在しているのであればだが。


「ジュリアお嬢様、右手の位置が違います。もう一度最初からお願いします」


 玲美は子供の頃から頑張って覚えた礼儀作法をすべて否定されてイライラがつのった。


 習って見て分かってきたことだが、この世界のマナーは、どうやら玲美の世界からすると100年近く前の古いマナーのようなのだ。


 ただ、その頃は女性が高校に行くことが許されなかった時代なので、学園入学が決まっているこの世界の時代設定とは合わない。独立した世界なら納得がいったが、玲美の世界の人間が元々作ったと思うとやはり不満だった。


(ちょっと! ゲームの運営! 出てきなさいよ!)


 玲美の世界の人間に会えるわけもないが、玲美は心の中で悪態を付きながら、玲美的には時代遅れのマナーを学園入学までに必死で学ぶ事となった。

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