第6話 指輪

「あの……お嬢様。アイザック王太子殿下から頂いた指輪なんですけど……」


 毒の事で頭がいっぱいになっていた玲美に、ケイリーは申し訳なさそうに聞いてくる。


「指輪?」


「昨日の夜までは左手に付けていらしゃったのですが……」


 玲美はそこまで言われてやっと思い出す。どうやら、哲郎に貰ったものにそっくりだった指輪は、アイザック王太子殿下から贈られた指輪だったようだ。


(でも、王太子が贈るにしては安物すぎない?!)


 普通の市民なら婚約指輪になる程度には高価な指輪だが、一国の王太子が贈るような指輪ではない。この世界の生活水準が低いのかとも考えたが、ジュリアの部屋にある装飾品はどれも高価な物ばかりなのでそうではないだろう。


(婚約者に贈る指輪をケチるとかサイテー!)


 玲美は心の中で悪態をつくが、なんとか指輪をつけなくて済む言い訳を考えなくてはと思うと冷静になれた。哲郎だけでも嫌なのに、さらにつけたくない理由が増えてしまったのだ。絶対に毎日つけることは避けたい。


「指輪は傷つけるのが怖くて外したの。王太子殿下からのプレゼントと聞いたら、尚更付けるのが怖いわ」


 玲美が人生で一度も使わなかった上目遣いをして、ケイリーに訴えると、ケイリーは少し頬を赤く染めて納得してくれた。美少女の力は偉大だ。


 指輪のケースも渡してくれたので、触りたくないが後で放り投げた指輪を回収して入れて置かなくてはいけない。


 ケイリーは夕食の準備をしてくると言ってくれたが、玲美はいらないと言って断わった。お腹が空いていなかっただけなのだが、すごく心配していたので申し訳ない気持ちになる。


 ケイリーがいつでも呼んでほしいと言ってベルを置いて出ていくと、玲美は落ち着いて状況を整理することにした。いつも考えるときにそうしていたように、たまたま枕元に置いてあったくまのぬいぐるみを抱きしめる。


 症状からの推定ではあるが、ジュリアが飲まされた毒はかなり強いものだ。吐き出して解毒すれば問題ないが、徐々に悪化していった状況から考えると回復は難しい状態だったのだろう。それは玲美が起きているのを見たときのケイリーと医師の反応からも裏付けられてしまっている。


 もしかしたら、ジュリアとしての記憶が徐々に戻ってくることもあるかもしれない。しかし、本当のジュリアは亡くなってしまい、そこに、玲美の魂が入り込んだ。ジュリアの状況から考えるとそちらの方が可能性が高そうだ。


 では、玲美の身体は……


 玲美はゾッとして自分の腕をさすった。きっと、玲美もまたあのとき死んでしまったのだろう。確かに心臓が痛くて苦しかったが実感がない。


 玲美が死んでも悲しむ者などいない。玲美の本当の母親が生きていた頃の父なら悲しんでくれたかもしれないが、いつも困った顔をして玲美を見ていた父ならば、義母との板挟みから開放されてホッとしているかもしれない。


 光里だけは悲しんでくれただろうか?


 玲美はもう一度ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。親友が悲しむところなんて見たくないのに、どこかで悲しんでほしいと思っていることは許してほしい。


 玲美は泣きそうになって慌ててベッドに潜り込んだ。玲美は泣くわけにはいかない。メイドでさえ、回復を心から喜んでもらえるようなお嬢様の身体を奪い取ってしまったのだから……


 もしかしたら、玲美は意識を失ったあと夢を見ているだけなのかもしれない。ゲームのやりすぎが原因で作り出されてしまった夢。


 感覚からすると僅かな可能性ではあるが、やっぱり、戻りたい気持ちは捨てきれない。たとえ、家族に疎まれていても、恋人に二股をかけられてもやっぱり生きていたかった。思い返すと玲美の人生は中々に壮絶だったとちょっとだけ笑えた。


(次に目が覚めたら、玲美わたしの部屋に戻っていますように……)


 玲美はそう願いながら瞳をゆっくりと閉じた。

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