第13話 買い物へ
あっという間に学園入学から半年がたった。嫌な事もあったが、ジュリアの学園生活は概ね順調だ。
他の学年の生徒には相変わらず怖がられているが、クラスメイトはその後も態度を変えることなく話しかけてくれている。むしろ、アイザックがジュリアをいないように扱っているので、同情的な視線まで受けるようになっていた。
もちろん、ジュリアはアイザックとサラが仲良くしてくれているなら、アイザックの動向にあまり興味はない。今、ジュリアが一番興味を持っているのは休日のおでかけについてだ。
1年生は学園に慣れるまで街への外出が禁止されていたが、入学して半年が経ったため許可がおりるようになった。今日、ジュリアはエバと約束をして、街に買い物に出ることになっている。
「ジュリア、どこか行きたいところある?」
「うーん。私、街には詳しくないんだ。家が厳しくて……。おすすめの場所とかある?」
侯爵家では屋敷外に出る事が許されていなかったので、ジュリアにとっては、この世界に来てから初めての外出だ。
学園のあるドゥマリス王国の王都は、日中であれば女性が一人で歩いても問題ないほど治安がいい。貴族令嬢でも普通なら街を歩いたことがあるのが一般的らしい。
「それなら、まずは雑貨屋さんに行ってもいい? とってもかわいいお店がこの近くにあるの」
「私も行ってみたい!」
「良かった、こっちよ」
エバの案内で街の中を歩く。馬車を寮の前まで呼ぶこともできたが、せっかくなのでジュリアは街を歩いてみたかった。この世界は玲美の暮らしていた街を参考にして作られたのだろう。ゲームの画面では気づかなかったが、懐かしく感じる風景もそこかしこにあった。
玲美としての最後を迎えたであろう、噴水に似た場所の前を通ったときにはドキリとしたが、他は懐かしくて心地良い。
「このお店よ」
エバに連れられて入ったお店は、ジュリアたちと同世代の女の子たちで賑わっていた。
「かわいい」
お店の中に入るとカラフルな小物がジュリアたちを出迎えてくれた。ノートやペンなどの文房具や、くしや鏡もある。一つ手に取っては2人であれこれ言いながら、お店の中を歩いていて見つけたある商品に、ジュリアは釘付けになった。
ふわふわとしたパステルカラーのファーチャーム。結びつけてあるレースのリボンにも見覚えがあった。
『さり気なく、レースにハートが入っているところが可愛いよね』
光里の笑顔とともに懐かしい声が聞こえた気がして、ジュリアは少し切なくなった。それは、同じ物だと錯覚するくらい、光里と玲美がお揃いで買ったファーチャームにそっくりだった。
「レースがハートになってて可愛いわね」
ジュリアがハッとして振り返ると、大切なジュリアの友人、エバの笑顔があった。
「ねぇ、エバ。お揃いで買わない? 友情の証!」
ジュリアは気がつくとそんな提案をしていた。
「いいわね。ジュリアは何色にするの?」
「クリーム色かな」
「じゃあ、私はピンクにする」
光里が持っていたクリーム色、玲美が持っていたピンク。色まで揃ってジュリアはなんだか泣きそうになった。
「どうしたの?」
「なんでもない」
ジュリアは頑張ってエバに笑顔を向けた。
「少しお腹空いたね」
エバが心配そうにジュリアを見ていたけれど、ジュリアは唐突にそんなことを言った。
「今、学園でも流行っているカフェに行く? チョコレートケーキが有名なの」
エバはジュリアが話をそらしたことに気がついただろうが、そこには触れずに話を合わせてくれた。
「チョコレート好きよ」
「じゃあ、次はそこに行きましょう」
エバはジュリアと共に会計に並びながら、今日が楽しみで調べてきたんだと言ってカフェの話を詳しく教えてくれた。雑貨屋のある道を一本入った所にカフェはあるらしい。
本当は学用品を買うために貰ったお金で、ジュリア、人生初の支払いを済ませて雑貨屋を出る。エバに連れられて少し歩くと、すぐにチョコレートケーキの絵の入った看板が見えてきた。
ジュリアが向かおうとするとエバが突然立ち止まってしまった。
「やっぱり、別の店にしましょう。なんか、タルトが食べたくなってきちゃった」
「え? 急にどうしたの?」
エバはジュリアの質問にも答えずにくるんと方向転換する。明らかに不自然だったので、ジュリアがカフェの方を注意深く確認すると、サラとアイザックが仲良くチョコレートケーキを食べているのが見えた。
「あっ!」
アイザックと目があってしまって、ジュリアは慌てて視線をそらす。エバが気まずそうな顔をして、ジュリアの腕をグイグイと引っ張った。
「タルトの方が絶品だから、早く行こう!」
エバはいつも以上に明るい声で言って歩き出す。ジュリアはアイザックなんて興味ないと言ってしまいたくなったが、アイザックは王族だ。ジュリアが婚約者である以上軽々しくそんなことは口にできない。
ゲームの通りであれば、アイザックはルビギノーサ侯爵家が後ろ盾になっていないと王太子の立場が危うい。ジュリアとの結婚がなくなれば、王弟、エヴァンを押す者も多くなり国が揺れると予想されていた。
そのため、アイザックが何度もサラとの結婚を国王に掛け合うが許さず、結局、卒業パーティでの強行手段に出るのだ。
ジュリアとアイザックの婚約破棄が起これば、エバの家、ルビギノーサ侯爵家派筆頭のコリンビフェラ伯爵家への影響も大きい。先に伝えて対策をとってもらいたい気持ちもあるが、断罪に巻き込まないためには、エバは何も知らない方がいい。
タルトのお店に入ってからも、ジュリアを気遣って明るく振る舞うエバの様子に、ジュリアは罪悪感を感じながらタルトを食べることになった。
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