アリス=暁委員長
「ねえ、目を覚まして穂希!」
ベッドに横たわる暁委員長に有紀が懸命に声をかけても何も反応が返ってこない。
「有栖川さんどうしてこんな状態になったか覚えてる」
「わからない。最後の授業が終わったあと穂希が机にうつ伏せになったまま寝てて。起こしに行ったらこの状態になってて。穂希が学校で寝るなんて一度もなかったのに」
手を震わせながら、目の前で幼なじみが目を覚さないことにくずれ落ちる有紀の姿に私はがひざを抱えてうずくまった。
遅かった。なんでもっと早く夢の主が委員長だって気づかなかったの。
ウサギは有紀、そして同じ時間は双子と言われていた時のこと。そして今朝目を覚ますために顔を洗っていたのが委員長がアリスである決定的なものだったはず。
そもそもあの日委員長が図書室に来た時に『不思議の国のアリス』を借りようとしていた時に気づいてたら。自分の夢に不思議の国のアリスが出てきたら、何か意味があると思って調べようと来ていたと考えたら委員長が夢の主とわかったのに。ずっと有紀が悪夢を見ていると思い込んでしまったばかりに、取り返しのつかないことに。
けど、暗いひざの中に沈んでいく私の手を白澤君が引きずり出した。
「最後まで諦めないで」
「え?」
「まだ委員長は悪魔に完全にとらわれているわけじゃない。まだ睡眠不足で免疫が弱くなって強い眠りに落ちただけだ」
「じゃあまだ助かるんだね」
「たぶん委員長は今夢の中だ。手をつないで、いっしょに委員長の夢の中に入るんだ」
白澤君の言葉を信じてカーテンを閉めようとすると泣き叫ぶ有紀に再び目に入る。ごめんね有紀。そして小さく「待ってて」と声をかけ、カーテンを閉めると白澤君と同じ体勢で横になる。
「お札は持ってる」
「うん」
「さっき起きたばかりだけど大丈夫」
「うん。自慢じゃないけど二度寝は自信がある」
「よし、委員長を助けよう」
ぎゅっと白澤君の手をつなぐ。少し大きな手が私の頼りない手を結びつける。まだ助けられるそう信じて目をつむると、ガクンと体が落ちていく。
***
寒い風が体を通り抜けて肌寒く感じたことで、目を開けた。
アリスいや暁委員長の夢の中に再び入り込んだようだ。私たちの姿は前に来た時と同じ眠りネズミとチシャ猫の姿だったけど、降り立った場所はケーキのあった部屋でも、この前の森の中でもない、長いろうかだ。
灯りは一つもないため薄暗く、壁も床も赤一色で染められたろうかは、誰もいないことも相まって薄気味悪い。
「なんか怖い感じがする。委員長を連れ去ったトランプ兵みたいなのもいないし」
「夢に入るときは夢の主のいるところに直接移動できるわけじゃないから。まずは委員長を探さないと、悪夢には気を付けてね」
白澤君と共に委員長を探しに赤いカーペットの上に沿いながら通路を歩いて行く。薄気味悪い赤いろうかは途中挟まれる柱までも赤に染まっているほど徹底していた。もしかして私たちは赤の女王の城にでもいるのだろうか。でも赤の女王と言えばバラの花園とクローケーと裁判のイメージなのに、こんな永遠と続くようなろうかは見たことがない。もしかすると委員長の記憶の断片が混じっているのかも。
にしても、いつまで続いているんだろうこのろうか。同じ色と柱しかないから進んでいるのかさっぱりだ。
そんなことを考えながら歩いて行くと、向こうで何か黒い影が見えてきた。黒い影はだんだんと大きく四角い形をしてこちらに向かってきていた。
「トランプ兵だ!」
ろうかの向こう側からやってきたトランプ兵が持っている槍を前に向けて私たちの方目がけて突進してきた。
一人ぐらいならと札を構えようとすると、トランプ兵の体が微妙にズレが起きていた。そしてぴょんと後ろから二人目、三人目と後ろにトランプ兵が潜んでいた。
「まずい、後ろに逃げよう」
反対方向に足を向けて走りだすと、まるで狙いすましたかのように反対側からもトランプ兵がやってきた。
前にも後ろにも。でも今私たちが向いている方向には一人だけ、これなら倒せるかも。私がトランプ兵に対してお札を投げつけようとしたその時白澤君の前足が出て止めた。
「間さんこれ進んでない。このカーペット僕らが歩いている方向に合わせて動いている」
「え!?」
下を向くと暗くてわかりにくかったが、カーペットが足の動きに合わせて動いていた。そして足を止めると同じくカーペットの動きが止まる。歩いていてはそのまま、止まっても意味はないとなんていじわるなろうかだ。これでは倒しても後ろのトランプ兵に捕まってしまう。
「扉を!」
お札を一枚消費して、横の壁に私たちが入れるぐらいの小さな扉をつくる。ぴょんとろうかから飛んで、その勢いで扉を押し開けて逃げ込んだ。
壁の向こう側に飛び込むと、扉から無数の手がいくつも飛び出してきた。トランプ兵が追いかけようと扉に手を入れてみたみたいだけど、扉と体の大きさが違うため手だけしか入ってこれなかった。
「押して」
「えいっ!」
ぐいっと扉を押して、トランプ兵たちの手を押し返す。押されているとわかったのかトランプ兵たちの手はより暴れだし、上に横にと抵抗を試みている。ぐいっぐいっと少しづつ扉を押して完全に閉めると、お札の効果が切れたようで壁の中に消えてしまった。
ふうっと一息入れたと思った瞬間。黒い手が私の体につかみかかった。
扉を閉めた際にトランプ兵の腕が切り離されて、こっちに残ったらしく体の小さい私を襲ってきたらしい。
「くっこの」
お札を取り出そうにもがっちりと締め付けられていて、手が動かせない。
「離れろ!」
白澤君の猫パンチが腕に直撃して、その反動で握られていた手が離された。残っていたトランプ兵の腕が床をはいずりながら迫ってくるも、腕一本一本を強烈な猫パンチで撃ち落としては倒されていく。
そして最後の腕が地面に落ちると完全に腕は動かなくなってしまった。
「間さん!」
「だ、大丈夫。ちょっと怖かったけど。これトランプ兵の手だよね。私たち委員長のすぐそばにいないはずなのに、なんでトランプ兵が攻撃してきたの」
「たぶん悪夢が僕たちが入り込んできたことを察知して、遣いやったんだ」
「でも私たちまだ悪夢と直接対峙してないのに、見つけられたの」
「悪夢も僕らと同じく夢の中で起こったことを覚えているからね。おそらくどこかで遭遇していたんだ。でもこのトランプ兵、全員悪夢が乗り移ったものじゃない。かなり夢が侵食されているみたいだ」
今まで見てきた夢とは気色が違ってる。それまで不思議の国のアリスの世界に似た明るくておかしな世界だったのが、さっき襲ってきたトランプ兵の腕みたいに恐怖と不気味が現れていた。もう事態は委員長にとってよくないものになっているのが、この夢の中で感じられる。
白澤君の目がギラギラと光らせながら警戒をしながら、入ってきたこの部屋を進んでいくと広い部屋に出た。
広い座席には大勢の動物やトランプが席に座っているけど、みんな難しい表情をしながら観客たちは皆奥の高い席にいる人物に視線を注いでいた。
「これより誰がケーキを盗んだか、裁判を開始する」
裁判長席から甲高い声が響き渡る。その席には、でっぷりと太って赤いハートのマークで彩られたドレスを着た中年の女性が王冠を被りなおしてした。間違いない赤の女王だ。
ということは。と反対側を見ると、思った通り証言台の席には、アリスが不安げな表情で立たされていた。
「委員長!」
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