誕生日会に誘おう

 どんよりとした重い雲が空を覆っていた。悪夢から守ろうとしたのに、アリスは悪夢に連れ去られてしまった。

 私の力を頼られていたのにモブキャラみたいに大事なところでうろたえて、どう白澤君と顔を合わせたらいいのかと通学路のアスファルトを踏みしめながら歩いていると、十字路のところに白澤君が立っていた。


「白澤君! どうしてこんなところに」

「いつもこの通学路を通るから、待っていたんだ。今朝はちゃんと起きれた?」


 心配そうに聞いてくる白澤君に私は首を縦にして返事したが、実際は目覚めは最悪だった。昨夜の夢の中でアリス有紀が連れ去れたところで終わってしまい、目覚めは最悪だ。


「連れ去られたアリスはあの後どうなるの」

「今のところは何も起こらないと思う。あそこで夢が終わったということは夢の主が夢から覚めたと思う」


 それで安心、できるわけじゃないんだよね。次に夢を見るときに悪夢がアリスを連れ去った後のところから始まるんだ。


「どうしたらアリスを助けられるの。お札をもっと用意しておくとか」

「あせっちゃだめだ。次の夢が僕らが想定した通りに動くわけでもない。それに今はまだ朝だから時間もある」


 落ち着くようにと抑えられる。白澤君は悪夢払いだからこういうことを対処できる経験が豊富だからそう言えるだろうけど、それでも何もできずに今日の夜まで待たないといけないなんてますます不安になる。


 校舎に入ると「先に教室に行ってて」と断りを入れて、図書室に向かう。今日の図書室の当番は有紀だ。もしかしたら図書室で寝て、悪夢にうなされているかもと過り速足で駆けていく。とその道中トイレから水滴をポタポタ垂らしながら出てきた女の子が出てきた。


 有紀? 泣いてる?

 もしかして眠れないから。

 どわっと押しとどめていた不安の大岩が崩れるように降ってきた。白澤君は待つように言ってた。それでも有紀が誕生日会を前にして日に日に悪夢にとらわれてしまうなんて嫌だ。きっと今夜も悪夢がアリス有紀を苦しませるに違いない。この現実で有紀を悪夢から助けないと!


「有紀!」

「……何、間さん」


 有紀と思って声をかけた声は、暁委員長だった。委員長はトレードマークである高くくくりあげたポニーテールを外していて、有紀のようなふわりと肩にかかるぐらいまである髪をさらしていた。


「委員長? ごめん。後ろ姿が有紀とそっくりだったから」


 間違えたことに頭を下げたが、委員長はなぜかためらうように少しだまっていた。いつもなら「人を呼びかけるならちゃんと顔を確認してから呼びなさい!」ぐらい言われると思ったのに。


「昔からそっくりってよくお互いの親から言われてたけど。今でもそっくりだなんて言われるなんてね。眠気覚ましに顔を洗って、ヘアゴム外しただけなのに」

「それって幼稚園の時?」

「聞いたの?」


 あっ、もしかして言ってはいけないことだった? 怒られる覚悟はしていたけど委員長は手をもじもじさせてまたしばらく沈黙していた。


「まあ隠すようなことじゃないし。身長も足の速さもそっくり、違うのは目の形だけの擬似双子だったわ」


 有紀と委員長が幼なじみという関係であんなに仲がいいのだろうかと思っていたけど、双子のような関係だったからか。私も一人っ子だったから同じクラスに姉妹みたいな友達がいたら親しくなれそうだし。

 なんだかうらやましい。思えば有紀とは今年から仲良くなっただけで昔の話なんてよく知らないままだ。その昔の関係を今でも思い続けている委員長も同じぐらいに。


「それで、有紀に何のようだったの。今トイレにはいないけど」

「あ、あの悪」


 悪夢と言いかけてとっさに口を手で閉じた。悪夢を見ているなんて委員長に伝わらないと思いなおし「誕生日会のことで」と言い直した。


「誕生日会? もしかして有紀の?」

「う、うん。ほかの子も来ているのかなと思って探していたんだけど」


 すると委員長の表情が一変して、いつもの不機嫌なものに戻った。


「私には来てないわ。でも変ね、誕生日も近いのにあの子の周りに誰もそのことで話をする子がいないなんて」


 幼なじみの委員長にも来ていないなんて。もしかしたら本当に今年は私以外誰も有紀の誕生日会に来ないのかも。


「私は呼ばれていたんだけど、落ち込むんじゃないかな」

「……じゃあ手紙を回せば。有紀の誕生日が近いから来てくださいって」


 手紙。そうかそれで有紀の誕生日を知らせて来てくれる子が出てくるかもしれない。


「そうだ委員長。よかったら有紀の誕生日いっしょにお祝いしてほしいんだけど」

「いらない」

「え? だって委員長は有紀と」

「私、有紀とちょっと距離置いているから」


 委員長は髪の付け根の部分をしぼって持ち上げて、ヘアゴムをくくるとそのまま教室に帰っていった。


***


 教室に戻りさっそく委員長のアイディアを使い、『来週の月曜日に有紀の誕生日があるからみんな来てね』とノートの端を破いて書いたものを折りたたむと前の席の子に「これ有紀以外に回して」と渡した。


 前の席の男子は中身をちらりと見ると、また前の席へと回していった。

 これで誕生日会に来てくれる子が増えて、悪夢が消えてくれればいいんだけど。鉛筆を走らせてながら手紙がちゃんと行きわたってくれるように祈った。


「叶夢ちゃん」


 隣の席にいる有紀が私を呼びかけた。その手には私がさっき回した手紙が握りしめられていた。


***


 休み時間、私は有紀に昇降口に来るように呼び出された。


「叶夢ちゃんどうしてこれを回したの」

「これはね。有紀の誕生日会に私以外誰も話をしていないのを聞いて、もしかして忘れているんじゃないかなって思って、回したの。有紀の誕生日会に私だけなんてさみしいんじゃないかなって」


 特に有紀に悪いことをしているはずがないのに、薄暗い昇降口の下も相まってなぜか警察の取り調べ室にいるかのようだ。


「叶夢ちゃん、気遣ってくれるのはうれしいの。でも必要ないの」


 え?

 有紀が顔をうつむきながら、いつもほがらかに話しかける彼女としては見られないほど話すのをためらっていた。


「今年の誕生日会、叶夢ちゃんに特別な人を呼びたかったから今年招待するのだったんだ。だから今年はあえて誰も誕生日の招待をせずにサプライズの予定だったの」


 私に目を合わさず今年の誕生日会のことを伝えてくると、背中がぞわぞわと寒くなった。あれ、私、かんちがいで有紀の誕生日を壊しかけちゃってたの。


「ご、ごめん。私みんなに謝ってくるから」

「いいの。私が発端だから誕生日のことは私がみんなに断ってくるよ」

「で、でも間違ったのは私だから」


 失敗のつぐないをしようと有紀に謝るけど、有紀は私の顔を見てくれない。そして有紀が後ろを向いて昇降口から出ようとしたとき、ぽつりとつぶやいた。


「ごめんね叶夢ちゃん。今日はちょっと顔を合わせたくない」


 そう言い残して、私の前から立ち去った。


 なんで、私有紀を助けようとしただけなのに。全部余計なことだったの? じゃああの悪夢は? アリスが見ていたバースデーパーティーができない悪夢は?

 すると体が急に重くなりだした途端、世界が横倒しとなり、私は気絶してしまった。

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