夢を思い出して

 目覚めるとここが保健室だとわかったのは、消毒液特有のツンとした臭いがしたからだ。閉められたカーテンを開くと保健室の先生は今いないようだ。ほかのベッドはみんな空いていて私一人だけのようだ。

 誰が運んでくれたのかなと私の知り合いの顔を思い浮かべると、有紀の顔を思い出し眼が熱くなった。

 どうして私かんちがいしちゃったんだろう。どうして今年から仲良くなったばかりの私を誕生日会に呼んでくれたのか聞いておけば。自分のやらかしたことを振り返り、もっとああしてればということばかり浮かんでくる。

 カーテンが開くと白澤君が入ってきた。


「気分はどう。保健の先生がいなかったから勝手に寝かせちゃったけど」

「ごめん……また迷惑かけちゃった。有紀を助けたいだけだったのに」


 有紀を助けたいその一心で、これが正しいと信じていたことが間違っていて。友達に迷惑をかけて、何も解決できなかったことに自分が腹立たしくて情けなくなる。

 手のひらからさわやかな香りが漂ってきた。目を開くと手の中にアイマスクが渡されていた。


「ハーブ入りアイマスク。ハーブは夢魔が夢の中に入らないようにする厄除けの薬草だけど、夢魔自身も夢に入らないためにも使えるんだ。これを調合するのに時間がかかってここ消毒液くさいから、家でつけさせたかったんだけど。体や心が疲れているときは寝るのが気分がよくなると思って」

「ありがとう。やっぱり白澤君は人助けが上手だね」

「…………僕そんなんじゃない」


 ほめたはずの白澤君の表情が曇り「ご、ごめん」とすぐに謝った。けど白澤君は首を横に振った。


「いいんだ。僕の家は家業として一族全員悪夢払いだけど、一族からみたら僕の腕はぜんぜん未熟なんだ。昨日のアリスの件だって、きっと一族の人ならすぐにアリスを助けられたと思う」


 初めて白澤君の弱気な一面を知った。私からしたら白澤君は夢占いでクラスからの評判も高く、裏では悪夢払いと主人公のようなことをしていて、私となんて天と地以上に差があると思っていたのに。


「じゃあどうして続けられるの」

「守りたい人がいるからあきらめずに続けたい。それで救われる人がいるなら。だから僕の目標はまず、目の前の大事な人を助けようなんだ」


 守りたい人を守るために諦めずにいる。それが白澤君が立ち続けられている証。

 もし白澤君と私の差が天と地ほどのものじゃないとしたら。


「まずはゆっくり寝てて、先生には僕の方から伝えておくよ。「睡眠は万人の万病薬である」これ悪夢払いに伝わる格言」


 白澤君に勧められるまま再び横になって、顔の上に白澤君お手製のハーブ入りアイマスクを被せて目を閉じると、鼻の中に優しい香りがすぅ~っと入ってきて、今までで一番早く眠りに落ちた。

 その暗闇の中、誰かが部屋の電気をつけたかのように明るい光が入ってきた。


***


 布団を上げて体を起こすと、体がギシギシときしむほど固くなっていた。でも頭が居眠りしていた時よりもすっきりとしていて体が軽い。これが本当の睡眠なんだ。

 目線を下ろすと、私が寝ていたベッドの横に椅子に座ったまま白澤君が寝ていた。もしかして私が寝てからずっと? カーテンを開いてみるとすでに外が薄い赤に染まっていた。


「白澤君、白澤君」


 体を揺さぶって白澤君を起こすと「う、ううん」とうなった声を上げて、ようやく目を覚ました。


「大丈夫、昨日の悪夢で白澤君も疲れていたんじゃ」

「ううん。そんなに疲れは残ってなかったんだけど。間さんがね、幸せそうに寝ているのを見て、安心しちゃったんだ」

「安心?」

「だって、ずっと睡眠不足で悩んでいたって言ってたから僕のアイマスクが効いてくれるか祈ってたんだけど、これで一つ人助けができてよかったって」


 あれ? じゃあさっきの「目の前の大事な人」を助けたいってのは…………

 急に顔が熱くなり、今見られないように顔を覆い隠した。自分だけが特別じゃないとわかっているのに白澤君に「大事な人」と言われて意識しないわけにもいかない。幸い白澤君はこっちの方を向いなく、私は頭を振って熱を下げて、話題を切り替えた。


「私、初めて自分視点の夢を見ることができたんだ」

「初めて?」

「うん。暗いところから急に明るくなって、これが自分の夢を見るってことなんだね」

「形はひとそれぞれだけどね。じゃあ夢占いでどんな夢だったか見てあげるよ。夢占いだけは一族では僕が一番なんだ、あんまり自慢にならないんだけどね」


 そういえば図書室で夢占いをお願いしていたんだけど、途中で逃げ出したからどんなものなのか知らないままだ。白澤がポケットから取り出した手帳のページをビリビリと四枚ちぎると、それを鉛筆と共に私の前に置かれた。


「夢占いは見た夢に、自分が何を求めているか分析するものなんだ。まずはこの紙に夢の中で起きた特徴的なことを四つ書いて」


 さっき見た夢のことを思い出そうと、鉛筆を握りながらメモに書き込もうとした。あれ、どんな夢だっけ。さっき見たばかりのはずの夢がぼんやりとしか思い出せなかった。


「どうしようさっき見た夢がはっきりと思い出せない」

「大丈夫。それが夢を見るなんだ。夢は一瞬の出来事の一つ、記憶にあまりとどまらない。覚えている限りことでいいんだ」


 そうか私が今まで見た夢は夢魔の一族の力で見たものだから思い出せただけだった。そうか、これが自分の夢を見るってことなんだ。

 自分が思い出せる限りのキーワードとして『部屋の中』『スキップ』『トランポリン』『外へ飛び出す』を四つ書き出した。


「これでいいかな」

「うんこれでつながりを見出すんだ」

「つながり? でも夢は一貫していないって」

「そう、夢は記憶の断片が集まっているから本当のものが見えない。だけど断片が集合するには何かしらつながりがある。そのつながりは感情なんだ。悪夢払いはこれを夢の筋と言うんだ」


 四つの紙を裏返されて、指でトントンと書くように伝えた。


「起きたできごとに対して、間さんがどんな気持ちになったか書いて」


 その時の気持ちを思い出しながらそれぞれに。

 『部屋の中』→明るい、スッキリ

 『スキップ』→部屋の中がトランポリンになっているので弾みたい

 『トランポリン』→自由自在に動くのが面白い

 『外へ飛び出す』→勢いあまって飛び出したけど、怖くない

 と書いた。


「これで準備よし。夢の筋の見方は連想ゲームみたいなものなんだ。まず書き出した夢の中の出来事と感情にひとつのつながりを見つけるんだ」


 書き出されたメモをじっくりと見比べて、それぞれを並べ替えては食い入るように眺める。メモを一つ一つ見つめながら眼鏡をかけなおす白澤君の横顔が、まるで探偵のようでかっこよく映る。

 しばらくして、口が少し開いて驚く表情を浮かべる。ドキリと緊張が走った。


「何か悪いことがあった?」

「ううん。逆、悪い要素が一つもない夢だ」


 『スキップ』『トランポリン』のメモと『明るい部屋』『外へ飛び出す』の二つのグループに分けて白澤君は説明を始めた。


「このスキップとトランポリンは間さんの奥底の心理を表してる。部屋の中と合わせると間さんは実はかなり行動的らしい」

「行動的? 私そんな人間じゃないと思ってたのに」

「自分で思ってることと夢に現れる心理は違うからね」

「じゃあこの部屋から飛び出すは? 外へ飛び出したい気持ちがあふれているってこと?」

「その解釈もできるけど、もう一つ外の世界は恐ろしいことばかりじゃないということも考えられるね。勢いあまって飛び出したというのは、自発的じゃなく偶然外に出てしまったと考えられる。部屋の中は自分の心、その中にこもってばかりだったけど、いざ外に出たら怖くないと解釈もできる。だから失敗しても諦めないことが大事だね」


 自分で思ってることとまるで違う夢占いの内容に驚嘆するばかり。でもこうして自分の夢を見られたのも、白澤君と出会ったおかげだ。


「今度はアリスの夢を分析してみよう」

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