ハブられるお茶会
なんだか緊張する。体半分まで布団をかぶり眠れる準備は整ってはいるけど、白澤君といっしょに寝るという言葉が頭から離れないせいか眠たく感じない。時計が十一時の針を指したところで携帯が震えた。
『間さんまだ起きている?』
『起きてるよ』
『今から夢の中に入るから、渡していた札を枕の下に入れくれる』
白澤君からだった。図書室で話したいっしょに寝るというのは眠れなくなる原因の夢魔の性質を確かめるという意味だった。白澤君と同じ布団の中で密着しながらするのかと妄想してしまい変な声上げてしまった。
ただの勘違いだったけど、寝る前に連絡を取るため白澤君とLINEの交換ができるとは思わずいつ来るかとガチガチになっていた。有紀とか女の子同士でLINEの交換やメッセージを送りあったりはしたけど、男の子のそれも白澤君とできるなんて。
そして指示された通り白澤君から渡されたお札を枕の下に入れる。悪夢払いの秘術の一つで同じ夢を共有できるらしい、今回は私が入り込む他所の夢の中に入るんだけどね。それにしても今まで他所の人の夢を無意識とはいえ勝手に上がり込んでいたから何か作法とか必要なのかな。そのことについてメッセージを書き入れて、感じ悪くないか
『どこか他人の夢の中におじゃまするんだよね。こんばんはってあいさつとか必要になるのかな』
『必要ないと思う。そもそも夢の中に時間も関係ないし、あいさつしても普通の人は夢の中だと認識しないから特に問題ないよ』
すぐに返信が返ってきた。 別の意味で眠れなくなりそう。
いつもは寝る前のホットミルクを飲んで寝るのだけど、今日は白澤君のことを信じて何もせず布団を肩のあたりまで引っぱり目を閉じる。そしてほんの数秒で目の奥がぐるぐる回りだした。
目を開けると私は真っ暗な部屋の中にいた。上から光がもれていてまったく見えないわけではないけど、遠くがよく見えない。手を伸ばすとすぐに壁に触れた。触ってみるとツルツルとして曲線になっている変な壁だ。
「間さん?」
「えっと白澤君でいいんだよね」
「そうだよ白澤だよ。間さんはどこにいるの。声はすごく聞こえるのだけどどこにもいない」
白澤君は私の居場所がわからないと答えるが私も彼がどこにいるのかわからなかった。声はこの部屋の中によく響いて、きっとすぐ近くにいるはずなのに姿が見えない。壁を今度は叩いてみるとコーンコーンとよく響く固い音が部屋中にこだました。
「誰か叩いた?」
もしかしてと光が入ってくる天井を開けるとコロンと天井が外に落ちた。外に顔を出すと天井と思っていたのはティーポットのふただった。そして体を乗り出して「ここにいるよ」とティーポットになっていた白澤君にまたネズミになっている私の姿を見せた。
「またネズミだ」
「白澤君なんて生き物じゃなくなっているよ。なんか白澤君のイメージが損ねるなぁ」
「しかたがないよ。ここは誰かの夢の中だから、自由に体の変化させることはできないんだ」
白澤君は当然のように受け入れていた。私も今まで夢の中に入っておかしな役柄にされたことがあるからそうなんだけど、無機物のティーポットだなんておかしな夢。
「頭の方はどう。ぼんやりとした感じはある」
「ううん。すっきりとしている」
「頭が覚醒状態になっているね。夢魔は夢の中で活動をする種族だから、基本は朝や昼間には寝てて、夜は一日中夢の中で活動するんだ」
「じゃあ私、朝も夜も一日中動いていたってこと?」
「うん。朝も夜も動いていたら寝不足になるのは当たり前だよ。間さんがだらしないからじゃない。夢魔の性質なんだよ」
それを聞いて体にのしかかっていたものが取れたように軽くなって、腰が抜けてしまった。いつも学校で居眠りをしないように、九時に寝たり、寝る前の活動を一通りやってきて全部ムダで、自分がどうしようもない人間だと思っていた。
そういう特性だっただけなんだ。ぽろりと涙がこぼれた。
「間さん、どこか痛いの?」
「ううん逆だよ」
涙を拭いて、あたりを見てみると、大小のティーポットやカップが樹木のように乱立していている。目の前のポットを少し弾くとコーンと音が鳴り普通の陶器でできている。けどこんななんの音もなく置いてあると今にも倒れてきそう。
「今誰かの夢なんだよね、いったい誰の夢なの?」
「わからない。夢は常に形があやふやで夢を見ている人が現実と同じ体になるとは限らないから特定するのは難しいんだ。それに今回は間さんが夢魔の力で無意識に探り当てた夢だから誰が見ているのか」
てきとうに決めて、よその人の夢に入る能力なんて失礼な能力だ。
「静かで不気味だけど。夢ってもっと騒がしいものじゃないの」
「まだ夢が動いてないんだ。夢は夢の主を中心に動くんだ。例えば昼間見ていた夢でアリスがドードー鳥に追い回されていただろ、あの時の夢の主はアリス。そしてアリスがいなくなった後に僕たちと一緒にいた時は何も起こっていなかったよね。僕たちが夢の中心にいなかったから何も起こらなかったんだ」
「つまりモブだからイベントも起きなかったんだね」
「…………モブって何?」
白澤君はポカンと口を半開きに開けて聞いてきた。ティーポットになっているから首がないけどきっと首もかしげているだろう。
「えっとモブっていうのは、ゲームとかアニメで使われる用語だけど、お話の脇役のこと」
「なるほど、そういう意味なんだ。僕毎日悪魔払いの修行をしているから、ゲームをやらないんだ」
白澤君ゲームをやらないんだ。スマホを持っているみんなは絶対ゲームを入れて遊んでいるのに、意外というかストイックだ。
「なんかかっこいいな修行一本のためなんて」
「え、そうかな。ちょっと世間知らずだと思ったけど」
「そんなことないよ。私がゲームに詳しいのは夢を見るために、寝る前の活動としてやってて自然に覚えたから」
「夢を見るためにか。普通の人ならともかく間さんは夢に影響を及ぼすからやめといたほうがいいと思う」
「影響?」
「夢の一族は、夢が現実の延長になるから、夢から覚めると夢で起きたことが現実に持ち越されるんだ。例えばお腹いっぱいの夢の中に入って目覚めると、ご飯が食べられなくなるとか」
あっ、思い出した。前にスポンジケーキしか作れないケーキ屋さんでスポンジをいっぱい食べた夢を見て目覚めたら、お腹いっぱいで朝食食べられなかった。あれも私が夢魔だったからなのか。今後気を付けよう。
すると突然静かだった世界から急に調子を外した音程の歌声が聞こえた。ティーポットのふたを上げると帽子を被った男とわらを被った茶色のウサギがティーカップをジョッキのようにチンチンとぶつけ合いながら歌っていた。
「生まれない日バンザイ! 乾杯しよう飽きる日まで」
「飽きる日ってのはいつのことだい?」
「飽きるってのは、飽きるある日を迎えるまでさ」
「じゃあアヒルが迎える日までかい?」
「アヒルがなんだって? アヒルが来たら『アヒルの誕生日』になるから『生まれない日パーティー』じゃない。生まれない日パーティーは生まれない日にするものだ。だったらお茶会はお休みさ」
「そうか。では今日は誰も誕生日じゃないから『生まれない日パーティー』をしよう」
それは不思議の国のアリスの有名な、いかれ帽子屋と三月ウサギの『生まれない日パーティー』の一幕だった。そして私たちがいるのはそのパーティーのテーブルの上ということにやっと気づいた。
「そして君はアリス?」
「アリスは今日は何かあるかい?」
帽子屋と三月ウサギの二人がテーブルの端にあるお誕生日席を向くと、そこには昼間の夢に出てきたのと同じアリスが体を縮こめて座っていた。
「えっと私は今日なんでもない日だけど来週誕生日なの」
「なんだって? 聞いたか、アリスは誕生日だ。生まれない日じゃなくなる」
「だがまだ一週間も前だろ」
「バカだな。誕生日が一週間前にあるなら今日は、『一週間後に誕生日を迎える日』になるだろう」
「そうだそうだ! じゃあお茶会はおしまいだ。出て行けアリス」
帽子屋が持っていた湯気が立っているお茶をアリスにひっかけ追い出そうとする。
「待って私ウサギを探しているの」
「ウサギならここにいるよ。そして俺の答えは「生まれない日パーティーのじゃまをするな」だ」
今度は三月ウサギがアリスにパイを投げて追い出す。どこから出てくるのか分からないパイを手当たり次第にアリスに投げては床やテーブルをパイのクリームまみれにして汚すが三月ウサギはまったく気にも留めていない。
「なんで誰も私の誕生日を祝ってくれないの」
泣き崩れながらパーティー会場から逃げ出すアリスに白澤君が叫んだ。
「待ってアリス! 間さんアリスを追いかけて!」
「え?」
どういうことかさっぱり理解できずにいると世界が昼間の夢と同じくぐるぐると渦を巻いて溶けていった。
***
布団をはねのけると真っ先にLINEを開いた。私が通話のボタンを押すと「もしもし」とすぐ出てくれた。白澤君も同じタイミングで目覚めたようだ。
『あの、さっきの夢は本当にあったこと、なんだよね。お茶会のところで終わったのも覚えてる』
『うん。間違いない悪夢だそれも昼間のと同じ人の』
『悪夢はいなくなったんじゃないの』
「見立てが甘かった。ドードー鳥の悪夢は夢の奥に逃げただけで形を変えて復活したんだ」
じゃあまた悪夢を見ていたんだ。でも昼間の延々と走らされると比べるとすごく悪い悪夢だ。
『ねえ、もし悪夢が続くとどうなるの」
『悪夢は病気と同じで続くと寝不足だけじゃなく体を壊して、最終的には夢遊病という現実でも寝ながら動くゾンビのような存在になってしまうんだ。あの教室で眠っていた誰かだと思うんだけど、それさえ分かれば悪夢を払えるんだ」
電話越しに悔しさをにじませた声が聞こえてくる。
教室の中で眠っていた人の中で、それに来週に誕生日がある人…………一人条件に合う人を見つけた。有紀。有紀もあの時珍しく授業中眠っていた。ということはアリスは有紀!?
拍子で携帯電話がベッドに落ちた。アリスが有紀であるなんて信じたくない。でももしあの悪夢が有紀なのなら助けないと震える手でしっかり携帯を握りしめなおして耳に当てた。
『あのね、一人心当たりのある友達がいるの。もしかしたらその子がさっきのアリスかもしれない。お願い助けて』
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